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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第7章・潜入編

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第293話・始まりの王座。

 ドラキール王国、国王。

 エリオット・ド・ラクロワ。


 その名前が出ただけで、僕の背筋を冷たい刺激が貫き、ブリアンの顔はみるみると青ざめていった。


 ブリアンの国を奪った張本人であり、ドラキールの将軍たちの上に君臨していた男。彼の死後もその計画がブリアンを束縛し、呪いのように心を侵食し続けている。


 ブリアンは声を震わせ、アキュレを睨みつけていた。

「なんであなたが……エリオットを知ってるワケ……?」


 アキュレは顔を赤らめ、どこか嬉しそうに視線を伏せた。

「エリオット様は、時おりここへと足を運んでおられました……。あの方だけは、優しくて……」


 その一言にネオさんは声を曇らせる。

「……お前に自爆スイッチを渡した男だろ」


「はい……ですが、この基地には精神不安定な能力者が沢山いると……。何かが起きた時に、任せられるのは君しかいないと、彼はそう仰ってスイッチを授けてくださいました」


 ネオさんは呆れたような口調で空を仰いだ。

「はっ、良い男の常套句だな……」


 その皮肉を受けて、アキュレの頭はますます深く俯いていく。


 そんなアキュレの肩へと、ネオさんはそっと手を置いた。

「……で、局長ってのはゲーブルトで、ここの指揮をしてたのもゲーブルトって事で、間違いないんだな?」


 その質問に、アキュレは小動物のようにビクリと跳ねる。

「局長について……私から話すことは、なにも……ありません」


「言うと殺されるからか?」


「殺す……っ!?」

 その質問にアキュレの顔は一気に白くなり、口を両手で抑え、吐き気に苦しみ出した。

「殺すだけで済むなら……まだ、うっ……うぉえ……」

 全身を痙攣させ、発作を起こしたように怯える彼女。


 ネオさんはその背中を擦りながら、倒れた椅子を立て直して、アキュレを座らせた。

「悪い。嫌なことを思い出したみたいだな……」


 アキュレは額から光を弾くほどの汗を吹き出していた。

 しかし荒い呼吸を整える彼女に対して、ネオさんは冷淡に宣言をする。

「私達はこれから、ゲーブルトを殺す。お前が情報をくれたら、お前をゲーブルトの支配から、自由にしてやれるかもしれない」


 アキュレは激しく身を起こし、むせながらネオさんに対して声を荒らげた。

「局長を殺すなんて、無理です! やめてください、そう言って何人もの人が局長の機嫌を損ねて……!!」


 アキュレがそこまで言いかけると、ネオさんは静かに彼女の椅子から離れて、僕たちの方へと向かってきた。

「って訳で、聞いてもらった通り、局長はゲーブルトだと分かった。アキュレは残るそうだから、まずはヤツの探し方から……」


 それを聞いてアキュレは椅子から飛び出して転び、床に這いつくばりながらネオさんを見上げた。

「わ、私は言ってないですよ!! 言ってませんから、局長の事は、なにも……っ!!」


「ああ、分かってる。お前は直接言ってないが、私はそう受け取った」

 ネオさんは這いつくばるアキュレへと、冷たい視線を下ろした。

「それに、お前がゲーブルトに、私達の侵入を報告してた事も知っている。ゲーブルトが人の姿を奪う事も、記憶を盗み見て一番されたくない事をしてくるヤツだって事も、分かってる」


 アキュレはそれを聞きながら、冷たい床に爪を立て、震えながら小さく首を横に振り続けている。

 ネオさんはアキュレへの視線を切ると、僕たちの前へと向き合った。


 ブリアンが眉を寄せてネオさんを見つめる。

「ゲーブルトって……軍服に白衣を重ねた、赤い髪の人よね……?」


 ネオさんは自爆スイッチを持った手で、頭をかいた。

「衣装は知らねぇけど、顔は赤髪白髪混じりのオッサンだったな。私達の前に出てきた時は、ブリアンの姿で現れたんだよ」


 ブリアンは、どっと疲れたようにため息を漏らす。

「はぁ……。最悪だわ……」


 僕はそんな彼女の横顔を見ながら、ポツリと呟いた。

「でも、あの人って、虫にも変身するじゃないっすか。見つける事なんて、出来るんすかね……?」


 ネオさんは頭をかくのをやめて、無言で自爆スイッチを見つめていた。


「その方法を考えないといけない」


 明確な行き詰まり。


 ゲーブルトをこちらから仕留めることの不可能性が、重い現実として立ちはだかる。


 だがその時、ブリアンが自爆スイッチを見て、目を見開いて指をさした。

「ちょっと、なにそれ……!! ブリディエットの国紋じゃないの……!?」


 言われてスイッチを改めて確認する。

 それは自爆スイッチと言うにはあまりにも精巧で美しい、アンティークの装飾が施されたハンドルレバーの形をしていた。指に馴染むよう指型に設計されたグリップに、トリガーが備え付けられている。

