第276話・旧ドラキール市街。
錆びた鉄と、ホコリの溜まった物置のような臭い。
建築から五十年以上は経っていそうな、古ぼけた鋼材の工場地帯。
その広場の中央で、デフィーナとストームの体が氷結から解除されて投げ出されていた。
ストームはすぐに意識を取り戻し、両手をついて自分に起きた事を飲み込めないようにキョトンとした顔をしていた。
「えっ、死なない……? 俺が……」
しかし即座に立ち上がり、両拳を突き出して構えだす。
「んだコラ、舐めてんのか!! 数字の奴がよぉ!!」
ストームは零極さんにトドメを刺される寸前で凍結していた。その意識は戦いの最中から抜け出してはいない。必死に周囲を見回して、既に居ない敵を探していた。
僕はそれに歩いて近付く。
「エクリプスとの戦闘は終わったっすよ、ネオさん達と合流しましょう……」
「あぁ!? 終わった!? 今まで俺を殺そうとしてたんだぞ……っ!!」
『あなたは負けて凍ってたんですよ』なんて言えば、火に油を注ぐようなものだ。僕は説明が面倒くさくて後頭部をかきながら、ストームが凍らされていた工場の屋根を指さした。
「えっと、ストームさんの剣……あそこにありますよ」
「えっ? あ……おうっ!!」
ストームは振り向いて屋根に寝転ぶ大剣『ガストライダー』を視認すると、一目散に走り去っていった。
そして僕は、天使さん像に抱かれて眠る、デフィーナの顔を覗き込んだ。
「デフィーナさん、大丈夫でしたか……?」
デフィーナはゆっくりと目を開けて、僕の顔を見あげた。
「スゴミ……零極は?」
「ええ、倒したってか、ドグマとして僕の中で一緒に手伝ってもらう事になって。とりあえずこの場は済んだっていうか……」
それを聞いたデフィーナは、髪の毛を逆立てて震え、首を横に振りだした。
「嘘……エクリプスを取り込んだの!? 何やってんの、ホントに有り得ない……!!」
デフィーナは天使さん像の腕を払い除け、僕のシャツの胸倉をつかみ上げて迫る。
突然の接近に、僕は両手で盾を作って目を逸らした。
「いやでも、零極さんも悪気があった訳じゃ無いって言うか……」
「敵……敵なのよ!? 殺す以外ないわ!! そんな、エクリプスを、そんな……」
動揺に瞳を震わせ続ける彼女だったが、丁度その空気を割るように、デフィーナのヘッドギアから通信が届いた。メイドのカチューシャ型の機械の、耳元のランプが点灯している。
デフィーナは食いつくように耳を押さえて通信を受信。通信相手はネオさんで、その声は僕にまで聞こえていた。
『デフィーナ! やっと繋がったな……!! ものすごい氷が出てたし、通信出来ないからよ。お前らやられたんじゃないかって……』
デフィーナは、その声に縋るように耳に手を当てて叫び始めた。
「ネオ、大変なのよ!! スゴミが零極と一緒に……っ!!」
『ああっ!? スゴミあいつ、やられたのか……!?』
「違うわ……! どっちかと言えば、スゴミがやってしまったと言うか。零極……ケホッケホ、倒して、中に入れちゃったのよ……!!」
『ああっ!? どういう状況だ!!』
「だって、有り得ないのよ!! エクリプスと、そんな事!! 普通しないでしょ!? どうすれば良いのネオ、私……っ!!」
『ちくしょう、意味が分かんねぇな! つまり男は馬鹿で、スゴミが盛んだって話をしてんのか……!!』
僕はデフィーナのやり取りを聞いているうちに、事態の悪化を察してデフィーナの通信機へと横入りをした。
「ちょ、待ってくださいよネオさん!! デフィーナさんの説明、下手すぎるんすよ!! 」
『お、おう……スゴミか……!! その……なんだ、節度って知ってるか?』
「いや、普通に戦って、普通に倒した所なんすよ!!」
『えっ!? ああ……取り敢えず、無事なんだな!?』
「はいっ!! こっちは済んだんで、そっちに向かいたいんすけど、どこにいるんすか……!!」
『ああ……っ!! 高い時計塔があるだろ、都市中から見えるようになってるからさ、そこで落ち合おう!!』
