第281話・恐れ知らずのギャンビット2。テイクアタック
『あ? ポーンHがロストしたんだけど?』
ストームが二階テラスの爆発女を斬殺した直後、ネオさんのヘッドギアからの盗聴通信から敵将ダートの不機嫌な声が流れてきた。
返すのは少女アキュレの弱々しい報告。
『はい……予測侵攻パターンのひとつ『ストームを先頭とした空中から二階テラスへの侵入』によって、二階テラスにいた女性が、ストームに斬られたようです』
『ええっ!? なんで飛ぶわけ……!? じゃあ一階守っても意味ないじゃん!!』
声を裏返して焦るダートに対して、ブリアンの呆れた声が挟まる。
『この子は最初から、ストームが飛ぶ事も、二階のルートも報告してたわよ? あなたが聞いてなかったんじゃない』
それを聞きながら、僕たちは二階のテラスに着地していた。
通信内容を聞いたネオさんは、呆れた顔をして眉を動かしていた。
「馬鹿がもたついてる内に、進める所まで進もう。まずは地下を目指すぞ」
「はい……!」
ネオさんは持っていた機械槍のグリップ部分のツマミを捻った。槍の先端は矛の形状からツルハシの形状へと変形し、それをテラスから窓へと向けて叩きつけて二階の窓を破砕。遠慮なく中へと侵入していった。
僕とデフィーナとストームも、その背を追って城内へと侵入する。
城の中は城の外観のイメージ通りに西洋風の石造りの内装になっており、赤い絨毯と壁掛けの刀剣や絵画などで飾られていた。
ネオさんが先頭となって次々に部屋へ入り、廊下を抜けていくが、敵は出てこない。
その間も、傍受通信は続いていた。
ダートはアキュレに対して小言のような中身の無い愚痴を続けていたが、しばらくすると立ち止まって考察を始めた。
『……待てよ? 二階から侵入って事は、奴ら城の上階を目指してるのか?』
『……いえ、まっすぐに、地下階段への最短ルートを走っています。現在、一階給仕室前の廊下を……』
『あーごめん、盤面表で言って?』
『ああ……ええと、給仕室なので……ええと、E3です』
アキュレのもたついた報告を受けると共に、ダートの声が再び冷静さを失っていく。
『は……はぁ!? E3って進みすぎだからっ!! なんでそんな事を黙ってたわけ……!?』
『えっ、あぅ……ふぁ……』
アキュレが喋れなくなると、再びブリアンが一言挟む。
『あんたがずっと喋ってたからじゃないの?』
それを聞いていたネオさんは、走りながら声を震わせていた。
「漫才でもしてんのかコイツら……。ああ、ダートってやつ、さっさとブン殴りてぇ」
その発言に、デフィーナも不機嫌な顔で歯を噛んでいた。
「あらそう? 私は早く切り刻んでやりたいけどね」
僕たちは廊下を抜けて一階の会議室へと侵入した。会議室には暖炉があり、暖炉の脇には地下へと向かう為の無骨な石階段が設置されている。
「あの階段だ、行くぞっ!!」
ネオさんが掛け声をかけると同時に、ちょうど最後尾だった僕が部屋へと侵入する。その瞬間に通信でアキュレの報告が入る。
『侵入者四名が会議室……E1に入りました……』
それに反応して、ダートの声が上擦った。
『E1……E1だと、ああっ!! そこならっ! なんか足遅かったポーンがいるな、入れるぞ……!!』
僕はその通信を聞いて、入ってきた廊下へと振り返った。
「なんか来るんすか……っ!!」
廊下には誰も居ない。
ネオさんは迷いなく階段に向かって駆け出していた。
「スルーだ、進むぞ。足遅せぇんだろ?」
だが、ネオさんが階段に到達する前に、ダートの指示が下された。
『ポーンF、E1。取ったぞ、テイクだっ!!』
その瞬間に、異変は起きた。
僕たちがいた石造りの城塞の一室は、一瞬にして無機質で真っ白な部屋に塗り替えられていた。会議室に置かれていた机も椅子も暖炉も無くなり、部屋の形だけを残した白い直方体の空間が、僕たちを閉じ込めている。
