第291話・恐れ知らずのギャンビット12。クイーンアセット
ダートの狼狽は、聞くに堪えないヒステリックな掠れ声だった。
「ああ!? 王を取りに来た……!? そういう事を聞いてるんじゃねぇんだよなぁ!!」
高台の王座から転げ落ちていたダートだったが、起き上がりざまにガコンッという重々しい音と共に、王座の脇に設置されていたレバーを力任せに引き下げた。
王座へと単独先行したデフィーナとダートの間に、天井から鋼鉄製の柵がせり出し、火花を散らしながら凄まじい光を放ち始める。
その眩い光に、デフィーナは顔をしかめて目を細めた。
「う……っ、これは……!!」
「超高電圧の最終防壁さっ!! 簡単には取れないからキングだろうがっ!! ルークA、E2!! ルークB、E2!! ビショップA、E2!! ビショップB、E2!! そのままE1の侵入者を攻撃しろぉ!!」
ダートがそう絶叫すると共に、デフィーナの背中となるE2の部屋に、四人の人影が出現した。それらは一癖も二癖もありそうな強面の男たちで、四人は灯りが消え失せた暗闇の部屋の中を、真っ直ぐにデフィーナが先行した最終扉へと殺到する。
四人の中の一人が扉を開け放つと、王座の間から溢れ出した光が、暗い会議室を白く染め上げた。
デフィーナの背中側から、男たちが機関銃を構えて室内へと雪崩れ込もうとしている。
それを冷ややかな目で見ていたのは、ネオさんだった。その絶望的な光景を、彼らの背中越しに冷徹な視線で見つめている。
ネオさんは男たちの背中を指さし、口元を三日月のように釣り上げた。
「やると思ったぜ、クソ馬鹿キングは焦って駒を動かすってな。正面突破でぶっ殺せストーム!!」
「ああ!? 命令してんじゃねぇよ!! ぶっ殺す!!」
ストームはネオさんの指示が終わるよりも早く、既にエンジンの大剣を爆音で吹かしながら室内へと突撃していた。
「こっちを向けや!! テメェら纏めて正面突破ァァ!!」
ストームが剣のレバーをガチガチと切り替えると、エンジンは赤く怪しい閃光を放ち、深く低い地響きのような唸りへと音質を変える。同時に、大量の黒煙が室内に充満していった。
「天神龍暴風爆雷!!」
仰々しい技名と共に、自身の体に巻き付けるように構えた大剣を一気に振り抜き、その身を回転させる。彼の身長をも凌駕する巨大な刃の鉄塊が、ベーゴマのような回転速度で黒煙を巻き込み、巨大な旋風を起こしながら敵の群れへと直進した。
男たちは咄嗟に振り向いたものの、狭い扉の前で固まっていたために互いの体が邪魔となり、身を避ける猶予すらも残されていなかった。
ネオさんは大槍を両手にしっかりと握り込み、低い姿勢で駆け出していた。
「これが本当の、先制攻撃ってやつだ」
直後、岩石作りの壁を爆砕する轟音と共に、ストームの回転斬りが四人の兵士を飲み込んだ。
壁には横一文字の巨大な斬撃跡と、風圧によって無残に切り裂かれた壁紙だけが残る。四人の男たちは一瞬にして肉塊へと成り果て、会議室の両端へと無残に吹き飛ばされていった。
それと共にブリアンの高い声が、王座の間から響き渡った。
「ネオ……ッ!! ……と、ストーム!?」
その一声を聞いて、僕は居ても立っても居られなくなった。左手に握るポラリスの手をギュッと力強く握りしめ、そのまま駆け出していた。
「ポラリスちゃん、一緒に行こうっ!!」
「……うんっ!!」
僕は荒れ果てた会議室を一直線に駆け抜け、最後の扉を潜って中へと飛び込んだ。
室内では、デフィーナさんもネオさんもストームも、ただ立ち尽くしている。
王座の間は天井が高く、せり上がった階段の上に重々しい玉座を構えていた。その脇に、患者服の上から王族のロングコートを羽織った白髪混じりの男が、背を丸めて玉座の手すりを爪で激しく引っ掻いていた。
そして電気柵。縦横の格子で細分化されたそれは、目に見える青い火花を散らし続け、触れればタダでは済まないことが一目で理解できた。
