第294話・物語のロジック。
「まず、お前はもう助からない」
ネオさんの冷たい宣告が、敵オペレーターの少女『アキュレ』へと容赦なく突きつけられた。ネオさんは機械槍を握りしめたまま、一歩一歩と距離を詰めていく。
アキュレは桃色で伸びっぱなしの跳ねっ毛を震わせながら、身を縮めて後ずさる。纏っているのは患者服一枚のみで、それもほつれて薄汚れており、軍のオペレーターという立場とは裏腹に、その姿は浮浪者に等しいほど頼りなく、無力に見えた。
「え? え……っ!?」
挙動不審に呼吸を荒らげる彼女は、自身が座っていたデスクにお尻をぶつけ、バランスを崩して力なく床へと転がり落ちた。必死に体を起こして、デスクへ背中をつけるように後退する。
「局長を……裏切らないと、私を今、ここで殺すって、そういう事なんですか……!?」
アキュレは身を精一杯に縮めて、腹の底から掠れた声を出して、過呼吸に陥った。
それに対して、ポラリスが僕の手から離れてアキュレへと駆け寄り、小さな手のひらで彼女の頭を撫で始めた。
「ママ……! この人はね、イヤな人じゃないのよ?」
ネオさんは一瞬目を丸くしたが、ゆっくりと膝をつき、槍を床へと寝かせて二人を覗き込んだ。
「アキュレがポラリスと同じ、被害者なのは分かってる。ただ私は、お前がゲーブルトの言いなりでは助からないと思ってる。それにお前の力が無いと、私達も助からないと思ってる」
アキュレはビクビクしながら顔を上げ、歪んだ表情でネオさんを見つめた。
それに背後からデフィーナさんが不機嫌そうに声を挟む。
「その弱虫が居ないと私たちも助からないって、なに?」
ネオさんはしゃがんだままで振り向き、理由を語り出した。
「エリオットのメッセージを見ただろ。仮にアイツが能力で理不尽に未来を支配しているなら、私達は何をしたって無駄だ」
彼女は槍の穂先を使い、ブリアンが叩き捨てた自爆スイッチをこちらへ引き寄せる。
「だから前提として、エリオットは能力ではなく、戦略的な仕掛けを使ってこの状況を作っている。そう仮定する」
僕は息を呑んで同調した。
「確かに、能力で最初から全て操作されてたら、どうしようも無いっすからね……」
ネオさんは再びアキュレへと向き直り、自爆スイッチを持ち上げた。
「……となれば、死んだ人間が未来を操作するには、ヤツの意思を託された人間に、特定の行動をさせる他に無い」
ブリアンが苛立ちを表すように、ハイヒールを石畳に叩きつけながらアキュレへと迫る。
「つまりこの子が、エリオットの意思を継いだ手先ってこと?」
アキュレはブリアンから視線を逸らして縮こまる。
その頭を、ポラリスは包み込むように抱きしめていた。
ネオさんは静かに否定した。
「出先だとか、そういうレベルの設計じゃ無いな。エリオットは行動の予測が立つ『キーマン』を用意して、その行動を予測する事で、出来事が思い通りに進むように仕掛けているんだ」
アキュレは顔を上げ、ゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、エリオット様は、私に命令などしていません。そのスイッチも授けてくれただけで、他には何も……」
僕はすかさず差し込んだ。
「キーマンって、アキュレさんがスイッチを持ってたこと自体に、意味があるって事っすか?」
ネオさんは短く答える。
「……そうだ」
自爆スイッチを手元で弄びながら、彼女は続ける。
「エリオットの狙いは『この部屋でブリアンにスイッチを握らせること』。それで映像が始まったんだから、そこは間違いないだろ?」
ネオさんは槍を掴みなおし、立ち上がった。
「ブリアンが監禁されて、誰かが助けに来る。エリオットはそれを予測していた」
アキュレの机の頭上にあった仰々しいコードの束、その中心にあるヘルメットをコツンと叩いた。
「そしてブリアンの防衛戦が始まる。その時に、この索敵装置から離れられないアキュレは、必ずこの部屋にいる事になる。……だから、自爆スイッチの持ち主がアキュレだったんだ」