僕は首を上げて周囲を見渡した。薄暗い地下都市の遠方にレンガ作りの尖塔が立っており、大時計が街を監視する目玉のように、静かに佇んでいた。
「分かったっすよ、向かいます……!!」
僕はデフィーナの通信機で代わりの伝達を済ますと、両手を前へと突き出して、バイクのハンドルを握るポーズをとった。
「ドグマ解放───ゴーストライダー!!」
僕の左足から前後にちゃぶ台が出現し、縦になって立ち並び、タイヤのように回転をする。体の下には空気のバイクが出現して、僕はまたがる形で浮遊。ノリコのバイク操作をトレースする移動能力『ゴーストライダー』が、街を駆け抜けるためのエンジン音を唸らせ始めた。
「ヒャッホー!! やっぱりこれだよねぇ!!」
エンジンの吹かし音が、ノリコの奇声として再生される。
出現から即座にウィリーして車体後部を振り回し、工場の中庭の出口を正面に取った。
「行きましょう、デフィーナさん!!」
僕はデフィーナへと右手を伸ばして、進むように促した。
しかし、デフィーナは汗を垂らし、腰を低く落とし、クロスソードを取り出して構えた。
「ちょっと、その腕……!!」
デフィーナが見ていたのは僕の左腕だった。釣られて僕も自分の腕を見る。
すると僕の左腕が零極さんの黒い装甲に包まれており、僕の左胸が大きくなっており、薄いシャツをツンと張り上げていた。
「あんた、零極に乗っ取られてるんじゃないの……!?」
無意識だった。ノリコの時もそうだったが、僕が意識を離すと内側から身体の支配の席を横どりされている。
僕は慌てて右腕で左手を掴みこんだ。
「ちょ、零極さん。今は出てこないで下さいよっ!!」
すると左腕は元のノリコのグローブ付きの手へと戻り、今度は左腕が持ち上がって、僕の柔らかく揺れる左胸を殴り始めた。
「コノコノッ! 引っ込め、引っ込め! 死体のクセに誘惑してんじゃねぇぞ!!」
バイクのエンジン音が、ノリコの声で騒ぎだす。
それに対して、僕の声帯をジャックした零極さんの女性声が漏れ出してくる。
「死体なのは、貴方も同じでは。スゴミ君を殴らないでください」
僕は右手で左腕を抑え込み、左腕で喉を押さえこんだ。
「痛っ、痛……!! 二人ともいい加減にしてください!!」
声帯と左腕の制御は、意識をすればすぐに取り戻すことが出来るようだった。
しかし僕は、大きくため息を吐いた。
「はぁ……僕にプライバシーは、もう無いんすかね……」
デフィーナはしかめ面で、僕の事を見上げていた。
「エクリプスなんて生かしとくからよ。それって、大丈夫なの?」
「ええ……でも。二人とも、僕の為にしてくれてるのは、間違いないっすから……」
僕は喉を押さえたまま、目を細めていた。
寝る時大丈夫なのだろうか、だがそんな不安すらも、今は考えている場合では無い。
「とにかく行きましょう、ネオさんが待ってますし……」
そう一言告げると、デフィーナは僕のエアバイクの後部座席に軽く飛び乗ってきた。
「……で、なんで自分で飛べるのに、ゴーストライダーなわけ?」
「僕にとって長距離移動といえば、ノリコちゃんだからっすよ……」
「あっそう」
デフィーナは冷たく返事をして、僕の腰をつかまえ、背中に耳を付けてきた。
僕は首だけで軽く振り向いた。
「ってか、デフィーナさん、ゴーストライダーにはもう乗らないって、言ってませんでした?」
「やかましいわね。降りろっていうワケ?」
「いや、そうじゃないっすけど……」
「条件が変わってるでしょ。私は意思の補給をしないとドグマが使えないのよ。零極の相手で使い切ったから飛べないし、着くまでココで補給してるわ」
「ああ……そうっすよね、すみませんっした」
僕が前を見てハンドルを強く握ると、デフィーナは僕の腰を掴む指で軽く爪を立てて力を入れた。
「スゴミ。もしもあんたが意識を失って零極になったら、私は迷わずあんたを殺すわ。ちゃんと自身を保っていなさいよね……」
「……はい、勿論っすよ」
彼女は苛立って居るようだったが、それ以上は僕が零極さんを取り込んだ事について言及はしてこなかった。
デフィーナは、嘘をつかない。
