第286話・恐れ知らずのギャンビット7。ナイトクラッシュ
僕たちの一瞬の自由は、巨漢の一言で再び拘束へと変わった。
鉈を構えて睨みつけ『動くな』と叫ぶだけで、足を結ぶロープが再出現する。
僕の真上を飛び越そうとしていたストームは、空中で両足をロープに絡め取られ、無防備な体勢のまま僕の目の前へと落下してきた。彼の超重量の大剣が床に叩きつけられ、鼓膜を劈くような激しい金属音が部屋に鳴り響く。
「ぐあっ……!」
「ちょっと……!!」
僕はそれを間一髪で回避した。しかし火傷少女へと伸ばしていた手は手放してしまい、彼女を抱くこともできず、その場で横へと転がるしかなかった。
少女と、彼女を守る天使さん像にも再びロープが出現し、巨漢に向かって足を広げさせられる形で固定される。
しかし、最も悲惨なのはデフィーナだった。巨漢へと接近する前傾姿勢から鉄棒付きロープが足に出現し、その慣性を利用するように背中側へ身体を強制的に捻られる。足を巨漢へと向ける体勢を強要され、体を弓なりにしながら一回転させられて、床へと背中を叩きつけられた。
「はぐぅっ……!」
衝撃と共に肺の空気をすべて搾り出される、声にもならない音が彼女の口から漏れる。
デフィーナは先程よりも近い距離で巨漢に対して両足を開かされており、衝撃による瞬間的な行動不能が、彼女の体を小刻みに痙攣させていた。
巨漢は鉈を持ったまま、デフィーナを威圧するように睨み下ろす。
「フゥ、フゥ……なんだ、欲しがりだな。だったらお前の足から、先に処理してやるぜ」
デフィーナは震える腕で股の間を通して男に向かって剣を構え直す。しかし、男は鉈を無造作に振り回し、その剣を無慈悲に弾き飛ばした。
「刃向かってんじゃねぇッ!!」
「くぅ……ッ!!」
デフィーナの剣が床を虚しく滑り、金属的な不協和音となって部屋の中で反響する。
「デフィーナさん……!!」
僕は立てないながらも、身を乗り出していた。しかしこの男はファルコンストライクに対応してくる。混沌とした戦況に、僕は次の選択肢を取れないでいた。
だが巨漢が先に僕を見た。そして首から下げていた機関銃を手に取って、片脇で抱えた。
「ってか、男は邪魔なんだよ!!」
男は部屋の左右を無遠慮に見渡し、追加の叫びを入れる。
「おいっ!! 男は殺せ、おい、聞いてんのか、おいっ!!」
巨漢は誰かを探すように、白い部屋を見渡していた。だがすぐに肩を揺らして、ストームと僕へと向けて機関銃を構える。
「ち……っ、まあ良いや」
巨漢の攻撃の合図は、それだけだった。
それだけ呟くと、僕へ向けて機関銃を容赦なく乱射し始める。発砲の凄まじい連射音が鼓膜を焼き、室内にけたたましく鳴り響いた。
「スゴミ……ッ!!」 デフィーナの裏返る声が聞こえる。
「秘密の食卓……!!」
僕は土下座するような姿勢から、ストームへ覆いかぶさるようにして、秘密の食卓のちゃぶ台防御を前方に展開した。
秘密の食卓は攻撃位置が一箇所であれば、見えている限り絶対に突破されることのないオートガードだ。
機関銃の乱射をすべて弾き返し、僕たちの身を守る。
巨漢はそれを見て、露骨に不機嫌な顔をした。
「ああっ!? またそれかよ、めんどくせぇな!! おい、回り込んで殺せ!! おい、聞いてんのか、ぶっ殺すぞッ!!」
その態度を見たネオさんが、鋭く叫ぶ。
「ナイトは二人いるんだッ!! もう一人、見えない能力か、室内にもう一人、居るぞ……ッ!!」
それを聞いて、僕の全身から血の気が引いた。
最悪だ。
ただでさえ不利な体勢を強いられているというのに、もう一人。
しかも視認できない相手なら、秘密の食卓は機能しない。
もう一人と言うのが、見えないまま機関銃を乱射してきたら、僕たちの命は無い。それが確信できるからこそ、僕の頭から熱が冷め、凍りつくような恐怖が支配していくのを感じていた。
動いたのは、ストームだった。
