第279話・旧ドラキール城への道。
ミナミヅキさんは強い瞳で、別行動を宣言していた。
これまでの自信の無さそうな態度とは打って変わり、自身の決定を既に確定としているような、胸の張りを見せていた。
ネオさんが目を細めて問いただす。
「ゲーブルトが味方に変身して襲ってくる。その危険性を分かってないワケじゃないだろ」
僕も別行動には反対だった。
「そうですよ、殺されて、利用されちゃいますよ……っ!!」
ミナミヅキさんは肩からかけた機関銃を手に取って、肩を震わせていた。その震えが抱えた重火器の金属パーツをカタカタと情けなく鳴らしている。
「はい、ですが私は少々甘く考えていました。敵は人間ですし、私も武器を取れば力になれる、そう思っていました……」
彼は僕の左腕を見つめた。
「ですが、敵一人あたりがバケモノすぎる……。氷のエクリプスなど、私は倒せる可能性など少しも感じていなくて。スゴミ君を残して逃げる最中、勝てないかも知れないと、正直思っていたのです……」
「いや、実際、ほぼ負けてたっすけどね……」
僕は後頭部に手を当てて、目を逸らした。零極さんは倒したと言うより、零極さんが自害したに近い。少なからず僕の中の認識ではそうだった。
「はい、ですから、私はこの先ついて行っても、足手まといになります。ネオさんの棺桶に乗らなければ、追いつく事も出来ないのですし……」
その瞬間、ネオさんが棺桶から音もなく飛び降りた。
ミナミヅキさんへとスタスタと歩み寄ると、彼が抱えていた機関銃の銃身をひったくるように掴み、その冷たい銃口をミナミヅキさんの顎の下へと、肉がめり込むほど強く押し当てた。
「くだらねぇ理屈並べてんじゃねぇよ」
至近距離から見上げるネオさんの瞳は、完全にプロのそれだった。
「私は『一人行動は死ぬぞ』って言ってんだ」
「はい、ですから……それは覚悟しています」
ミナミヅキさんはネオさんに押し付けられた銃口を強引に引き剥がし、自身の胸へと機関銃を抱いて強く返した。
「ブリアン救出が、成功する事を前提に言います。ブリアンを連れ出した後に、この旧都市から脱出するためのルート、それを見つけなくては行けません」
彼はそう言って、来た道を見つめた。
「養殖場は出口になり得ません、私はこの都市の出口には、いくつかの心当たりがありますので、あなた方が潜入を進める間、出口を探しています」
そして、胸ポケットのニセ札へと手を被せて僕を見た。
「君たちがブリアンを救出した時に私が生きていたら、そこが出口です。スゴミ君、君なら私を見つけることが出来ますね……」
「は、はい……っ!! 僕はドグマの場所だけは、見失いませんのでっ!!」
ネオさんは機関銃から手を離し、短く告げた。
「無謀だぞ」
「無謀なのは、お互い様じゃないですか」
ミナミヅキさんが苦笑いをしながら返すと、ネオさんはミナミヅキさんの顔を覗き込むように睨んでから、そっと目を閉じて彼に背を向けた。
「そうか……なら良い」
静かに呟くと、彼女は棺桶へと再び飛び乗った。
その動きを目で追いながら、ミナミヅキさんは僕へとゆっくりと告げた。
「私、ドラキール王国に住む、娘が居るんです……」
「え……っ?」
「私が牧師をする条件で、娘だけはドラキール国民として登録させて貰ったのです……。私も居住区の順番が来れば、ドラキール国民にして貰える約束でした……」
「あ、ああ……」
「しかしキング狩猟団は、無慈悲に私達を搾取しました。私が撃ったカリンという女性兵士……。ネオさんや、私の娘と同じくらいの年齢だったんです……」
「そ、それは……」
僕は言葉に詰まっていた。なんて返せば良いのか分からないし、何故このタイミングで僕にそれを告げるのか、それも分からなかった。しかし彼は止まらずに続けた。
「ドラキール王国は間違っています。それを確信したからこそ……それを確認しないといけないと思ったからこそ、私は命を賭けて、ドラキール潜入を志願しました」