条件付きで殺すと言ったなら、間違いなく殺してくるだろう。
僕は空気のアクセルを捻り、エンジンを唸らせて工場地帯の中庭を抜け出していった。
その音に、工場の屋根に登って自分の剣を回収していたストームが気づく。
「あっ!! どこ行くんだテメェら……おいっ!!」
彼はすぐに剣のエンジンを再点火すると、剣の飛行に引っ張られるようにして、僕達の後ろを追ってきた。
───────
ドラキールの旧市街は、どこまでも薄暗かった。
遠く二百メートル先の天井に灯はついているので、最低限の明るさは確保されているが、路肩の街灯などは全て消えており、走る道には足跡もわだちも無く、僕のエアバイクが通り過ぎた後に、埃が舞って車輪の跡を残のみだった。
工場地帯、僕達が飛び出してきたエクリプス養殖場の扉は吹き飛んでいたが、その扉も普通の工場の一角の扉にしか見えず、旧市街から養殖場を探そうとしたら、見つけるのは困難だっただろう。
市街地はレンガ造りの西洋風の古民家が立ち並び、人こそ居ないが出しっぱなしの屋台には真っ黒になってカビの生えた、食料だった物が投げ出されるように転がっていた。
「マジで廃墟っすね……どんくらい人が居ないんすかね……?」
「さあね。そういうのはミナミヅキに聞きなさい」
二人乗りで進む道中、背中に当たるデフィーナの体温は感じ続けていたが、会話が弾むことは無かった。
ネオさんの指定の時計塔へと近寄ると、民家の屋根伝いに空中を飛び回っていたストームが、三階建てのビルのヘリに足をかけて、指をさして声を上げた。
「居たぞ、アイツらだ……!!」
その声に反応してストームを見上げると、彼は目を細めて身を乗り出していた。
「ってか、おいっ! ブリアン姫じゃねぇか!! ははっ!! 探しに行く手間が省けたなぁ!!」
「え……っ!? 女神さんが……!?」
ストームはエンジンをキリキリと回転させ、勢いよく加速して飛び出して行った。
「っしゃあ、ぶっ殺す!! 姫の暗殺、強行突破ァー!!」
「おい、待って、ストームさん……!!」
相変わらずの狂いっぷりに、僕は大声で彼を引き止めるように叫んだ。
するとデフィーナが僕の腰へと深く腕を回して、呆れ声で呟いた。
「アイツが待つわけないでしょ、急ぎなさい」
それと共に、エアバイクのエンジンのノリコの音が奇声をあげる。
「任せろ、飛ばすぜ!! 振り落とされんなよぉ!!」
エアバイクは車体を大きく持ち上げ、民家の壁を走って曲がり道へと入り込んで行った。
「うぁぁああ!! 殺す気ですかァー!!」
人のすれ違いすら厳しいほどの狭路を、エアバイクが駆け抜ける。転がるゴミもバケツも吹き飛ばして反対側の大通りへと出ると、ちょうど正面に時計塔が見えた。
その時計塔の一階は上演ホールになっており、大きく開いた入口の前に四名の人影があった。
「居たわね、アレよ」 デフィーナが呟いてシャツを引っ張る中、集まっている人を僕も認識した。
一人はネオさん。緑のポニーテールを揺らし、振り向いて僕達の到着を視認していた。
一人はミナミヅキさん。車両と化したネオさんの棺桶の前で、存在感を消すようにメガネを曇らせている。
一人はストーム。威勢よく飛び出して行ったが、剣のエンジンは止まって地面に転がっており、本人も結束バンドのようなもので縛られて転がっていた。
おそらく、ネオさんの仕業だろう。
そして、ネオさんに向かい合うようにして、もう一人。
ブロンドの整然とした巻き髪を胸元に揺らし、白いフリルと青い流水のリボンで飾られた、魔法少女ドレスに身を包む女性。自信に満ちた大きな瞳で笑顔を作り、僕の事を見つめるその姿。
この作戦の救出目標である『ブリアン・ブリディエット』が、完全な姿でそこに居た。
デフィーナが僕の肩から頭を出して、それを見た。
「あら、本当にブリアンじゃないの。じゃあ、あとは脱出だけね……」
誰もそのブリアンの見た目に、違和感を持つ者は居ないようだった。
だが僕は、胃の底から湧き上がるような嫌悪感に、体を震わせていた。
「いや……。誰っすか、アイツ……」