ネオさんが周囲を見上げた。
「な、何だこれは……っ!!」
デフィーナもクロスソードを構えて腰を落とした。
「敵の能力じゃないの……!?」
通信の声が繋がってくる。
聞こえてきたのはブリアンの声だ。
『また能力者を戦わせるつもり? ポーンってのがすぐやられるなら、スゴミ達には勝てないと思うけど』
返すのはダート。狼狽していた先程とは違い、強い自信に満ちた物言いだった。
『関係ないね。俺のギャンビットはテイク射程に仕掛ける場合、先制攻撃となる』
その瞬間だった。
全身が鉛のように固まり、指一本動かなくなった。それは僕たち四人に同時に起きており、ストームが真っ先に焦りの唸りをあげる。
「う、動けねぇぞ……っ!!」
「先制攻撃って、そういう事かよ……っ!!」
ネオさんも動けない身体で焦りを口にしていた。
すると気づかないうちに、僕達から向かって右側の壁の中央に、背の低い女の子がポツリと立っていた。7歳くらいだろうか。その子も先程のポーンの男性や女性と同じく、病院の患者服だけを羽織っており、肩からはその身体のサイズに似合わない機関銃を、重そうにぶら下げていた。
頭には白と黒のチェック柄の水泳帽のような帽子を被っている。
ストームが目を強ばらせる。
「コイツが、敵か……っ!!」
「敵……」
敵だったとして、幼い子供だ。僕の脳裏に浮かんでいたのは丸焼けになったポーンAの男と、爆発に焦げながらストームに切られたポーンHの女の姿だった。
「だとしたら、ダ……ダメっすよ、コレはぁ……っ!!」
盗聴通信から、ダートの傲慢なしゃがれ声が降りてくる。
『駒がどんなに弱くても、戦術がそれを凌駕する。こりゃあ、ボードゲームの醍醐味ってヤツだよなぁ!!』
女の子自身は、自身が白い部屋に入ったことを不思議がるように天井を見ていた。しかし僕らの存在に気づくと、目を見張って首を横に振り出した。
「いや……いやっ!!」
その弱々しい反応に全員の目が見開いた刹那、ダートからの指示が無慈悲に下る。
『ポーンF、先制攻撃だっ!! お前の能力で侵入者を抹殺しろ!!』
少女の目から光が消えた。
彼女はよろけながらも機関銃をこちらに向けて構えていた。こちらは身動きは一切取れない。
ネオさんが鋭く叫んだ。
「なんつう事しやがる……!! 誰がやられても気にするな、動けるようになったら機銃を奪え……っ!!」
ネオさんの意識からも、少女を殺すと言う選択肢は削がれていた。そしてこの射撃で誰かが犠牲になる。それを見越したうえでの最適行動の指示。誰もが息を飲み、少女の先制攻撃を受けることに集中していた。
だが攻撃は始まらず、少女の小さな口から呪文のように無感情な言葉が囁かれ始めた。
「行かないで……。行かないで。置いてかないで……」
僕はその言葉にゾッとして、彼女と目が合った。
その瞬間に、僕の身体は前へとゆっくりと歩き出していた。
「え……っ!?」
僕の意思とは無関係に進み続ける僕の身体。
「スゴミ、何を歩いて……」
「いや、勝手に動くんすよ……っ!!」
ネオさんが僕の横顔を見てそう呟くと、それを追うようにして全員の体の硬直は解除され、僕が前進している以外は全員が唖然として僕へと振り向いていた。
「えっ? これで先制攻撃、終わりってことか!?」
ネオさんは僕と少女を交互に確認していた。
何も起きな過ぎて、誰もが飛び出して機銃を奪うという事を忘れていた。
だが少女は機関銃の銃口をふらつかせながらも、トリガーに指をかけており、指に力が入っているのが遠目にも分かった。握力が足りなくてトリガーが引けないんだ。
「攻撃してるけど、出来てないって事……?」
「行かないで……いやっ、見捨てないで……」
冷たい瞳は、僕を見つめ続けている。
僕が身体の制御を取り戻せないうちに、嫌な報告が通信から届いた。
それはダートによる、追加の指示。
