第290話・恐れ知らずのギャンビット11。チェックメイト
無垢な少女、ポラリスを連れ、僕たちは敵将の待つ最深部へと歩を進めていた。
扉を開ければ部屋が広がり、部屋を抜ければまた扉が現れる。敵兵士の気配は皆無で、無機質な基地の中には空調ポンプが奏でる重低音の唸りだけが、ゴウゴウと不気味に響き渡っている。
ネオさんがポラリスと手を繋ぎながら扉を押し開き、その後ろを僕たちが数珠つなぎで追う。
ポラリスが首を傾げて問う。
「ねぇママ、どこに行くの?」
ネオさんは緊張の糸を張り詰めたまま、柔らかく声を張る。
「お姫様をな、助けに行くんだよ……」
後ろからついてくるデフィーナは、どこか疲れたような眼差しでポラリスを見つめていた。
「その子は心核能力者なのに、やかましくないのね」
言葉の端々にトゲはあるが、それは僕も抱いていた疑問だった。これまでに遭遇した能力者は、揃いも揃って狂気を振りまくか、異様な自己主張を叫び散らしていた。僕の認識においても、心核能力者は騒がしい存在というイメージが固まっていたからだ。
ネオさんは手を繋ぐポラリスを優しく見下ろし、考察を口にする。
「能力者と言っても、ジャスティスやキング狩猟団の奴らの意思はしっかりしてたし、さっきの足裏男も普通と言えば普通だった……」
ネオさんはデフィーナへと視線を移す。
「心の核が能力になるって、ゲーブルトも言ってたしな。なんか信念とか、信じられるものがあると、能力も強くなるんじゃねぇのか?」
僕はそれを聞き、手を繋ぐポラリスの柔らかな指先を、ふと優しく握り直した。
「なんか、ドグマ能力みたいっすね……」
敵の気配が消えた基地の中を進み続け、僕たちはついに敵将ダートが罠を仕掛けたという部屋、『D2ルーム』の前の扉へとたどり着いた。
その存在を正確に認識できたのは、ネオさんのヘッドギアが捉える盗聴機能のおかげだ。敵のオペレーターであるアキュレが、機械的に報告を繰り返す声が、ノイズ混じりに耳を打つ。
『敵集団、E2ルームから5m12cmで停止。侵攻ルート1245。突破率は0点……あ、0%です』
僕はその絶望的な数字を聞き、息を呑んでネオさんを見つめた。
「この部屋、どうするんすか……。さっきみたいに僕が先に入っても、四方向から先制攻撃されるとキツいと思うんすけど……」
ネオさんは目の前の鋼鉄製の扉を見つめながら、目を細めていた。
「これはそのまま入ったら、確実に死ぬな」
デフィーナも同じ不安を抱え、ネオさんへと語りかける。
「扉一つだけど、侵攻ルートって1200もある? 本当は別ルートがあって、この扉の突破率が0%って事なの?」
ネオさんは振り返って、先ほどまで通ってきた通路を見つめた。
「いや、この部屋は確実に通らないといけない。アキュレの言う『侵攻ルート』ってのは、こちらが取りうる作戦のパターン数だろうな」
「どういう事っすか……?」
「例えばナイトの部屋でスゴミ一人を先行させたが、アキュレはスゴミ一人先行をパターンとして数えていた。つまり、誰がどういう順で入るかとか、あらゆるパターンを想定した時の数が1245って事なんだろ」
デフィーナはそれを聞いて険しい顔をした。
「それって、何してもダメってことじゃないの?」
ネオさんは扉を指さした。
「いやむしろ私は、確実に通れる方法が、最低ひとつはあると思ってる」
ネオさんはもう片手をヘッドギアの耳に当て、思考を紡いでいく。
「アキュレはさっきの報告で、0%の前に0点と言い淀んだ。それはダートが馬鹿な命令で、小数点以下を省けと言ったのを守ろうとしたからだ」
僕はそこまでを聞いて、身を乗り出した。
「ああっ!! じゃあ本当は0%じゃなくて、0.1%くらいあるって事っすか……!?」
「ああ……1245の中に一つは正解があるなら、0.1%は目が出てくる」
デフィーナは腕を組んで首を傾げた。
「でも0.1%なんでしょ? どっちにしても確率低すぎて、死にに行くようなもんだわ」
ネオさんは確信を込めて笑った。
「違うな。確率で言えばそうなるが、重要なのは通れるパターンが一つはあると言う事。その一つをこちらが選択したら、突破確定。100%になるって事だろ」
それを受けて、ストームが大剣を引きずりながら一歩前に出る。
「だったら正面突破だな。加速して扉をぶち抜けば、部屋の中で止まる必要もねぇ」
僕はその狂気じみた笑みを見て、額から冷や汗を流していた。
「いやそれは、ゴリ押しが過ぎるっていうか……」
「……ほっとけ」
ネオさんは呆れた目でストームを一瞥すると、腰元ほどの身長しかないポラリスへとしゃがんで、視線を合わせた。
「ママはちょっと扉開けるから、お兄ちゃんと一緒に、いい子にして待っててくれよな」
すると、ポラリスは今までの幼児じみた口調から一転して、八歳程度の年相応な、どこか大人びた口調でネオさんに言葉を返した。
「ダートおじさんの兵士のね、ルークとビショップはね、とっても怖い人達なの……」
僕はその突然の豹変に顔をしかめたが、ネオさんは驚くこともなく自然に反応する。
