第280話・恐れ知らずのギャンビット1。セットスタート
『ダンッ!!』
重い銃声。
250メートルの距離を瞬時に飛んできた男は、ひょうきんな笑顔の飛び跳ねをやめて、真顔で機関銃を構えていた。
それよりも早く引き金を引いたのが、ネオさんのリボルバー式の拳銃だった。
「悪ぃな。火炎弾しか残ってなくてさ」
目の前の男は右肩から血を吹き出しながら仰け反り、そこから一気に炎が全身を覆い、火達磨になって地面で悶え始めた。
「にぎゃぁあ! 熱っ、熱い……来たのに、間に合ったのに……!!」
その衣服は入院患者のような白い服だったが、下に着ているのは下着一枚だけであり、機関銃を持っている以外は、とても兵士として戦いに来た見た目ではない。
男はひとしきり暴れた後、ぐったりとして動かなくなった。黒焦げの体から、人肉の焼ける異臭が漂ってきて喉を突く。
僕はその姿が哀れに見えて、ただ口を押さえている事しか出来なかった。
そしてネオさんのヘッドギアによる盗聴から、敵の酒焼けした男、ダートの声が流れてくる。
『あ? ポーンA、ロストだ。早すぎねぇか? 何かあった』
『ネオが……発砲したようです、9mm弾の拳銃を構えています……』
声の小さい少女、アキュレの報告が続く。
『はぁ? なんで機関銃持たせてんのに、拳銃に負けるんだよ。ネオってランクいくつ?』
『通常兵器の取り回し速度から、暫定Cランクです……』
『あっはぁ、Cランクね。そりゃポーンもやられるわ、次E7へポーン三枚ね』
そのやり取りを聞いてきたネオさんは、眉間に皺を寄せていた。
「なんでコイツら、人を勝手にランク付けしてんだよ……」
ネオさん側からの声は届かないまま、盗聴音声から少女の声が続く。
『あの……侵入ルート5万2468に対して、ポーンE7へ三人で、Eランクのポーン三人でCランク相当となりますので、ルート2413が止まりますが、通過ルートを95.401%残していて……』
『はあ……? なに? 突破率だけで良いんだけど』
『はい……突破率95.401%です……』
『ああ……!? ザルじゃねぇかっ!! 敵ランクCだろ? 適当言ってんじゃねぇだろうな!!』
『ヒェッ……あの、あ、あ……二階とか、ガラ空きで……』
その通信を聞いた所で、ネオさんはスっと壁から背を離し、僕たちの前へと移動して腰に手を当てた。
「何となく分かったと思うが、敵が思ったより間抜けだ」
「は……はい、そうみたいっすね……」
「通信も暗号はかかってない素人通信だし。おそらく正規軍ではなくて、能力者のかき集めによる、個人戦に近い形になっているな」
デフィーナも壁から背を離し、髪をかきあげた。
「敵将の男は、人を操る能力かしら?」
ネオさんは黒焦げで静まり返った患者男を見下ろして、目を細めた。
「ああ、敵将の男はダート。チェスに見立てて、人を駒として操り、攻撃させる事が出来る。そんな所で大きく外してはないだろう」
僕はそれを聞いて壁から背を離した。
「じゃあ、この人……別に戦いたくて銃持ってた訳じゃないんじゃ……」
ストームは壁に寄りかかったまま、腕組みのポーズから何も動いていなかった。
「んな事、関係ねぇだろ、敵として出てきたならぶっ殺す。それだけだ」
ネオさんはしかめ面でストームを睨んだが、すぐに僕へと視線を戻す。
「敵ならやるしかねぇ、やんなきゃ殺されるからな」
次に明るく照らされたドラキール城を眺めた。
「だが気になるのは、あの狡猾そうなゲーブルトが指揮を取ってないって所だな。ミナミヅキの言ってた、別の用事説は合ってるのかもな」
デフィーナは腕を組んでため息を吐いた。
「だとしても、こっちの動きがミリ単位で知られてるの、気色悪いわね」
ネオさんはヘッドギアをさすって目を細めた。
「アキュレって奴の監視能力だな……。ゲーブルトが私たちの動向を知ってたのも、コイツの能力なら説明がつくしな」
ネオさんが推論を進めていると、通信の向こうでダートとアキュレのやり取りがヒートアップしていた。
『ああっ!? 突破率56%!? 二階は計算から外せって言っただろうが、なんでまだ五割以上突破なんだよっ!!』