彼の震える手が、僕の肩へとそっと触れた。
「ブリアンの救出、必ず成功させてください。私は命を賭けていますが、ここで死ぬつもりはありません。するべき贖罪が、残っているからです……」
僕は彼の目を見て、ハッキリと告げた。
「はい、あの子の救出だけは、本気でやろうと思ってるんで……出口の確保、よろしくお願いするっすよ……」
「ええ、お互い、最善を尽くしましょう」
ミナミヅキさんはそう言って眼鏡を曇らせて、小さく親指を立て、口を固く結びながら笑っていた。
僕の背中で、エアバイクの後部座席のデフィーナが、僕の服の裾を引っ張った。
「ネオが行くわよ、さっさと行きなさい」
「はい、行くっすよ……!!」
僕はエアバイクの見えないハンドルをギュッと握り、エンジン音を響かせてバイクを走らせた。
ミナミヅキさんは僕と同じで、戦闘の素人だ。ストームのように戦闘狂でも無ければ、ネオさんのように強くも無いし、デフィーナのように鈍感というワケでも無い。僕にはドグマ能力があるけど、彼は普通の人間。恐怖するのは当然だろう。
それでも彼が示してくれた『成功を前提とした役割分担』。それは旧ドラキール城の荒廃した黒い尖塔に向かう僕に、覚悟と希望を与えてくれるには十分な提案だった。
───
僕たちは、旧ドラキール城の手前の丘にまで到達した。
道中に敵はおろか人影も動物の気配も一切無く、ただただホコリが積み重なっており、僕たちが通った後以外の形跡が一切無いという、完全なゴーストタウンを走って来た。
ストームは先に飛び出していたが、彼の移動手段である『ガストライダー』の飛行能力は、ネオさんの改造によってネオさんの号令で停止出来るようにプログラムされているらしい。
僕がネオさんに追いつくころには、ストームは既にネオさんの棺桶の上に乗せられて不貞腐れるように顎に手を置いていた。
旧ドラキール城は、西洋の古い城塞を思わせる巨大な建築だった。岩壁に食い込むように築かれ、その周囲には民家一つ無く、開けた丘陵に固定機関砲だけが並んでいた。
だが近づくほど、その城には生者の気配が無かった。窓は黒く沈み、機関砲は誰にも握られないまま丘の風にさらされていた。
ネオさんは一つ離れた丘の物陰に身を潜め、望遠鏡で城門を観察していた。
「やはりこの中には人がいるみてぇだな、入り口には足跡と車輪跡がある」
ストームが腕を組んで壁に寄りかかり、悪態をつく。
「だったら皆殺しだ。さっさと行くぞ、こんなの正面突破しかねぇだろ」
僕はエアバイクは解除して、後頭部をかいていた。
「ってか、僕ら結構エンジン音出してましたし、人いるなら絶対聞かれてますよね……?」
「ああ、行動と潜入がバレてるのは確定してるんだ。それで迎撃に出てくる敵の規模で、敵全体の軍事力は測れると思ったんだがな……ここまで出て来なかったとなると、考えられる防衛策は、少数精鋭による室内戦か、罠だな」
そこにデフィーナが口を挟む。
「心核能力者が出てくるなら、逃げ場の無い室内ってワケね……」
そうデフィーナが言った瞬間に、城門がギィと開く重い音が静かな都市に割って入り、ネオさんが見ていた城門の先に、白い服を着た男性がよろけながら踏み出して来た。
男は手術中の患者が着るような、簡素な紐だけで結ばれた白いガウンを羽織っていた。肩からは機関銃がただぶら下がっており、首の座らない状態で、両手は放り出されたように力なく垂れ下がっている。何かをうわ言のように呟いているようだった。
そして特徴的だったのは、頭の上に付けた水泳帽のような帽子。頭にピッチリと張り付くように固定され、白と黒のブロックが並んだチェック柄が施されている。
ネオさんがそれを見て、息を飲んだ。
「なんだか……まともじゃなさそうだな……」
僕はネオさんの背中へと近寄り、声を絞った。
「リランさんの話だと、能力者って精神病んでるんで、能力者なんじゃ……」