デフィーナが顔をしかめ、声を荒らげる。
「それって、おかしくない!? 私たち、ここに来るまでに死にかけたわ。もしかしたら、到達出来なかったかもしれない!! それをブリアンが救出される前提で組み込むなんて、計画が破綻してるんじゃないの……!?」
ネオさんは歯を噛み締め、肩を震わせていた。
「だからこそ、エリオットは最初に『誇らしい』って言ったんだろ。ブリアンを命懸けで助けに来るような、実力を持ったメンバーが揃っていること。それすらもヤツの計画に含まれていたんだ」
彼女は震える声で、自らの胸に手を当てた。
「そうなると私も、キーマンとして数えられていたのかも知れないな……」
ブリアンがさらに反論する。
「そんな、だってそれなら、私が捕まらなかったら、私だってこの部屋に来ていないじゃない!! 映像は四年前の物よ! エリオットは四年前から、私がここに来るって、分かってたってことなの……!? 」
ネオさんは一度思考を整理するように顎に手を当てたが、ブリアンの問いを正面から受け止める。
「エリオットはシナリオを書き、その為に尽力すると言っていた。ブリアンが捕まってここへ来るように、アイツは仕込みを積み重ねていったんだ……」
ネオさんは顔を上げ、僕を見つめた。
「そうだ! キング狩猟団だ。ヒグツワ・シゲル。アイツは間違いなく『キーマン』だった!!」
ヒグツワ・シゲル。その名前を聞いただけで、僕の左目の奥が疼く。僕の左半身の自由を奪い、目の前で虐殺を行い、今も毎日数百人の命を奪い続けているであろう悪辣な男。
「アイツは……部隊の暴走なんじゃ……。リランさんも、キング狩猟団はドラキールの中でも特殊だって……」
あのイカれた男を、理知的なエリオットがコントロールしているなんて。そんなことは信じたくなかった。須賀見カイの記録の中でも、シゲルを操作している存在など一度も出てこなかった。
しかしネオさんの瞳は、強い確信に満ちていた。
「いや、間違い無い。分かったことを、順を追って話すぞ……」
ネオさんはジェスチャーを入れながら、物語を紡ぐ。
「エリオットのシナリオは、ブリディエットでの結婚式、ブリアンに射殺されることに始まった……」
ブリアンは下唇を噛み締めていたが、反論はしなかった。ネオさんは淡々と続ける。
「私とブリアンをテロリストに仕立て上げて、国内には居られないようにした。放浪したブリアンは、いずれドラキール稜の村との接点を、持たざるを得ない」
僕は息を呑んだ。
「メイアさんと、クロス君の村の事っすか……」
「結果はそうだが、あの辺の村ならどこでも良かったんだろう。ブリアンがどの村に居れば、村人と敵対しようと、融和しようと、いずれキング狩猟団という理不尽な暴力がブリアンを見つけて連れ去っていく。それがヒグツワ・シゲルのキーマンとしての役割だ」
ブリアンの声が震える。
「村の人たち……私のせいなの? 私が村に居たから……殺されたの……?」
僕はそれをハッキリと否定した。
「違いますよ、キング狩猟団は、僕らが居ようと居まいと虐殺を繰り返してるんですから……」
ネオさんは目を細めてブリアンを見つめる。
「スゴミの言う通りだ。だが結果として、ブリアンは捕まってここへと運ばれた。エリオットが読んでいたとしたら、ブリアンならば争いになったら、村人の為に自分を差し出そうとする、その性格の部分だな……」
デフィーナが鼻を鳴らす。
「何それ。あの時は本当に全滅してもおかしくなかったわ。ブリアンがネプチューンハートを使ったから、生き残っただけなのよ?」
ネオさんは自爆スイッチを握りしめる。
「エリオットがどこまでケアして計画したのかは分からない。ただどっちに転んでも何かが動く。そういう仕掛けにはなっていたはずだ……」
ブリアンはふらついて、膝に手を当てた。
「ああ……私の選択が、私が間違ってたって言うの……?」