『イッ、ヒグ……56.142%です……ルート3万5212に対して……』
『0.1%とか、数えなくていいのっ!! めんどくせぇな、俺が聞いてんのは100%なの!! 入口を塞ぐ完璧な布陣だっつってんの!! 分かるぅ?』
『ゾ、ぞれは……ポーンが124名……必要で……』
『バカかっ! いねぇよ、そんなに!!』
怒鳴りつけるダートと、だんだん過呼吸気味になっていくアキュレ。そのやり取りを裂くように、僕らのよく知ってる声が、通信に割り込んだ。
『ねぇ、いい加減にしなさいよ。その子泣いてて可哀想でしょ?』
それはこの作戦の救出目標である『ブリアン・ブリディエット』本人の、高くも強気な声だった。
それに対して、ダートは即座に言い返す。
『やかましい、人質が喋ってんじゃねぇ!!』
そのやり取りを聞いたデフィーナは、目を丸くして僕の顔へと振り向いた。
「ブリアンだわ……! コレは本物なのかしら……?」
僕は右手を胸に当てて、ドグマの反応を感じ取っていた。ドグマ共感覚によって、彼女の精神を感じ取る。ブリアンに着せたネプチューンハートから伝わってくる僅かな感情は『怒り』『苛立ち』に入る、トゲトゲとした負の感情だった。
それを受けて、僕は確信する。
「これ女神さん、本人っすよ……!!」
その場の全員が、僕に視線を集めた。
僕はここへと来る前に居た、500m程先の時計塔を指さした。
「まだ時計塔の地下から動いてないんで、そこがこの司令室って事じゃないんすか……!!」
ネオさんはドラキール城を見た。
「だろうな、そしてドラキール城の入口を固めるように、布陣を敷いている。ドラキール城から地下に入り、地下基地をぬけていくってミナミヅキの言ってたルートが、正解って話だな」
デフィーナが身を乗り出して、ドラキール城を見つめた。
「だったら布陣を固められるより早く、入っちゃった方がマシなんじゃない?」
その一言に、壁に肩を預け続けていたストームが、大剣を引きずって前に出た。
「だから最初から言ってんだろ。正面突破だ」
ネオさんは顔をしかめながら、棺桶の中から槍のガジェットを取り出した。
「残念な話だが『敵がもたついてる内に、最短ルートを突っ切る』が最適解になっちまった。このメンバーなら全員飛べるな……?」
民家脇のブロック塀に足をかけると、ストームを睨みながら、城の二階のテラスを指さした。
「私のカウンターアイで傍受した情報を活かして、ガラ空きだって言う二階から入るぞ」
ストームはネオさんには見向きもせず、祭りの日の子供のようにソワソワとして、悪魔のような笑みを浮かべていた。
「ぶっ殺し祭りだぜ……」
僕は右手を胸に当て、強く声を張った。
「エンジェルハート・フォールイン!! ドグマ解放────一体化ヒーローハート!!」
僕の左半身からドグマの白い波がうねり出し、プレートメイルとマントと、聖剣クリティカルソードを生成する。クリティカルソードが灼熱の光を撒き散らし、マジカルエンジェル、ヒーローハートの戦闘スタイルが、僕の体の中へと流れ込んできた。
「自分も、準備オッケーっすよ!!」
僕がネオさんへと掛け声をかけると同時に、ネオさんの盗聴通信から、ダートのしゃがれ声が聞こえてきた。
『よし、五割切ったならそれで良しっ!! ブリアン姫ぇ! お前の手下達、この初手ポーン七枚フル投入で一気に潰すっ!!』
それに対してブリアンの声が、通信越しに聞こえてくる。
『私は既に国も位も持たない者よ。手下なんて存在はいないわ……』
それは強気な、自信に満ちた一言だった。
『それでも、スゴミは来てくれている。ならデフィーナだっているわね。あの人たちはキング狩猟団に敗北したあの時よりも、ずっとずっと強くなっているわ』
『はっ、なにがキングだ。今はこの俺こそがキング。この王座、この布陣……っ!! 王は王として、王あるべくして、マッチを制す!!』
『私、あなたの布陣では、彼らは止まらないと思うわ』
『言ってろ。すぐに黙らせる』
