第292話・恐れ知らずのギャンビット13。ラストコマンド
弾ける青い火花に、ジリジリと電流が深く唸り、高圧電流の電気柵が、地下基地の王座の間を分断していた。
その柵へと向かい、王座前の階段を一歩一歩踏み降りる男がいる。
「お、おい……っ!! これ能力かっ!? やめろ、勝手に歩くぅ!! うあっ、とまらねぇ!!」
ダートは上半身を激しく揺らし、自らの腿を叩いて抵抗している。
だが、ポラリスの視線と言葉によって発動した『強制抱擁』の能力は、彼の身体を確実に電気柵という処刑台へと導いていた。
「行かないで……行かないで」
「そのガキかっ!! お前の能力が歩かせてんのかぁ! やめろ馬鹿ガキィ!!」
「いや……怖いの、離れないで……っ!!」
ポラリスは次第に震えだし、口元が強ばっていく。
ネオさんはすかさずしゃがみ込み、彼女を背後から優しく抱きしめて、その肩の裏から顔を並べた。
「大丈夫、離れない。ママがついてるからな……」
その一言でポラリスの呼吸はすっと落ち着き、慌てふためくダートの姿を、まるで壊れた玩具を見るかのような冷たい目で見つめ始めた。
彼女の能力は止まらない。
ダートは今度は、部屋の隅で画面の前に俯く、アキュレの方へと視線を飛ばした。
「おいアキュレぇ!! お前、敵は四人って言ってたよなぁ!! 五人居るじゃねぇか!! しかも能力者ぁ!!」
それを受けてアキュレはビクリと体を跳ねさせたが、結局何も言わずに俯いたまま震えている。
その反応を見て、僕に抱きついていたブリアンが体を離し、ダートへと振り向いた。
「あなたが命令したんじゃないの? ロストした子供のポーンを数えるなって……」
アキュレは小さく首を上げ、目に涙を溜めながらブリアンを見て、小さく頷きを繰り返した。
ダートは既に階段を下りきり、電気柵まで数歩の所まで迫っていた。
「うわぁあ! どうでもいい、アキュレ、命令だっ!! 殺せ、このガキをっ!! いやクイーン、ポーン!! 誰でもいい、このガキを今すぐ攻撃!攻撃!攻撃!! 始末しろぉ!!」
無論、そんな命令を聞く者は誰もいない。
ストームは欠伸をしながら、退屈そうに耳の穴に小指を突っ込んで耳かきをしていた。
ダートはついに、電気柵の目の前に立つ。
あと一歩で触れるというその刹那、彼は履いていた靴を脱ぎ、それを掴んで電気柵へと押し当てた。
バチバチとゴムの焼ける異臭が漂う中、ダートは声を裏返らせた。
「アキュレ〜!! 立て、動け!! 電気柵を解除しろっ!! 王座の脇のレバーだ。上げれば電気は止まるぅ!!」
それを聞いたアキュレは、首をのっそりと上げて王座を見上げた。
ダートは必死に叫び上げる。
「早くしろ、ノロマぁ!!」
それに対して、デフィーナが冷ややかな視線を向けた。
「あんたの電気柵のせいで、向こうに行けるやつ、いないわよ」
「クソがあっ!! こんな柵ぶち破って行ってこい!! 言う事聞かないと、局長に言いつけるぞっ!!」
ダートがそう叫んだ瞬間、アキュレは血相を変えて素早く椅子から立ち上がった。しかし電気柵の圧力に押されて、すぐに震えて狼狽え始める。
それに気づいたネオさんは、素早く立ち上がり、大槍の柄の部分を電気柵へと力任せにねじ込んだ。
「立つなっ!! 動くなっ!!」
ネオさんの鋭い眼光がアキュレを射抜く。アキュレはビクッとして、立ったまま硬直した。
ネオさんが槍の柄を押し込んだのは、ダートの体を電気柵から離させるためだった。槍の柄がダートの胸を強引に突き、ポラリスの能力によって柵へ吸い寄せられる彼の力を押し返していた。
ネオさんは鋭くダートへと問いかける。
「局長ってなんだ。ゲーブルトの事か、アイツは今何をしている」
ダートはネオさんの槍の柄を両手で掴みながら、むせる息を必死に整えた。