電気柵よりも手前、部屋の隅には大量のコードがぶら下がり、ヘルメットへと接続された装置が異音を上げている。そのヘルメットの下で、テレビモニターに身を隠すようにして震え続けている患者服の少女がいた。
……おそらくはアキュレだろう。他に敵兵士の姿はない。
そして僕たちの真正面、電気柵を背にするようにして、白いフリルに青いリボンの魔法少女姿の女性が立っていた。
パッチリとした大きな瞳に、凛とした佇まい。
僕たちが助けに来たブリアン・ブリディエット本人であるという確信が、ドグマの共感覚を使うまでも無く、胸の奥で熱く確信へと変わった。
「女神さん……っ!!」
「スゴミ、来てくれたのね!! スゴミ……こんな、危険な所に……っ!!」
その瞳には涙が溢れていたが、同時に残酷な現実が全員の視線を一箇所へと集めていた。
ブリアンの頭に、ダートの駒であることを意味する、チェック柄の帽子が被せられていたのだ。
「女神さん……その帽子……」
僕はその光景に、一瞬気を取られていた。
それがダートを付け上がらせた。ダートは肩で息をしながら顔を強ばらせていたが、自らの両頬を強く叩くと、背を伸ばして胸を張り、虚勢に満ちた声で吠えた。
「そうだよ、クイーン一本。最後の攻防。必殺の一手!! 俺の能力は無敵のギャンビット!! 駒にした人間の能力の高さに応じて、駒の役職を決めるのさっ!!」
彼は乾いた指先を突き出し、ブリアンを指し示す。
「クイーン!! お姫様ってな、お似合いじゃねぇか。最強のクイーンの一撃で、侵入者を抹殺しろぉ……っ!! 攻撃開始っ!!」
指示を受けた瞬間、ブリアンの瞳から光が消え失せた。
彼女は無機質な足取りで、僕たちの方へ距離を詰め始める。
デフィーナさんが剣を構え、鋭く叫んだ。
「ブリアンのマジカルハート、水を出すのよっ!! この部屋でやられたら……!!」
ストームは大剣を引きずって、ニヤリと顔を歪めた。
「やられる前に、ぶっ殺しちまえば良いだろうが……!!」
ネオさんはストームの大剣の駆動を遠隔停止するスイッチを入れながら、ブリアンへと声をかける。
「おい、目を覚ませ……!! 私たちはお前を助けに来たんだぞ!!」
ダートは王座の肘掛けを爪で削りながら、ケタケタと笑った。
「無駄無駄、駒はキングに絶対服従……!! それが俺のギャンビット、無敵無敗の、盤上遊戯なんだからなぁ!!」
騒然とする空気の中、僕はネオさんの隣へとポラリスを預け、前へと歩み出した。
「ネオさん、僕が行きます。ここは、僕が行くべきだと……そう思うんで」
「スゴミ……」
ネオさんは目を見開きながらも、自然とポラリスの手を取り、自分の体の後ろへと守るように誘導していた。
歩いて迫ってくる、意思のないブリアン。
僕はドグマによって生成していた零極さんの黒腕と、秘密の食卓を解除し、生身の自分のままで彼女との距離を詰めていく。
既に手が届くほどの距離。
僕と彼女が、向かい合う。
電気柵の光に背中を照らされ、暗く淀んだ彼女の瞳が、僕に対して真っ直ぐな殺意を告げていた。
そこへ、ダートの怒り狂った叫びが雷鳴のように響く。
「何やってんだよっ!! さっさと殺せぇ!!」
その指示を受けて、ブリアンの拳が持ち上がった。
耳の後ろまで振りかぶった拳を、彼女は全力で振り抜く。
僕は頬を撃ち抜かれ、唇が切れて小さく血が滲んだ。しかし僕は、彼女から一切目を逸らさなかった。
「すみません。なんて、軽い言葉じゃ済まないっすけど……痛くて怖い思いさせて、すみませんでした……」
ダートの攻撃司令は、一回につき一回だ。
僕にはそれが分かっていたから、その一回を、今受けた。
するとブリアンの無表情が一気に涙に歪み、その身を投げ出すように僕へと身体をぶつけてきた。
「私こそ、ごめんなさいスゴミ……!! あなたを殴ってしまって……!!」
僕は彼女を胸で抱きとめ、背中へと腕を回しながら、頭に被せられていた帽子をそっと取り除いて床へと捨てた。
「悪い事したと思ったら、罰うけた方が気が楽っすから……。今のがお仕置って事で、良いっすか?」
「馬鹿っ! 本当に馬鹿だわ、あなた……っ!!」