『よし入れ、ポーンB、E1へ。ポーンCもE1へ……。この部屋で完全に……チェックをかける!!』
その宣言と同時に、少女の背中で白い空間に扉が開き、二人の男女が放り込まれるように侵入してきた。
一人は無精髭を生やした男。一人は頬と鼻が団子のように膨れた、魔女のような顔の老婆だった。
二人とも患者服で、肩からは機関銃をぶら下げているが、こちらの事などまるで見ていなかった。
無精髭の男は、虚ろな顔で口を突っ張らせていた。一枚布の患者服なのに、スボンのポケットや胸ポケットを探すような動きで、しきりに自分の体をパタパタと叩いている。
「えっと、タバコタバコ……あれ、ここに、タバコ……落とした? タバコタバコ……」
老婆の方はと言うと、自身の手のひらを鏡のように顔の前で平手にして、チリチリに乱れた前髪や、ぷっくりと膨らんだ鼻や頬をつまんで何度も瞬きをしており、化粧をしているような動きで、黙って自身の手のひらだけを見続けていた。
ネオさんが拳銃を取って構えた。
「次々と集めるつもりかっ! 先制攻撃は無いようだが、ここから出ないとマズイな」
デフィーナがネオを見上げた。
「どうやって出るのよ……!!」
ストームは大剣のエンジンを起動させ、室内に爆音を響きわたらせた。
「分かるぜぇ、密室、そして敵……っ!! 簡単だ、出る方法は皆殺ししかねぇだろ……っ!!」
僕はストームの発言に振り返ろうとしたが、視線は機関銃をかまえる少女から離せず、足も前進するばかりだった。
そして、同時に思っていた。
ストームの言ってる事は、おそらくは正解だ。
敵将ダートの能力の本質が『駒を戦わせる』だと言うことは、僕でも既に察しがついていた。
目の合った少女の瞳は涙ぐみ始め、機関銃は既に下ろしていた。攻撃命令が済んで、意識も戻っているようだった。
通信から、アキュレの声が流れてくる。
『大人の男女二名、E1へ入りました……』
すかさずダートの攻撃司令。
『全ポーン、攻撃開始だっ!! 能力を使って、残りの敵を削り取れぇ!!』
その指示で、真っ先にタバコ男の目が座った。
虚ろだった顔は真顔となり、機関銃を手に取っている。
「来るぞっ!!」
ネオさんが声を張ると共に、全員の注目がその男に集まった。
だが、その緊張を断ち切るように、今度は化粧老婆がガチガチと歯を鳴らして発狂しだした。
「なんで、なんで誰も私を見てくれないのよっ!! 私、私だけを見てよっ!! 私は綺麗、いくつになっても、いくつになっても……っ!!」
音の外れたバイオリンを耳元で掻き鳴らされたような、脳の奥に直接刺さってくる絶叫だった。
その瞬間、僕の感覚の中から、老婆の存在以外のすべてが消え失せた。
無機質だった白い部屋の背景に、どろりとした原色の絵の具をブチまけて塗り広げたような、見るに堪えないドギツイ色彩が急速に広がっていく。
視界の中央が老婆の醜悪な顔面に固定され、瞬きをすることすら許されない。
そして僕は、老婆以外の敵の存在も、ネオさんも、デフィーナも、ストームの存在も忘れさせられていた。
僕はここまで自分の足で来て、この先に進まなければいけない。
この老婆は敵として現れて、誰かからの攻撃指令が降りて戦闘開始している。
状況としての記憶はすべて頭に残っているのに、この老婆の隣に誰がいたのか、僕のすぐ後ろに誰がいたのかを思い出すことが、どうしても出来なかった。
この歪んだ世界には最初から、僕とこの老婆の二人しか存在していないかのような錯覚。
脳を丸ごとハッキングされるような、強烈な引き込みの力。
だがひとつだけ、身体の芯に重い事実が刻まれていた。
僕は今、確実に機銃を向けられている。
コンマ数秒、早く何とかしなければ、確実に、殺される。
それだけの狂おしい感覚が、僕の心の奥底から、衝動的な危機感を激しく焚き付け続けていた。