僕はブリアンの手を優しく取り、両手で包み込んだ。
「女神さんが間違えてるワケ無いじゃないっすか……。あの時の女神さん、めちゃくちゃカッコ良かったし、お陰でみんな助かったんですから……」
それにネオさんも一言加える。
「そうだ、お前は正しいことをしている。それを疑う必要は無い」
ブリアンは僕の手を握り返し、頭を僕の肩へと預けた。
ネオさんは次に、アキュレへと振り向く。
「そこで、次に出てくる『キーマン』が、ゲーブルトだ。ブリアンをこの部屋に連れてきたのも、ヤツなんだろ?」
ブリアンは低い声で、細く呟いた。
「……そうよ」
「ゲーブルトは、キーマンの中でも特別だ。ヤツはエリオットの意思を直接引き継いでいるか、何かしらの契約をしている」
アキュレの体が跳ね上がる。僕はその発言にすぐさま反応した。
「なんでそれが、分かるんすか……?」
「ゲーブルトが、ブリアン防衛戦に出てこなかったからだ」
ネオさんは自爆スイッチを肩の高さまで上げた。
「ゲーブルトがエリオットと約束したのは『ブリアンが捕まったら王座の間に収容して、防衛戦を張ること』なんだろう。その約束を果たしたから、後は興味が無いってワケだ」
ネオさんの腕が、静かに震えていた。
「エリオットは、ここから物語が始まるって言ってたな……。辛く苦しくても、諦めるなって……」
「それ、もしかして……コレからもっと大きな仕込みがあるって事なんじゃ……?」
「……だろうな」
ブリアンはギリギリと、歯ぎしりをしていた。
「……いい加減に、してちょうだい……」
ネオさんはブリアンへと一瞥だけを送り、アキュレへと詰め寄る。
「そこでアキュレ、お前の力が必要なんだよ」
アキュレはずっと他人事のように聞いていたが、理解が追いつかないといった顔で、ゆっくりと首をもち上げた。
「……え?」
「お前の索敵、ゲーブルトがゴキブリになって逃げたのも見えてたんだろ?」
アキュレは無言で汗を垂らし、口を結んで視線を逸らした。
その逃避の反応を容赦せず、ネオさんは言葉を突きつける。
「お前は黙ってれば、局長の制裁に合わないと思っているのかも知れないが、ゲーブルトにとって、お前は用済みだ。このままここに居ても、絶対ろくなことにはならないぞ」
アキュレは背を曲げて身体を震わせ始めた。
その様子に、ポラリスは寄り添い、必死に抱きしめる。
「ママ……この子はね、怖がりだからね……怖くしないであげて?」
それを受けて、ネオさんはピクっと肩を跳ねさせ、こめかみを指でかいた。そしてしゃがみこみ、アキュレの顔を覗き込むように視線を落とす。
「……本当に、悪いな。アキュレ。エリオットがお前にスイッチを託したのは、この状況……ブリアン一派とお前一人という状況になるのを、予想していたからだ」
ネオさんは、花の自爆スイッチをアキュレの手の中へと戻した。
アキュレは目を丸くして、スイッチとネオさんの顔を交互に見ていた。
ネオさんは穏やかな声で、説得を続けた。
「それはつまり、エリオットは最初から、お前をブリアンに預けるつもりだったってことだ……」
自爆スイッチを持ったアキュレの手を、ネオさんはそっと両手で包み込んだ。
「協力してくれ。ダートはお前を使えないと評価していたが、私はお前が飛び切りに優秀だってことは分かっている」
アキュレのゴワついた跳ねっ毛が、まるで花が開くようにフワリと広がった。
自信なさげにキョトンとしていた表情に、ほのかな薄桃色が広がる。彼女の体温が、ネオさんの言葉によって目に見えて上がっていくのが分かった。
彼女はヒザを擦り合わせながら、視線を泳がせて、小さく口を開いた。
「あの……そのぉ、ネオ……さん?」
その小さな唇が、初めてネオさんを呼んだ。
ネオさんは目を細め、期待を込めて聞き返す。
「……どうした?」
アキュレは頭を伏せ、その長い髪をまるでしだれ柳のように細く垂れ下げ、頭の頂点をネオさんへと向けた。
「お断りします。私は、局長を裏切れません」