「ああっ!? し、知らねぇよ!! 局長はここを俺に任せたっ!! 俺こそが今日からここの王だったんだっ!! それを、それをお前らぁ……!!」
「そうか……」
ネオさんは、槍をスっと引こうとした。
それに対してダートは焦り、交渉を試みる。
「うわ、引くなっ!! ぶつかる、そ……そうだお前、そのガキの能力を止めさせろっ!! 俺はこの基地の王!! 無敵のギャンビットとして……」
語り出そうとするダートに対し、ネオさんは冷淡に告げた。
「違うな。ゲーブルトが本気でこことブリアンを防衛するつもりなら、あの狡猾な男はテメェみたいなカスに指揮官なんてやらせないハズだ」
「あ……ああっ!?」
「ゲーブルトは既に、この基地にもブリアンにも興味がねぇんだ。だから今こうなってる。そこまでは分かった」
「な、何言ってんだ、分からねぇ!! 分からねぇぞ何言ってんのか、お前ぇ!!」
「分からねぇなら、お前にも分かるように教えてやる。お前は既に、ゲーブルトにとっての『捨て駒』なんだよ」
「俺が捨て駒!? んな訳あるかっ!!キングだぞ、王が捨て駒!? 王は絶対!! 俺は常勝不敗!! 俺は無敵のギャンビット……!! 崇め敬い、平伏し……」
ネオさんはその言いかけに、ダートの体を押し込んでいた槍を、思い切り引いて柵から抜き取った。
「そうか、なら止めて悪かったな」
瞬間、激しい火花が飛び散り、ダートの全身が暴力的な電流に包まれる。
「あばばばびばば……だ、ずげで……ば……!!」
「はっ、サレンダーが遅すぎたな」
ネオさんは冷たく言い放ち、ポラリスの肩へとそっと手を置いた。
ポラリスは目の前で感電するダートを見ながら、静かに首を振る。
「……いや。離れないで」
「は、はばばばば……ばなじで……ば……」
ダートの最後の言葉は、ポラリスに対するあまりに惨めな願望だった。
ポラリスよりも深く焼けたその体は、電気すらも通さない黒焦げの炭となり、静かに電気柵から離れて床へと転がり落ちた。
それはあまりに凄惨な死体だったが、僕はそれを見てもなんとも思わなかった。思わなくなっていた。
そんな惨劇を視界の外へと追いやるように、目の前のブリアンが、やわらかな指先で僕の右手を包み込み、優しく手を引いていた。
「あの人、ずっとあんな感じだったわ……。兵士の人達を集めた時も、私に待機を命令した時も……」
「そうだったんすね……」
彼女は綺麗すぎる瞳に、涙を潤ませて僕を見つめている。戦場という異質な空間にあって、彼女はまるで磨き上げられた宝石のように眩しい。
「あのね。私……とても心細かったの……」
その両手が僕の右手を、彼女の柔らかな胸の中心へと導いた。心臓の鼓動が、手を通じてダイレクトに伝わってくる。
「でも、このネプチューンハートの衣装に、何度も意思を送ってくれたでしょ? だから私、疑わなかったわ。あなたがこうして、ここに来てくれることを……」
僕は右手を包む柔らかすぎる感触に、身体の芯から熱くなるのを感じながらも、恥ずかしさで左手で後頭部を必死にかいていた。
「あの……それは、僕こそ助けて貰って、感謝っていうか……。当然来るべきって思ったっていうか……」
僕のしどろもどろな反応を見て、ブリアンはクスリと笑い、いたずらっぽく口元に触れた。
「ふふっ、おかしいわね。シャンとしなさい? あなた達は私の英雄だわ、間違いなくね」
「いやぁ、その、癖っていうか、その……面目ないっす……」
僕は照れ隠しに視線を彷徨わせる。
彼女から投げかけられた「英雄」という言葉の重みに、僕はまだ、どう振る舞えばいいのか分からずにいた。
するとネオさんは呆れた口調でため息を吐きながら立ち上がった。
「はあ、イチャつくのは結構だが、まだ終わってねぇからな」
