第285話・恐れ知らずのギャンビット6。タイトロープ
僕の防御は成功した。しかしその達成感は、一瞬にして不安の色に染め上げられていた。
僕の両隣を、敵に向かって駆け抜けようとしていたはずの、ネオさんとデフィーナの姿が、突如として僕の視界から消え去った。
目の前に立ちはだかるのは、新たな敵。
首から機関銃をぶら下げ、血のこびりついた患者服に巨大な鉈を握りしめて、下卑た笑みを浮かべる巨漢。スプラッター映画から飛び出してきたような存在だった。
「うひ、ぐひひ……」
背筋が凍りつき、反射的に一歩下がろうとする。だが、その思考が回りかけた瞬間、僕の身体にも決定的な異変が起きた。
足が、動かない。
それだけではなかった。腕の中で眠っていた火傷の少女が、まるで鉄塊にでもなったかのように急激に自重を増し、真っ白な床へと猛烈に引っ張り込まれたのだ。
足の自由を奪われた僕は耐えきれずに前へと倒れ込み、少女を床へと激突させそうになる。この大火傷を負った身体を、僕の身長から直接床に叩きつけたら、彼女の命は無い。
咄嗟の瞬間に、僕はドグマ変形を発動させていた。
「お願い、天使さん……っ!!」
放り出されそうになる彼女の腰の下へ、等身大の真っ白な女人像を生成される。
マジカルエンジェル・セイントハートの容姿を模したその魔法天使は、人間の肌のような柔らかさを持つ人形となり、火傷の少女を優しく床へと受け止めた。人形の白い腕が少女をしっかりと抱きすくめ、衝撃を完全に吸収する。
代わりに、僕自身の肘が床へと激しく打ち付けられ、脳を突き刺すような痺れる痛みが腕に走った。
「痛っ……!!」
だが、痛みを気にしている場合ではなかった。目の前には、見た目だけで凶悪と分かる巨漢が迫っている。僕は這いつくばった姿勢のまま、すぐに正面を見上げた。
その瞬間、僕の視界に変な体勢のまま転がっているネオさんとデフィーナの姿が映り込んだ。
消えたと思っていた二人は、床に仰向けに寝転がされており、巨漢に対して両足を高く挙げさせられるように広げていた。
デフィーナが顔を真っ赤にして叫びながら、自身の股のビキニアーマーを手で必死に隠す。
「ちょっと、なんなのよコレ……っ!!」
ネオさんはその無様な体勢のまま、驚異的な執念で拳銃を引き抜いていた。
「ちくしょう、コレがコイツの能力かよ……!!」
見れば、二人の足首には無骨な鉄棒とロープが強固に括り付けられていた。鉄棒が無理やり足を開く形に固定し、そこから伸びるロープが巨漢の左手へと繋がっている。
ロープを出現させて、姿勢を強制する能力。
すぐに分かったのは、それだけだった。
そのロープは、僕の足にも巻き付いていた。
ただし、僕の足のロープは足を一本にまとめあげるようにキツく縛られており、そのまま床の下へと貫通するように伸びている。
僕の足を、床に直接縫い付けているのだ。
僕の背中側では、ストームが床に倒れて激しく暴れ回っている気配がした。
「なんだこの紐……っ! 切れねぇぞ!!」
デフィーナも剣でロープを切ろうとしていたが、ロープはまるで実態が無いかのように、剣がすり抜けていき、切ることが出来ない。
そして、僕の目の前の火傷少女も足を持ち上げられており、何故か人間でも生きてすら居ない天使人形にも、ロープは括り付けられ、あられもない姿を巨漢に晒していた。
「コイツ!! 天使さんを……ッ!!」
困惑と怒りの渦巻く僕の中でも、僕は状況から、答えを導き出していた。
巨漢の能力は『足の拘束』。
女性は巨漢に向けて足を開かされ、男性は床に釘付けにされるのだ。
女性陣の足首を固定する鉄棒は、彼女たちのロングブーツを実態なく貫通して、触ることは許されていない。
僕達は寝転がったまま、戦うしかない。
巨漢は鉈をブンブンと素振りし始めた。
「今日は女の子の足、たくさんだぁ。でも順番、順番……順番に処理していくからねぇ」
デフィーナが股を隠しながら、巨漢へと向かってクロスソードの内の一本を投げつけた。
「ふざけんじゃ無いわよ、気色悪い!!」
巨漢は上半身だけで軽くかわし、股を必死に抑えるデフィーナを凝視しながら、鉈を握る手でダラダラと垂れるヨダレを拭った。
「うひひ……そんなとこ隠しても、可愛い可愛い足裏ちゃんが丸見えだからなぁ」
男が歯垢の溜まった汚い口元を歪ませた瞬間、デフィーナとネオさんのロングブーツが、幻影のように身体をすり抜けて床へと落下した。
二人の白い裸足が、完全に巨漢へと向けられる。
巨漢は歓喜に身体をブルブルと震わせ、恍惚の表情を浮かべて興奮を爆発させた。
「ああっ、くっさ。くさぁい……最高」
ネオさんの堪忍袋の緒が、音を立ててぶち切れた。
「あぁっ!? 勝手に臭がってんじゃねぇよ!!」
ネオさんは、出会ってから今までで一番容赦のない声を張り上げていた。
無理やり開かされたホットパンツの股の間から、リボルバーの銃口を巨漢へと真っ直ぐに固定する。
装填された六発の弾丸を、一気の連射で男の胸へと叩き込んだ。