それを最後に通信は静まり返り、明るく照らされた都市の中を、ホコリを乗せた風が筋となって駆け抜けた。
僕はクリティカルソードをギュッと握り、一歩を踏み出した。
「止まるわけないじゃないっすか……。止まりませんよ。ノリコちゃん、零極さん……行きます!!」
僕は天使の翼を広げて、飛び上がった。
同時に、デフィーナも鎖を纏ったアサシンハートの翼を広げて、魔法陣を踏み台にして飛び立つ。
ネオさんはブーツに内蔵されたブースターを使って飛び上がり、ストームは剣のエンジンを駆動して、爆発的な飛行で一気にドラキール城まで自身の体を放り投げた。
ドラキール城の二階のテラスの上空に来ると、テラスの上には既に、一人の女性患者がその一枚布のガウンを風に揺らしていた。
長い黒髪を揺らして、袖からは折れそうな程に細い腕が、痙攣しながら皮膚から骨の形を浮き出させていた。
それに気付いたネオさんが軽く悪態をつく。
「二階は捨てるんじゃなかったのかよ」
女性は上空の僕たちに気づくと、ミイラのような手で自身の顔を覆い隠し、飛び出しそうな程の眼力でコチラを凝視しながら絶叫した。
「爆ぜろっ!!」
その一言と共に、爆発が起きた。
直径1メートル程の爆炎が花のよう空間に咲き、吹き飛ばされたのは叫んだ女性本人だった。
「あぁっ、うぅ……」
女性はテラスの石畳に両手をついて倒れ込み、すぐに立ち上がろうとする。爆発位置は彼女の右後方2メートルの足元。
「自爆……っすか?」
僕はその行動の不可解さに眉を寄せ、ネオさんの反応を伺っていた。しかしネオさんの顔も『理解不能』を示して眉に力を入れている。
その間に女性は立ち上がり、今度は連続で爆発を起こし始めた。
「入って来るな、爆ぜろ爆ぜろ爆ぜろ爆ぜろ!!」
歯茎を剥き出しにし、野生の猿の威嚇のような凄まじい剣幕で金切り声を上げ続ける。彼女の周りでは四方八方、上下左右のあらゆる箇所が爆発し、彼女を爆炎の渦の中へと巻き込んでいった。
本人はあらゆる方向からの爆発に飛ばされ続け、爆風に飛ばされた勢いを、爆風で受け止めるという、嵐の日に暴れる旗のように、悲しくその身をすり減らしていた。
そんな狂気の渦中へ、真っ先に飛び出したのはストームだった。彼はエンジン付きの大剣の爆発機構を発動し、自身の体を激しい爆風に乗せる。
彼女の上空へと滑り込むように飛翔すると、大剣を腰に深く構えて宣言した。
「正面突破だ。真正面から正々堂々と、今からテメェをぶち殺すっ!!」
「入るな! 入るなっ!! 爆ぜろ、爆ぜろ、爆ぜろ!! 」
女性の周りの爆炎はより一層火力を増して、彼女の体ごと焼き焦がしていく。
僕の胸の中には、既に激しい違和感しかなかった。あれは戦いじゃない、ただの自傷だ。僕は右手を突き出し、突っ込んでいくストームを捕まえようとしていた。
「ま、待っ……」
その右手を、僕の左手がガシリと掴みこんだ。それは漆黒に染まった、零極さんの腕と化していた。
同時に僕の唇がパキパキと霜で張り付き、声を出すのを強制的に止められる。
そして、僕の左頬に割り裂くように唇が開き、零極さんの冷徹な声が頬から僕に語りかけた。
「スゴミ君。君があの女への情を持ってしまえば、君は失う悲しみを背負うことになる」
それだけを告げると頬の唇は閉じ、口の霜も左手の拘束も、嘘のように解除されて元に戻った。
──その一瞬の間に、ストームの急降下は完了していた。
女性が撒き散らす爆炎の嵐の中を、真正面から突っ切った大剣が一閃される。
ストームが通り過ぎた風に煽られ、爆炎が糸のように彼を追う。そして炎の幕が晴れた中心から、胸を袈裟斬りにされた女性が大きく鮮血を噴き出して、前のめりに石畳へと倒れ込んだ。
ストームは衣服の端に炎を揺らし、顔に煤をつけながらも、地獄の鬼のような形相でニヤリと歪に笑っていた。
「雑魚が。爆発の使い方がなっちゃねぇんだよ」
僕は自身の左手で、右腕をつかみ続けていた。
僕にとってこれは、止まらないと言うには過酷すぎる戦いだ。
この先を思うと湧き上がる悪寒が、右手の震えを止める事を許してくれなかった。