「おい後ろ……ッ!!」
彼は僕の胸の下で足を床に縫い付けられて横たわっていたが、大剣を寝ながら引きずって僕と位置を入れ替えると、僕を自分の胸の下へとしまい込んだ。
それと同時に、背後から機関銃を乱射する音と、ストームの幅広の剣の峰に銃弾が当たって跳ね返る音が激しく暴れる。
ストームの剣と体越しに、砂利道を全力疾走するような細かい振動が、僕の身体まで伝わってきた。
「うぐ……ッ! ぐぐぐ……」
悶絶。ストームが歯を噛み合わせて唸りを上げると、僕の背中へ熱い血飛沫が降り注いだ。
「ストームさん!?」
直後、僕の後ろから、震えて裏返った情けない男の声が聞こえてくる。
「ああ……ッ! 見るな、ホラ……ッ!! 俺のタイミングで、やらせてくれないから……ッ!!」
そこに立っていたのは、背が高くてやつれた顔の、眉毛の長い中年男性だった。同時に聞こえる機関銃の作動音。だがその姿が見えたのは一瞬だけだった。男はまるでテレビの電源をいきなり落としたかのように、姿と音を同時に消し去った。
ストームが怒鳴り上げる。
「テメェ、隠れて後ろから飛び道具……!! ソイツは、正々堂々じゃねぇよなぁ!!」
僕はストームの下で身を捩りながら、すぐに言い返す。
「敵は正々堂々とか関係ないですし!! ってか助けてくれたんすか!!」
ストームは肩に銃弾を受けて血を流しながら、僕の上からズレ落ちた。
「はぁ!? てめぇが先に守ったんだろうがッ!! コレで貸し借りはチャラだからなッ!!」
「……ありがとうございますッ!!」
僕たちがやり取りしている間にも、ネオさんも動いていた。
寝転がったまま機械槍を手に取って真上に掲げ、号令を口にする。
「ストレンジARMS・ライトニングバグ!!」
発声と共に、機械槍の矛先の刃が浮き上がり、内側の無骨な支柱部分があらわになる。その中心の円筒が、太陽のように白くフラッシュした。
あまりの眩しさに、目が痛くなった。
実物を見たことはないが、あれが閃光弾というやつなのだろう。光を吸った目は、開けることすら叶わない。
「目がァ!!」
僕は目を押さえてうずくまる。だが、その一瞬の光で、たしかに状況は動いた。
床に縛り付けられていた足が、動かせる。
その認識が追いつく刹那、巨漢の怒り狂う声が響いた。
「この、クソ生足がァ!! お前ぇ、最後にしてやるッ!! 数時間かけて、足から血を全部……吸い出してやるからなぁ!!」
ネオさんは言い返す。
「やっぱりテメェの能力、目で見る事が発動条件だな……ッ!! なぶり殺しなんて狙う奴はな、足元を掬われるんだよ!!」
それと同時に、デフィーナが僕の隣へと飛んで降りてきて、片手で僕の背中へ触れた。
「スゴミ、補給を……!! シャドープリズンを使うわ……ッ!!」
「は、はい……ッ!!」
僕が手探りでデフィーナの足首を掴むと。彼女は魔法少女の詠唱を始めた。
「闇に潜む私の瞳が、あなたを追って見つめるの……」
だが、それを断ち切るように巨漢の怒りが爆発する。
「目ぇ見えりゃよ!! どんなに微かでも……!! ああ、女の足だ……!! 俺に全てを、さらけ出せ……ッ!!」
男は閃光弾をモロに受けた目を無理矢理に開き、瞳孔を痙攣させながら、焦点の定まらない目で僕達を再び視認し始めた。
その瞬間に、デフィーナは再び背中を床につけて両足を開かされ、ネオさんも足を開く無防備な姿を強制された。
「うぐっ!!」
「はぁ!? 回復早すぎんだろッ!!」
巨漢は壁から猛然と走り出し、寝転がるネオさんへ向けて鉈を振り上げる。
「腕も、胸も、顔も要らねぇ! テメェの価値は足裏だけだ。足裏残してあとはズタズタにしてやるからなッ!! 俺を舐めた足裏ちゃんはよぉ、死ぬまでしゃぶり尽くしてやるからなッ!!」
「クソ、イカれ野郎が……ッ!!」
ネオさんは機械槍を構えたが、足を浮かされた不安定な姿勢では、その矛先も男の鉈に弾き飛ばされてしまうだろう。