 そして、ハンドルの頭頂部には、気品ある薔薇の花を象った紋章が取り付けられていた。


「見せて、この薔薇の紋章……!! 間違いなく私の国のものよ……!!」


 ブリアンは震える手でネオさんからスイッチを受け取り、グリップを握り込んだ。

 その瞬間、カチリという乾いた音を立てて、金属製の紋章が蓋を開く。

 蓋の中から飛び出したのは、まるで『押してくれ』と誘うかのような赤いボタンだった。

 そこには『BB』の文字が刻まれている。


 アキュレはボタンを見上げていた。

「そこが開くなんて……知りませんでした」


 ネオさんはそれを覗き込み、眉を不快そうに歪める。

「指紋認証か……?」


 ボタンに書かれた二文字『BB』は、紛れもなく『ブリアン・ブリディエット』のイニシャルだ。村にもあった『BBの部屋』と同じその二文字に、ブリアンの下顎がカタカタと音を立てて震え始めた。


 ブリアンは身体中を硬直させながら、赤いボタンへと親指を伸ばす。

「なんなの……コレ? BBの部屋も、指紋認証で隠し扉が開いたのよ……。そこに短剣と、私への手紙が入ってて……」

 彼女は血の気を失った顔で僕へと振り向いた。

「なにこれ……エリオットの悲劇は、まだ私を追いかけて来るの? ねぇ、私、このボタン……押さないといけないの?」


 僕は彼女の瞳に宿る恐怖に目を細め、その震える手を包み込んで、ボタンに触れていた指を引き剥がした。

「お、落ち着いてくださいっ!! エリオットの罠って、感情的になるほどハマっていくっていうか……!! 押したら絶対まずいっすから!!」


 その瞬間だった。


 電気柵の向こう側、王座の裏にある大きな白壁に、プロジェクターの光が走り、映像が映し出された。ドラキール王国の紋章だけの映像と共に、両脇のスピーカーから、聞き違えようのない声が流れてくる。


