第277話・旧ドラキール時計塔。
この救出作戦の目標人物『ブリアン・ブリディエット』が、そこにいた。
汚れ一つない真っ白なフリルのドレスに、傷一つない端正な顔立ち。ドレスから零れ落ちそうな胸を揺らして、エアバイクで迫る僕へと身を乗り出した。
「スゴミさん、助けに来てくれたのね……!!」
その勢いに場を預けるように、ネオさんが一歩右へとズレた。
パッチリとした瞳に、バッチリと長いまつ毛で、目をパチパチとさせながら迫ってくるブリアン。
「さっきの氷の城は何……!? エクリプスの能力だったの? エクリプスを倒したって、君がやったの? どうやって……!?」
だが、その顔が無垢に見えるほどに、僕は腹の底からの怒りが収まらなかった。
「なんすかアンタ……誰っすか、なんで……」
言いかけた途中で、ブリアンは自身の胸を包むフリルのドレスを、グイグイと乱暴に引っ張った。
「ああ、私ね……! 敵の隙をついて逃げてきたのよ!! そうだわこの衣装、どうやって脱ぐの?君の能力でしょ? 君の能力って衣装を作る事で合ってる?」
僕はその態度に眉間に皺を寄せて怒鳴りつけた。
「いや、アンタは誰だっつってんすよ! 女神さんは今も地下にいるんすよ、独りで怖がっているんすよ!! お前はブリアンの顔と身体で、何やってんだって、それを聞いてんすよ……!!」
僕には、最初から分かっていた。
僕のドグマ能力の一つ、『ドグマ感知』は、ブリアンに着せたドグマ衣装『ネプチューンハート』の位置を把握できる。彼女の場所は、時計塔の地下五十メートル程から動いていない。
そして何より、共感覚の能力。
ドグマ衣装から彼女の心を淡く受けれるその力は、ブリアンの不安な気持ちを、確かに送り続けていた。
目の前のニセモノは、ケロッとした顔で僕のズボンを掴んで擦り寄ろうとしていた。
「ああっ、君の能力って、衣装を着せて、その対象の位置と精神を感じ取る能力って事なのね!! 私……っ」
そのブリアンが、言いかけた途中だった。
『ドンッ』『ドンッ』
背中側から重い銃声が二発鳴り響いた。
銃を撃ったのは、ネオさんだった。
拳銃を両手で構えて冷静な顔で、ブリアンの太ももと肩に一発ずつの弾丸を打ち込んでいたのだ。
「やっぱり変だと思ったよ。命令された影武者だってなら、ブリアンの居場所を吐けば見逃してやる。脳天にもブチ込まれるのとどっちが良いか、二秒で選びな」
偽ブリアンは肩と足から血を流しながらも、微動だにせずケタケタと笑い始めていた。
「なんだよ、イテェな。容赦ねぇってか、マジで凶暴じゃねぇか」
ネオさんは目を細め、冷静にカウントを下した。
「にぃ……いち……」
ニセモノはネオさんへと振り向き、銃口に向かって額を差し出した。
「じゃあ、脳天に貰っちゃおうかなっ!!」
『ドンッ』
ネオさんは迷いなく、ソイツの脳天を撃ち抜いた。
頭を貫通した弾丸が、僕の目の前を掠めて反対側の壁へと『ベシリ』とめり込む。
「ネオさん……っ!!」
僕はそのあまりに早い展開に、焦って彼女の名前だけを叫んでいた。
だがネオさんは、拳銃を構えたままで歯を噛みしめ、静かに告げた。
「下がれミナミヅキ、能力者だ。デフィーナ、殺せ」
その指示が出た瞬間に、デフィーナは僕のエアバイクの後部座席から跳躍していた。前宙しながらクロスソードを出現させると、そのままの落下で目の前でよろけるニセモノの背中を深く切り裂いた。
ニセモノは背中から血をまき散らしながら、デフィーナのビキニアーマーの股へと視線を動かしていた。
「おいおい、そのスケベ衣装も能力なのかぁ?」
そこへネオさんが白い卵型のガジェットを取り出して投げつけた。ガジェットはソイツの身体に当たると紐のように伸びて巻き付き、瞬時に腕を固定する拘束具となった。目の前で転がっているストームがつけられているのと、同じ拘束具だ。
ネオさんは拳銃を素早くしまうと、コード付きのナイフを取りだして、グリップを握りこんだ。
『バチッ』と青白い電気の流れる音がして、そのナイフがスタンガン相当の効果がある事はすぐに分かった。
ネオさんはその刃先を、拘束された偽物の喉元へと容赦なく突きつける。