ブリアンは泣きながら僕の背に手を回した。
その温かみが、その震えが、僕がここまで歩いてきたという事実の正しさを、何よりも証明して、僕に安堵を与えてくれていた。
反面、ダートは取り乱し始める。
「えっ!? なにしてんの、クイーンだろお前っ!! なんだよそのヘナチョコパンチは……!! 首をもげよ!! 能力使えよ!有り得ねぇだろ、クイーン、クイーンなんだぞ!!」
電気柵の奥で吠えるその男を、僕は冷ややかな憎悪を込めて睨みあげた。
「女神さんの能力、ネプチューンハートは、僕からの意思の補給をしないと使えないんすよ。お前は駒とか言ってた人達の中身も知らずに、なんでそんなに威張ってふんぞり返って居られるんすか」
「はあ!? 何言ってんだテメェ!! 俺のギャンビットはな。駒の能力を評価してランク分けして……」
「ランクとか評価とか……そんなのばっかりでしか人を見れなくて……あんたやっぱり、本物の馬鹿なんじゃ無いっすか?」
「黙れ、黙れ黙れ黙れ……っ!! 駒が悪いだろっ!! 弱い駒ばっかりでさぁ!! あと、おい、そうだアキュレ!! テメェ適当な計算ばっかりしやがってよぉ!! 何が0%だ、ぬけられてんじゃねぇか!!」
ダートがアキュレに八つ当たりをし始めるが、アキュレはモニターの裏で死を覚悟したカエルのように動かないで放心していた。
そこにネオさんがポラリスを連れて前に出て、ダートを睨みあげた。
「お前らの通信、全部私の通信装置で盗聴してたんだけどさ。アキュレの計算は恐ろしく精密だよ。侵攻ルート1245の内の一つの正解、0.08%の穴を私が見つけ出したってだけの話でな……」
「はあ!? と、盗聴だと……!?」
ネオさんの発言に声を裏返すダート。
それと対比するように、硬直していたアキュレは小さく首を上げて、眉を歪めた。
「いえ、侵攻ルート1245。突破ルート5。突破率0.4%でした……」
ネオさんはその場違いなツッコミに、頭に手を当てながら脱力した。
「なんだよ、五つもパターン合ったならガバガバじゃねぇか……」
しかし、すぐに視線はダートを睨みあげる。
「とにかく、テメェがどう喚いても、これにてチェックメイトだ。私達はテメェを許す気は無いからな」
ダートはよろけながら王座の後ろへと隠れるように移動した。
「チェ、チェックメイトだと……!? 違うね、ステイルメイトだ、引き分けさっ!! ははっ、俺の本当の最後の一手ってやつさ、お前ら今度会う時はタダじゃおかねぇからな!!」
言いながらダートは王座の背もたれの裏へ回り、何かを操作する素振りを見せた。すると王座の奥に掲げられていた王家の紋章入り垂れ幕が左右に分かれ、無骨な鉄製のドアがスライドして口を開ける。
見るからに脱出用のエレベーターだった。
デフィーナが即座に反応して声を上げる。
「アイツ……!! 逃げる気だわ!!」
ネオさんはその無様な姿を睨みつけながら、底冷えするようなドスの効いた声を放つ。
「ステイルメイトは成立しない。お前にはまだ、ポーンが残ってるからな」
ダートは薄ら笑いを浮かべて後ずさる。
「言ってろ、その電気柵は弾丸も弾き落とすし、あと一時間は止まらない。その間に俺は遠くに逃げて……」
しかし、彼の言葉は途中で途切れた。動きが、不自然に硬直したからだ。
「逃げて……俺は……あれ?」
ネオさんはポラリスを自身の横へと静かに立たせていた。
「お前知ってるよな。ポーンは敵陣の一番奥を踏ませると、クイーンに出来るってルール……」
「はあ……!?」
ネオさんはポラリスの両肩にそっと手を置き、優しく語りかける。
「なぁ、ポラリス。お前アイツ嫌いか? アイツ逃げるって言うんだけど、どう思う?」
「いや……行かないで」
その言葉と共鳴するように、ダートの足が自身の意思とは裏腹にふらつきながら、僕たちが待ち構える階段下へと向かって歩き始めた。
ポラリスの能力『強制抱擁』。
電気柵という死の壁を挟んで、その力はダートの身体を確実に僕たちの元へと引きずり寄せていた。