「そうか、それはママにとって、とっても大事な情報だ」
ポラリスはネオさんの手を両手でぎゅっと握り込んだ。
「あのね、みんな犯罪者なの。悪いことして捕まったってね、偉そうに自慢してる人達なの……!!」
「ありがとう、それならママも、迷いなく作戦を取れるよ」
僕はその一言に引っかかり、ネオさんに尋ねた。
「作戦、もう決まってたんすか……?」
「ああ、それが出来るかどうか、まずは部屋を開けて確認する。部屋に入らない限り、先制攻撃は来ない。コレも推測だがな。スゴミは盾を構えて備えてろ」
冷淡で鋭い眼差しを扉へと向けた彼女の瞳の中には、確かに確信めいた輝きが浮かんでいた。
僕はポラリスの肩へと手を置いて落ち着かせると、右手に『秘密の食卓』を出現させる。
「分かりました、気を付けて……」
ネオさんは静かに頷くと、ゆっくりと立ち上がり、冷たい金属の扉へと手をかけた。
その直後、通信越しにアキュレの冷徹な報告が入る。
『ネオがE2ルームの扉に触れました』
ダートは興奮を隠しきれず、マイクを口元にまで近づけているのが分かった。
鼻息混じりに酒焼けした声が、僕たちの耳元を汚すように聞こえてくる。
『よぉし、入って来い。四人同時、四人が入り切った瞬間だ!! 機を逃すなよぉ……』
重厚な鋼鉄の扉が、軋んだ音を立てて開く。その部屋は広めの会議室となっており、天井から吊るされた四つの裸電球だけが室内を頼りなく照らしている。部屋の中央には四角く囲われた机と椅子が並び、不気味なほどに整然としていた。
奥の部屋へと続く扉が一つ、そして左右の壁の中央にも扉がひとつずつ備え付けられている。
焦燥に駆られたダートの声が、ヘッドギアから跳ね上がるように響く。
『誰だ、誰が入った!!』
『まだ誰も入っていません、扉を開けたままで止まっています』
『ああ、焦らしてくれるな。なんだ、ここに来てビビったのかぁ!?』
その一言を嘲笑うかのように、ネオさんはホルスターから拳銃を引き抜いた。
リボルバーの弾倉を慣れた手つきで引き出し、装填されていた弾丸を素早く取り出すと、別の弾丸へと詰め替える。そして即座に発砲した。
『バスッ』と掠れた乾いた音が響くと、天井からぶら下がった電球の一つが粉々に砕け散る。ネオさんは小刻みに銃口を向け、次々と残りの電球を撃ち落としていく。
瞬く間に目の前の会議室は濃密な闇に包まれ、僕たちが入って来た通路の明かりが、奥を薄ぼんやりと照らすだけの状態となった。
ダートの声がヒステリックに裏返る。
『アヒッ!? 銃撃ってないか……!? もしやこっちに……!!』
『いえ、電球を割ったみたいです……。散弾を使用し、ひとつの弾丸の拡散数は12発……』
その反応を聞いて、僕は状況を察して、声を張っていた。
「もしかして、この部屋の先にダートが居るんすか!?」
ネオさんは拳銃を無造作にホルスターへとしまいながら、冷静に答える。
「だろうな、E2ルームって言うからそんな気はしていたが、敵が居るのはE1マス。キングの初期位置……つまりこの部屋の隣だ」
ネオさんはくるりと振り返り、デフィーナへと鋭い視線を合わせる。
「デフィーナ、部屋を影にした。お前の影に潜る『ハンターシャーク』で、この部屋をスルーして向こう側の部屋に出現しろ」
デフィーナは目を丸くして驚いたのち、声を低くして眉間に皺を寄せた。
「なにそれ、先制攻撃受けるんじゃないの?」
「先制攻撃を打てるのはE2マスだけだ。チェスの駒の動き的に、E2に構えてるなら、E1には来れない」
ストームが大剣のエンジンを唸らせ、飛び出す姿勢を低くする。
「はっ、ビビりが、どきな。駆け抜けるなら俺が最速だぜ……!!」
ネオさんはストームの顔の前へと手のひらを広げ、それを制した。
「お前は敵が出てきたら、まとめてぶっ殺す役だ。敵が出てくるまで待ってろ」
ネオさんはそのまま、僕の目を見て言葉を繋いだ。
「コレもきっと、アキュレの言ってる侵攻パターンの内の一つに含まれている。でも、だからこそ私は確信を持って言える。コイツが1245分の1の、正解ルートだってな」
それを聞いて、デフィーナは溜息を吐きながらクロスソードを出現させ、僕の前へと躍り出た。
「ったく、だるいわね……。マジカルハート!! ハンターシャーク!!」
軽快な詠唱と共にクロスソードを正面で交差させる独特のポーズを取ると、デフィーナの身体は僕の足元に広がる影の中へと溶けるように沈み込み、暗闇の部屋の中を滑るように進んでいった。
直後、ネオさんのヘッドギアからブリアンの高い声が漏れ出してくる。
『デフィーナ!! あなた、来てくれたのね……!!』
続けて、困惑に満ちたアキュレの声が重なる。
『デフィーナ、姿が消えて、E1へと出現しました。あ、この部屋です』
ダートの声は狼狽し、椅子から転げ落ちるような慌ただしい音と共に、通信機が大きなノイズを拾った。
『うぇえ!? どうして、どうやって入って来た、なんだお前は……!!』
その混乱を切り裂くように、デフィーナの声が閉じた扉越しに、僕たちの元まで鮮明に届いた。
「私は……王の首を、取りに来た者よ」