「ああ、それはそうだろうが……」
ネオさんが反応しかけた瞬間だった。
首をだらんと傾けていた患者風の男は、ビシッと起立して僕たちの方向をまっすぐに見た。
僕たちは咄嗟に物陰に隠れるが、男は僕たちの方向を指さして、トランシーバーを片手になにかを話しているようだった。
その声は、ひとつ離れた丘から見ている僕たちには聞こえないが、ネオさんが即座にガジェット起動の号令をかけた。
「ガジェット・GEAR・アウルウォッチャー、カウンターアイ!!」
ネオさんの頭の赤い羽根のようなヘッドギアが、羽根の外枠の長さを伸ばした。
すると、ネオさんのヘッドギアのスピーカーから、通信音が聞こえてくる。
それは僕たちを見ている男の、トランシーバーに向けて発生している声のようだった。
『いません。いません。見えません。その方向に敵はいません』
完全に僕たちと目が合う程の視線の角度でこちらの丘を見ているが、その報告は『見えていない』だった。僕たちがそれに反応する間もなく、通信相手と思われる男の酒焼けしたようなしゃがれた声が再生される。
『ああっ? 見えないワケ無いだろ。居るんだよそこに、四人!! お前、目ぇついてんのか?』
『はい、ダート様、いません。人は見えません』
『おいアキュレ!! ポーンが居ねぇって言ってんだけど? どういう事だお前!!』
すると今度は、ボソボソとしゃべってるのかも分からないくらいの弱々しい、女の子の声が聞こえて来た。
『えっと……その、暗いから……とか? 距離も254m33㎝ありましたし……』
その呟きを受けて、ネオさんは即座に拳銃を引き抜き、僕たちへと指令を出した。
「壁を背に、構えろっ!! 完全に位置バレてんぞ……!!」
僕とデフィーナは一斉にネオさんが張り付いている民家の壁へと背を付けた。ストームは相変わらず腕を組んだまま、肩で壁へと寄りかかって、あくびをしている。
「ふぁ~あ。バレたってんなら、ぶっ殺すしかねぇだろ。ガストライダーのリミッター、解除しろよ。正面突破で終いだぜ」
ネオさんが引きつった顔でストームを睨み返そうとした瞬間、ネオさんのスピーカーから酒焼け男の怒鳴り声が響いた。
『なんで明かりも付けずに見張りしてんだよ!! 馬鹿かぁ!? さっさと全照明、点灯しやがれ!!』
『ヒッ……イッグ、アッヅ……しょ、照明……つけ……』
アキュレと言う少女が引きつった声で反応すると、今までなんの気配もしなかった街と城に一斉に人工照明が点灯し、月明かりの夜程度だった明るさの都市は、一気に昼間のような明るさで輝き出した。
それと同時に、門前にいた男の報告が飛んでくる。
『いました! いました! 見えます、人が見えます。いま……いま、今行くからっ!!』
その言葉を発したと同時に、男は僕たちが背をつける民家の前に、突如として現れていた。
「いた! いました!! 来た、来ました、今っ!! 間に合って、間に合った!!」
超至近距離から聞こえる生の声、僕が反射的に振り向くと、男は丸みを帯びた顔で、機関銃をぶら下げて構えるでもなく、目をギョロリと見開いて、嬉しそうに笑顔で飛び跳ねていた。
「なんすか、いつの間に……!!」
そこに即座に挟まる少女の声。
『ポーンA、移動しました。ネオとの距離、3m45cm……』
『ああ!? 200メートルじゃなかったのぉ!?』
『256m7cmを、1秒で移動……しました。ポーンAで……間違いないです……』
少女の声は次第に小さくなっていく。
『ああそうかよ畜生!! しまらねぇが、まあいいや……!!』
一方で酒焼け男の声は、怒りから興奮へ、そして自信へと移り変わっていく。
『始めよう、ギャンビット・エンゲージだ。ポーンA、攻撃を開始……!!』
僕らの目の前で飛び跳ねていた男の顔が急激に真顔に変わり、即座に機関銃を手にすると、ネオさんへと向けて無言で銃口を向け、トリガーに指をかけていた。