矛先を飛ばす攻撃も、僕の援護射撃も、この男に二度は通用しない。それを確信できるだけの勢いが、ヤツにはあった。
巨漢の鉈がネオさんの肌を裂く、そのギリギリの瞬間。僕はデフィーナの足を握る指に力を込め、精神の底から叫んだ。
「──アルハの目ぇ……ッ!!」
戦闘の素人である僕に、高度な戦術など練れるはずがない。だからこそ僕は、デフィーナの保有する『アルハの目』に縋った。彼女の体に触れている今ならば、時間を超圧縮して思考を共有させられる。
「ゼロ時間会議……ッ!!」
瞬間、周囲の景色が暗転する。
ネオさんへと振り下ろされていた鉈の軌跡は空中で静止し、戦場の喧騒は彼方へと消えた。
僕の意識は真っ暗な精神空間、デフィーナが内に抱く『アルハの目』の中で再覚醒していた。
目の前には、不機嫌そうに緑のアホ毛を揺らすデフィーナが立っている。
「……勝手に、入って来ないでくれる?」
「しょうがないじゃないっすか……ッ!! ネオさんやられちゃいますよ!!」
「はぁ……だるいわね。さっきの『秘密の食卓』で殺しときなさいよ……」
デフィーナが毒づいて視線を逸らすと、その足元から突如としてちゃぶ台が浮かび上がった。
ちゃぶ台を挟むようにして、あぐらをかいたノリコと、正座する零極さんが向かい合って座っている。二人は氷のピンと、黒装甲のピンで作られた駒を操り、真剣な眼差しでチェスの対局をしていた。
零極さんが氷の駒をスッと動かす。
「チェックです」
ノリコは声を裏返して、頭を抱えた。
「ぬぁー! タイムタイム! 長考するからねっ!!」
僕は思わず呆れた声を漏らす。
「な、なんでこんな極限状態でチェスなんてしてるんすか……」
ノリコはグルリと首を捻って、僕を睨んだ。
「うおおおい、ラブたんっ!! ウチら死人組には時間の概念なんて関係ないからねぇ……!」
それを追うように、零極さんもゆっくりとこちらを見上げる。
「今はスゴミ君の戦う意思が非常に強固で、私たちの介入する隙間がありませんでした。アルハの目を使ったのは、良い判断だと思いますよ」
冷静すぎる零極さんの態度に、デフィーナが苛立ちを隠さずに吐き捨てる。
「エクリプスの癖にこんな所にまで出しゃばって……。最悪の気分だわ……」
零極は涼しい顔で言い返す。
「そうですか? 私はスゴミ君が強い意思で敵に立ち向かおうとしていて、とても気分が良いですよ」
「そうだいラブたん、勇敢でカッコいいぞっ!!」
ノリコは身を乗り出して零極さんの言葉に乗っかりながら、手元でチェス盤を掴んで180度ひっくり返していた。
そして身を引いて零極さんへと手のひらを返す。
「はい、チェック!! ゼロちゃんの番だよっ!!」
僕は眉をひそめて、その光景を眺めていた。
「ゼロちゃんって……。いつの間に仲良くなってたんすか……」
零極はひっくり返された盤面を冷静に眺めていた。
「私たちに通常世界軸の時間経過は適用されません。……私たちの目的はスゴミ君のサポートであり、ノリコとの利害は一致しています。なので私も『ラブたん応援団』というのに入団することにしたのですよ」
零極さんは白い氷の駒を握り締め、ノリコの黒い装甲のキングを盤外へと跳ね飛ばした。
「ノリコさん、チェスは白と黒で勢力が決まるので、盤面をひっくり返しても私が持っているのは白い駒ですよ。私の勝ちです」
「うぉぉおい!! 将棋で無敗の必殺技がぁ!!」
「将棋でも無効ですけどね……」
零極は泰然と黒い装甲を揺らして立ち上がった。その深い青色の瞳が、僕を真っ直ぐに射抜く。
「ネオへと敵の鉈攻撃が届くまで、目算で残り0.64秒程度。加勢する為の猶予は0.04秒。こちらの時間で16分程度だと推測されます」
彼女の漆黒の装甲の腕から氷のブレードが出現し、僕へと差し出された。
「では……あの『穢れたクズ肉男』を始末するための、作戦会議を始めましょうか」