ネオさんの拳銃から一気に立ち上る硝煙、しかし男はナタを胸に当てて、六発の弾丸の全てを防いでいた。
「なんだよ、ああ、火薬臭いで台無しだなぁ……」
「マジかよコイツ……っ!!」
ネオさんは拳銃を横へと放り、脇に置いていた機械槍を握り直した。男は鉈を立てて目の前へと持っていき、照準を合わせるようにネオさんの足の間を見据えた。
「だって弾の来る方向……分かるもんなぁ!!」
余裕の愉悦に歪む巨漢の顔。
そいつは握ったロープの内の一本を、引っ張り始めた。それに繋がれているのはネオさんだった。
ネオさんは足をあげたまま背中を引きずり、床の摩擦でシャツをめくり上げられながら、巨漢へと引き寄せられていく。
「お前、生意気だから一番な? 足の皮剥いで、中身全部、吸い尽くしちゃうもんねぇ……」
ネオさんは槍を両手で掴み、足の間を通すようにして構えた。
「あぁ!? テメェ、もしや、マルドンの吸血鬼かっ! 」
「うーん、警察が呼んでた名前かな? どうでもいいけどな」
「死刑になったハズじゃ……!!」
「一般人向けのニュースなんて知らねぇよ。俺は死刑の代わりに最高の能力を貰っただけだからなぁ!!」
巨漢がロープを勢いよく引っ張ると、ネオさんの背中が跳ね上がった。男はロープを引きながら、鉈をブンブンと振り回している。
「さぁて、おいで、おいで、火薬臭い足裏ちゃん……!!」
ネオさんは強気に股の間から槍を突き立てて叫ぶ。
「遊び用の武器ってか、リーチなら槍の方が上だろっ!」
「関係ないよぉーん!! そんな細い武器、叩き折っちゃうよぉん!!」
彼女は槍を構えたままで唱えた。
「鎖も折れるのか? ストレンジARMS・エンゼルフィッシュ!!」
それと共に、機械槍の矛についたブースターの機構かが発動した。矛の根元が爆発し、鎖付きの遠隔攻撃として、弾丸のような大槍の矛先を巨漢へと発射した。
巨漢はその奇襲に突如真顔になり、顔面一直線に飛んできた矛先を鉈で逸らしながらギリギリで回避する。
矛は肩に掠っており、そのパンパンに膨れ上がった皮膚から、鮮血が吹き出した。
「うおおっ!?」
奇襲をかわされたネオさんは、巨漢から槍先を逸らして、男から遠い動線で鎖付きの矛先を巻きとっていた。
「バケモンかよ……っ!!」
焦りの色を隠せないネオさんに対して、巨漢はその目はギラギラに光らせて、汚い歯を見せてニヤけていた。
「うほっ、イヒッ! やるじゃなぁい?」
巨漢は咄嗟の攻防で、ネオさんだけを見ている。僕はその隙を突くしか無いと思った。意を決して天使像から手を離し、正面へと秘密の食卓のちゃぶ台を生成して、意識を集中した。
「ドグマ解放───秘密の食卓、ファルコンストライク……っ!!」
ノリコ自身との時間をイメージするためのちゃぶ台が、ノリコのバイクのエンジン音を小刻み良く奏で出す。バイクのロケットブースター『ファルコンストライク』の熱量が増していく。
ちゃぶ台が放つエンジン音が、ノリコの奇声となって部屋の中へと響き渡る。
「こぉぉの……キモい変態がァー!! ぶっ飛べラブたん!!」
「行きますっ! バァースト……ッ!!」
僕の掛け声と共に、ちゃぶ台は爆発的な速度で発射された。空気が渦を巻き、部屋中に旋風を巻き起こし、あらゆる布がはためきだす。
巨漢は僕を軽く見ていたが、意識は近手のネオさんをみるのがメインだった。ちゃぶ台の発射から、ちゃぶ台の異常に気づいたようだが、もう遅い。
僕の狙いは、巨漢の腹だった。この敵はかなりの肥満体型のくせに、反応速度と戦闘慣れが尋常じゃない。
だから避けにくそうな腹を狙い、一番得意な秘密の食卓を撃ったのだ。
ちゃぶ台は、命中した。
「グフッ」
巨漢は腹の前へと鉈を当てており、防御する構えだった。
だがちゃぶ台に加えられた推進力は、絶対慣性のドグマ能力だ。防御した所で威力を殺すことは出来ない。巨漢は理不尽なまでの威力に押し飛ばされて、その身体を白い部屋の壁へと叩きつけた。
「ぐぉ!!」
だが男は厚い腹の肉で鉈を滑らせていた。ちゃぶ台の突進を体の真芯から逸らしており、壁に挟まれるギリギリでちゃぶ台を受け流していた。
「いっつつつ……」
男は目を閉じて、自身の腹を押さえて痛みを堪えていた。
その瞬間に、僕達全員にかけられていたロープの束縛が消え去っていた。
「動ける……!!」
拘束から自由になり、最初に動き出したのはデフィーナだった。
「よくもお前……!!」
寝転ぶ体勢で固定されていた体を翻して、一気に飛び起きると、手に持っていた残り一本のクロスソードを掴み直して、壁際の男へと猛然と突っ込んだ。
それとほぼ同時に背中側でストームが動いた。
「テメェ、ふざけやがって、ぶっ殺す!!」
寝転んだままの状態から大剣のエンジン機構を一気に吹かして、床から直接宙へと舞い、僕の真上を通って巨漢へと突撃する。
だが、巨漢の行動も早かった。こちらが迫っているのに気付くと、痛みをこらえる体勢から、すぐさま顔を上げて僕達を睨みつけた。
「動くなっ!!」
その瞬間に、再びロープが出現した。