「不死身か変身か、操り人形ってのもあるか。とりあえずこういうのが待ち構えてるって事は、私達の侵入はもう割れてるって事だな」
偽ブリアンは動けないながらも、首を揺らして笑い続けていた。
「えぇ〜? 私ぃブリアンよ〜? それに私の質問に答えてくれない人の質問に、答える義理は無いって言うかぁ〜」
そのヘラヘラとした態度に、僕はゴーストライダーを解除して地面に降り立ち、怒りのままに『アトラスの剣』を右手から生成した。
「おい、ふざけんなよお前ぇ!! ブリアンに何したんだよっ!! お前か、あの子の服を引っ張ったやつ!!」
ソイツは脳天に穴があいたブリアンの顔で、両目を離しながら口角をあげた。
「なんだ、触ったものも認識するのかよ。それは仕様がスケベすぎんだろ」
ネオさんは怒る僕に対して、目を見開いて忠告した。
「おい、スゴミは余計な情報、与えんな……っ!!」
その瞬間だった。偽ブリアンは拘束されていた腕を、肩から思い切り力を入れ出した。そして腕は脇の所で千切れて血が吹き出し、血の吹き出す両肩から、血を引きずるようにして新しい両腕を生やして見せた。
その腕が、即座にネオさん頬を狙って、振り下ろされる。
ネオさんは避けきれず、頬へと平手打ちを食らっていた。
『パァン』と大きな音が響き渡り、ネオさんは叩かれた頬を押さえながら、回転して距離をとった。
血まみれのドレスの偽ブリアンは、崩壊した顔面で僕へと振り向き、ニヤけながら見下した。
「ブリアンに、何をしたんだって!? 言ってくれるねぇ、心核能力は精神の具現化。君は少女にスケベな衣装を固定するのが能力だと言う、ムッツリスケベの癖に、自分の事は棚上げとはなぁ!!」
「何言って、し、心核能力……!?」
「ブリアンがどうされたか知りたいってぇ!? ムッツリスゴミ君!!」
言いながら偽ブリアンは、ネオさんの頬を打った手のひらを、長い舌を出してベロベロと舐め始めた。
「俺はちぃーと舐めてやっただけだぜ、こんな風に……こんな風になぁ!!」
ヨダレを撒き散らし、手のひらを口に出し入れし出すブリアンの顔。しゃぶって吸うように手首まで喉へと突っ込むと、その顔がゴム人形のように伸びて、目玉が飛び出して来た。
「うふぅ!! 美味っ、美味ぁい、ネオちゃんの、お味ぃ~!!」
狂気じみたその絶叫と共に、頭が脳天の銃痕からバックリと裂け、赤と青の血管のような螺旋がミミズのように傷口で蠢き出した。
「いい加減にしろよ、どんだけあの子を侮辱してんだお前は……!!」
僕はアトラスの剣を振りかぶっていた。
感情任せに振りぬいて、そいつを吹き飛ばしてやろうと思っていた。
だがその瞬間に、僕の目の前にいたブリアンの顔は、ネオさんの顔に変わっていた。
キリっとした鋭い目つきのネオさんの顔で、ネオさんの声を鋭く上げた。
「スゴミ、ダメだ!! 攻撃するなっ!!」
その瞬間、僕の攻撃はネオさんの顔の前で、ピタリと止まっていた。
目の前にいるのは偽物だと分かっているのに、反射的にネオさんの指示は聞くものだと、体が先に判断を下していた。
「お、前……っ!!」
その一瞬の怯みに、偽ネオのヨダレまみれの平手打ちが容赦なく振り上げられてきた。
「ブリアンの言う通りだ、情けない男……っ!!」
避けられない、前のめりになっている。
振りぬけない、ヤツの手が迫る方が早い。
僕もネオさんみたいに殴られる。そう覚悟した瞬間だった。
奴の平手が僕に当たるよりも先に、その手首が切断されて、跳ね上がって吹き飛んで行った。
切り落としたのは、僕の左腕だった。
僕の思考よりも速く、僕の左腕が真っ黒な装甲に包まれた『零極さん』の腕へと変貌し、肘から伸びたブレードがソイツの腕を骨ごと断ち切っていたのだ。
偽ネオは気怠そうに歪んだ顔で、吹き飛んでいく自身の手首を眺めていた。
「ああ〜反撃とかするんだ。ネオもお前は『ヘタレ』だって言ってるんだけどななぁ? まぁいっか」
僕は無言で右手を伸ばし、どくどくと脈打つ自分の暴走した左腕を押さえ込もうとしていた。
そこへ本物のネオさんが後から指示を飛ばした。