余りに冷めた一言と共に、彼女は立ちすくむアキュレの方へと振り向く。
アキュレは素早く反応して、自身が使っていたモニターの置かれた殺風景な事務用デスクに身を預けた。
そして机の引き出しから、拳銃のような形の機械を取り出して、コチラへと向けた。
「こ、来ないでくださいっ!!」
それに反応したのはストーム。
敵意に反射するような速度で、大剣をガチャリと引きずる。
しかしネオさんは片腕を上げてストームを制止した。
「お前、アキュレって言うんだろ。脅されて補佐官をやってたのか?」
アキュレは震えながら、機械を前に突き出した。
その機械に銃口は付いていないが、トリガーが付いており、指をかけている。
「自爆スイッチです!! この基地のっ!! 押します!! う、埋まりますよ……っ!!」
ネオさんはそれを見て目を細めながら、アキュレへと向かって歩き始めた。
「別に殺しはしない。なんなら保護してやる。お前みたいなのが他にも居るのか?」
アキュレは左右をキョロキョロと確認しながら、再び震える手で機械を押し出す。
「来ないでくださいっ!! 押しますよっ!! 本当に、埋まりますよっ!!」
ネオさんは言われる通りに歩みを止めた。
それに反応するように、アキュレは肩の力を一瞬緩めて一歩後ずさった。
ネオさんは腕を組んでアキュレへと問いかける。
「お前の要件はなんだ。私たちが黙ってこの部屋を出て行けば満足か?」
アキュレは眉を歪ませて、再び深く自爆スイッチを構える。
「自爆スイッチなんですよ!! 自爆しますから!!」
アキュレが強く叫んだ途端、ネオさんは腕組を解いて、真っ直ぐに、そして無防備にアキュレへと接近した。
アキュレは狼狽え、椅子を転がしながら机の後ろへと身を引く。自爆スイッチを握った片腕だけは、震えながらネオさんへと向け続けている。
「押しますよ! それ以上来たら! 基地の爆破!! ここの自爆スイッチを……ああっ!!」
机の足につま先を取られて体勢を崩す彼女。
その余りの必死な形相に、ブリアンが声を上げた。
「ネオ、乱暴だわ、そのスイッチ押されたら……!!」
ネオさんは瞬時に距離を詰め、転びそうになるアキュレの手首を掴んで引き寄せていた。そのまま難なく自爆スイッチを取り上げる。
アキュレは抵抗を試みているようだったが、全くの非力で、ネオさんの相手にはなっていなかった。
ネオさんはアキュレを立たせると、冷淡に確認をし始めた。
「お前は自爆スイッチを押すつもりは無かった。私達を始末するためなら無言で押せばいいし、条件があるなら提示しないのはおかしい」
アキュレは顔を紫にして、床を見つめて震えている。
ネオさんは構わずに続けた。
「お前は誰かに、自爆スイッチを使えとだけ命令されていた。だからとりあえず出したはいいが、どう使えば良いかまでは思いつかなかったんじゃねぇのか」
その推論が進むと、アキュレはピクリと体を跳ねさせ、ゆっくりと顔を上げた。全てを見透かされているという唖然とした表情に、みるみると血色が戻っていく。
ネオさんは間髪入れずに質問を重ねる。
「誰に命令された? 局長……ゲーブルトか?」
アキュレは、無言で小さく首を横に振り続けた。
「誰だ、言うとそいつに殺されるのか?」
ネオさんの問い詰めに、アキュレは息を飲んでから、震えた小さな声で答えた。
「いいえ……彼は私を殺しません。なぜなら彼は、もう死んでいますから……」
言い淀み、口から零れ落ちたその言葉に、僕たちの表情が強ばっていく。
アキュレは胸元で小さく指を組んで、深く俯いた。
「私にスイッチを渡したのは、エリオット・ド・ラクロワ様……。このドラキール王国の、王だったお方です……」
その開示に、ブリアンの顔がみるみると青く変色していった。