『やあ、こんにちは。あるいは、こんばんはかも知れないね。ボタンを押さなかったと言うことは、私は相当嫌われてしまったらしい。それはとても、悲劇的なことだね』


 落ち着いた口調。諭すような優しさに溢れた、澄み渡る声。

 エリオットの声だった。

 その全てを見透かしたような語りに、僕とブリアンの警戒心は極限まで引き上げられた。


 ブリアンは声を裏返してパニックし始める。

「エリオット……!? なに!? 生きてるの……!? なんで、あなたは私が殺した……!! 私の目の前で、死んだじゃないの!!」


 対して、ネオさんが鋭く叱咤する。

「喚くなっ!! これは録音だ!!」


 こちらが緊張する一方で、アキュレは希望に満ちた顔をして指を組み、神の降臨を見たように立ち上がり、体を震わせていた。


 録音の音声は、優雅なトーンで続く。


「ここは私の、始まりの王座なんだ。君がここへと来てくれたことを、私はとても誇りに思っている。だから少しの間だけ、私の拙《つたな》い話に耳を傾けて欲しいんだ」


 スクリーンの映像が揺れ、一時停止された少年の顔が映し出される。15歳ほどだが、端正で落ち着いた微笑みを浮かべた姿は、目の前の王座にふさわしい高貴さを纏っていた。


 それがエリオットの数年前の姿だと、その場にいる全員が瞬時に理解した。


 映像の一時停止が解けて、少年の姿が動き始める。


『やあ、いつかの君へ。僕はエリオット・ド・ラクロワ。先日、両親を葬ったんだ。とてもとても、悲しい出来事だった。悲劇的だね……』


 ブリアンは首を激しく横に振りながら、後ずさる。

「嘘……嘘だわっ!! だってご両親は、戦争で亡くなったって……!!」


 目の前の若いエリオットは、戦慄すべき真実を淡々と白状している。

 ブリアンの混乱は、映像の残酷さに追いついていなかった。


 僕は息を飲みながら、映像から目を逸らすことは出来なかった。



『僕が両親を葬ったのは、王権が必要だったからだ。本当に優しくも厳格で、良き両親だった……』


 映像の中のエリオットは、少し目を閉じ、目頭を押さえた。自分で殺したと宣言しながら、その所作には確かな慈しみと、拭いきれない喪失感が滲んでいる。


 若いエリオットはカメラを真っ直ぐに見つめ、姿勢を正して続ける。


『僕が何故こんな事をしたのか、今の君には分からないのだろう。だからこのメッセージは、それを君へと語るために、準備しているんだ』


 エリオットはヒザの上から、一冊の本を取り出して開いた。


『僕はまず、シナリオを書き上げたんだ。これからはそのシナリオを形にする為に、尽力していこうと思っている。王権を手に入れたのは、その第一段階として、必要だったからだ』


 ブリアンは顔を両手で隠しながら、指の隙間から映像を凝視していた。

「コレ……映像、私と会うより前だわ……っ!! だって私、彼の両親が亡くなってから、二ヶ月目に彼と初めて会ったんだもの!!」


 彼女のパニックをよそに、映像は残酷に続く。


『君がこのメッセージを聞いていると言うことは、僕の書いた『悲劇のシナリオ』は、順調に進んでいるという事だ。そして君には今、君と共に命を賭して戦ってくれる、勇敢な仲間達がいるのだろう』


 僕は辺りを見回した。


 ストームは興味なさげに大剣のエンジンを調整しているが、デフィーナさんもネオさんも眉をひそめて、鋭くお互いを見つめ合っていた。ポラリスは僕の左手に張り付き、冷たい手のひらをしっかりと握りしめてくれている。


 エリオットは、映像の中からカメラを指さした。


『僕の物語の、主人公は君だ』


 その手は自然と部屋を示すように広がる。 


『僕の物語はこの王座の間から始まり、君の物語もこの王座の間から始まる』


 ブリアンは爪が白くなるほど、スイッチを強く握りしめていた。

 エリオットの表情が一段と険しくなり、開いていた書物を胸元で閉じた。


『本当の物語はここからだ。これからどんなに辛く、苦しくても、どうか諦めないで欲しい』


 エリオットの瞳が真剣味を帯び、強く息を込めて語られる。


『悲劇を越えて、力とせよ。君の物語が完成へと至ることを、僕は願っているよ……』


 そう言ってエリオットが目を閉じると、それを最後に映像はプツリと途切れ、プロジェクターも沈黙した。


 圧倒される一同。


 駆け抜ける沈黙。



 圧倒的な静寂が王座の間を支配する中で、最初にそれを打ち破ったのはブリアンの叫びだった。


「な、なによっ!! 何が物語ですって、どこまで私を馬鹿にすれば気が済むのよ!!」


 はち切れんばかりの怒声を上げ、ブリアンは顔を真っ赤に膨らませながら、手にしていた自爆スイッチを床へと叩きつけた。


 鈍い金属音が石畳を叩き、カラカラと滑って転がる。


「あ……っ!」

 アキュレは終始映像を恍惚として眺めていたが、投げ出されたスイッチを見て思わず小さな声を漏らしていた。スイッチへと手を伸ばしかけるが、すぐに怯えたようにそれを引っ込める。


 僕はデフィーナへと視線を向け、問い質した。

「デフィーナさん、なんなんすかコイツ……!! 物語って、これもシグマと関係があったりするんすか!?」


 デフィーナさんは困惑の色を隠せず、口をぽかんと開けている。

「は? 知らないわよ。この時のエリオットはドグマなんて知らないハズだし……」


 僕は拳を握りしめ、次にネオさんへと視線を転じた。

「エリオットって、もしかして心核能力者っすか!? 未来を操る能力。みたいな……」


 ネオさんは額に冷や汗を浮かべ、表情を硬くしていた。しかし返ってきた言葉は、いつものように冷静な分析だった。

「能力か、能力じゃないか……。それを今ここで確かめる術は無いな」


 ネオさんは冷徹な瞳でアキュレを見た。


「だが、確定的なことがひとつある。おい、アキュレ……」


「は、はい……っ!!」

アキュレはスイッチに手を伸ばそうとしては引っ込める、落ち着きの無い動きをしていたが、呼びかけられた瞬間に手を後ろに隠し、怯えたように視線だけを上げてネオさんを見つめた。


 そんな彼女に、ネオさんは容赦なく、決定的な言葉を告げる。

「状況が変わった。もうお前は、ゲーブルトを裏切って、情報を渡せ」


「え……!?」


 アキュレは声を裏返して動揺し、首が千切れんばかりに高速で左右に振っていた。

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