「変身と、記憶の読み込み能力だっ!! とにかく首を飛ばせ……っ!!」
その指示に即座に飛び出したのはデフィーナだった。
僕を肩で跳ね飛ばし、クロスソードを構えて目の前の偽ネオの首へと鋭い一閃を放つ。
偽ネオは抵抗するなく、首を切断されていた。
「イテテテテ……って、危ねぇなぁ!!」
首から血を吹き出しながら、首の皮一枚が、偽ネオの顔を繋ぎとめていた。胸の上に乗っかるように、皮ひとつでぶら下がった頭を振り子のように揺らし、ネオさんと同じ黒インナーに包まれた胸を揉みしだき始めた。
「まぁ、いいやいいや! 今はこの身体を貰いに来ただけだからよぉ! もし生きてたら、また会おうなっ!! なんつってなぁ?」
「テ、テメェーッ!!」
その一言に瞳孔を細くして怒り、駆け出したのはネオさん本人だった。
だが偽ネオとなったソイツは、今度は両手を広げて背中側へと真っ直ぐに倒れ始めた。
その背中が地面に着く瞬間、体は真っ黒に変色して「ガサッ」という音と共に無数に分裂して放射するように散らばった。
「う、うわぁ!!」 思わず身が竦む。
無数に這い回る、黒い塊。
カサカサカサカサッ、と空間を埋め尽くす悍ましい生命の羽音。
それは、ゴキブリだった。
偽ネオだった者はゴキブリの大群へと変身をして周囲に飛散、排水溝の入口や人の入れない壁の隙間へと、一目散に潜り込んで退場して行った。
そしてネオさんの首だけが分離して転がり、白髪混じりのオールバックで眉の太い、厳つい中年男性の顔へと変身した。
男の顔は地面に転がりながらコチラを睨むと、野太い声でデフィーナへと宣告した。
「おいっ、デフィーナ!!」
デフィーナがピクリとして構える。
「ネオの奴は恥ずかしがり屋だからよぉ、ナラクって奴に会ったら教えてやれよ……っ!!」
デフィーナの目が強ばり、唇を噛んだ。
男は愉悦に歪んだ目で、デフィーナの反応を喜びながら、大声をあげた。
「ネオはよぉ、ナラクの子供、産んでも良いって思ってるってよぉー!! あっははーっ! 生きて会えたら、お幸せにぃ〜!!」
「き、貴様ーッ!!」
デフィーナの喉から引き裂かれるほどの怒声が飛ぶと同時に、『ドンッ!』ネオさんの拳銃が、容赦なくその男の頭を撃ち抜いていた。
更に今度の弾丸は、男の頭から火花を噴出して、即座に爆裂。
ネオさんの拳銃から放たれた榴弾が、男の頭を粉々に吹き飛ばしていた。
しかし、その肉片は地に落ちるよりも早く、空中で無数の蝉の大群へと変身。「バチバチ」と耳障りな羽音を立てて、レンガ造りの旧ドラキール市街の建物を飛び越え、暗がりの闇へと消えていった。
やかましい羽音の残響だけが、静まり返った時計塔に虚しく響く。
「蝉にもなれるんすか……」
僕が呆然とそれを見上げている一方で、ネオさんはその場に膝から崩れ落ち、肩を激しく震わせていた。ネオさんは両手で真っ赤になった顔を覆い、過呼吸気味に呼吸を荒げていた。
「私……やだ……もうアイツに、会いたくない……っ」
デフィーナはどこか神妙な、痛々しいものを見るような面持ちで、僕のことを見上げている。
「スゴミ……ナラクに、伝えられるのかしら。ネオが……」
僕はその段階になって、ようやく思考が追いついた。
ナラクさんはデフィーナと十五年間、ドグマの物語を戦い抜き、ネオさんとの結婚を目指した所で力尽きたと聞いている。つまり今の言葉は、ネオさんの記憶から引きずり出された『本音』であり、その敵はナラクさんが死んでるのを読み込んだから、わざわざ伝えて来たんだ。
「いや……だって、それは……」
僕は返す言葉が見つからず、耐えがたい重い空気の中で視線を泳がせていた。すると、同じく困惑して視線を泳がせていたミナミヅキさんと目が合った。
そして、彼の口からポツリと、確信に満ちた一言が零れた。
「今の男の顔……サザナさんが持っていた写真の、ドラキール兵器開発部長、ゲーブルト・ヴァングリフですね……」
言われた瞬間、僕の脳裏にも作戦会議で提示された男の顔がフラッシュバックした。
怒りと、戦慄が、アトラスの剣を握る右手にじわりと熱を帯びさせる。
「つまりアイツが……。この作戦の、敵……」




