第274話・零極。絶望の七、諦観
「頑張るって、なにっ!?」
彼女の整った白い顔が迫る。
「頑張ると死なないの!? 違うでしょ、君がいくら頑張っても、君の見てないところで人は死ぬよ!!」
ゼロ距離で密着を深めながら、口調を早めて更に顔を寄せる零極さん。
「頑張るっていつまで? 三十歳、四十歳? 進めば別れる、失う、そして死んで無くなるの!! どうして、どうしてどうしてどうして……!?」
両手で剣を構える僕の腕の中へと、彼女は無理矢理に入り込んで来た。そんな事が出来るなら、殺そうと思えば殺せていたハズだ。
「そんな先の事、知らないっすよ!!」
僕は腰を引き付けて当ててくる零極さんの強靭な腕力を感じながら、実力的には彼女に遠く及ばないということを感覚的に分からされていた。
「もう話は終わり! あなたはエクリプス、だから僕はあなたを倒します!!」
それは寒さによって引き起こされる震えと共に、恐怖となって僕の心を黒く染めあげていく。
「やだっ! 終わらない、終わらせないために停止するの! 私はスゴミ君と……」
「それをやめろって、言ってるじゃないっすか!!」
僕は零極さんの鎖骨へと、思い切り肘を叩きつけた。続けて膝を曲げて零極さんの股を押し上げると、クリティカルソードを一振して零極さんの肩から左脇にかけて、思い切り袈裟斬りを振りぬいて突き放した。
「いやぁ……っ!!」
零極さんは剣撃をモロに受け、顔ごと仰け反った。黒装甲ごと切り裂かれた白い胸から、赤い体液を大量に撒き散らし、儚い花弁のように吹き飛んでいく。
僕は自分が咄嗟に振った暴力によって傷つく彼女の姿が哀れに見えて、唇がわなないた。
「いや、ごめ……」
だが、吹き出した血液は円盤のような軌道を残したまま氷結。赤いタスキのように、零極さんの体の一部となった。零極さんは背を曲げて、自身の胸を押さえ込んで泣いていた。
「痛い、痛いよ、心が……!! スゴミ君は優しいのに、こんな事する人じゃないのに、なんで、どうして分かってくれないの……!?」
「だからそもそも、理屈がおかしいって言ってるじゃないっすか!! 僕には希望があるんすよっ! ちゃんと姫様助け出して、自分の足で帰るんすよ!! それをするまで、止まっていたくなんて無いんすよ!!」
零極さんは、ゆっくりと体を起こしながら、震えた顔で僕を見つめた。
「……絶対に、そうなの?」
「そうです、絶対です!!」
「失うのに、意見を変えるつもりは、無いの?」
「ありません、絶対に……!!」
「スゴミ君は……苦しみの中でも、希望を持ち続けるんだね……?」
「そうっすよ、僕が言うのもなんですけど、人間ってそういうもんじゃないっすか……!!」
零極さんはその言葉を受けると、頭を深く落として腕をぶら下げた。
そして大きく息を吸い、疲れたように長い息を吐いた。
「はぁ……ぁあ。スゴミ君、スゴミ君……」
小さく震えて呟いた後、零極さんはスイッチが切り替わったようにスッと起き上がり、威風堂々とした仁王立ちで白い息を風に乗せて宣誓した。
「了解しました。これよりスゴミ君の全ての希望を削ぎ落とし、完全なる停止を持って君の絶望を完成させます」
それは身を包む氷点下の冷気すら生暖かいと感じるほどの、温度を一切感じさせない表情だった。
僕がゾッとするのも間を開けず、彼女は膝を曲げて両腕を低く広げた。
「可能性の断絶。命名、フロスト・オミッション」
零極さんの両腕の氷のブレードが、五メートル程のサーベル形状へと姿を変える。その氷の中には、血管のように零極さんの赤い体液の筋が広がっていた。
彼女はブレードを工場の屋根へと叩きつけると、弾けるスプリングのような速度で宙へと舞い上がり、冷気の霧に乗って予測不可能な軌道をとる。
「ちょま……っ!!」
零極さんが飛び上がってから一秒もしないうちに、彼女のブレードは精密に僕の両肩を切り落とすコースで落下してきた。
僕は剣を正面に構えていなかったら、両腕を失っていただろう。ブレードが僕に当たる寸前で振り上げた剣に零極さんのブレードが叩きつけられた。
零極さんが振り下ろした速度とブレードの長さが、とてつもない衝撃となって僕を弾き飛ばした。僕は嵐の日の紙袋のように工場の屋根を転がり続けていた。
「うがぁ……っう!」
零極さんは叩きつけたブレードをそのままパージして屋根に突き刺したまま残し、両手のひらにクナイを生成して僕への追撃に迫った。
「待ちません、それが痛みです。希望の代償です」
僕が体勢を立て直す前に、零極さんの黒い脚部が届いていた。キリモミで転がる僕の脇へと精密につま先を差し込み、I字バランスのような蹴り上げで僕の体を洗濯物のように吊るし上げる。
そして両手のクナイを手の中で回転させると、僕の両脇を狙って振り上げてきた。あまりに素早い動きに、僕の感覚ではまるでついていけない。
僕は零極さんの姿を視認しながら、精一杯に叫んだ。
「ドグマ解放──秘密の食卓!!」
僕の正面に二つの白いちゃぶ台が生成される。
オートガードの絶対聖域『秘密の食卓』は、僕の間に合わない意識とは関係なしに、零極さんのクナイの軌道をしっかりと防御していた。
逆に氷のクナイが砕け散り、零極さんは一瞬だけ視線を僕の目へと向けた。しかし無表情を動かすことも無く、返す手で振り上げた腕からブレードを再生成、振り下ろしてくる。
だが秘密の食卓は再びブレードを打ち砕いた。
「やっぱりコレが、一番硬いんすよねぇ……!!」
「そうですか、了解しました」
そこから僕は零極さんの足から投げ出されて着地、零極さんは止めどなくブレードを生成し、僕のあらゆる部分をあらゆる角度から切り込んでくる。超連続の接近戦が始まった。
「スゴミ君、君は戦いたくない。戦おうとする意思が根底に無い」
ブレードはちゃぶ台に当たっては砕け、当たっては砕ける。しかし一振ごとにブレードを生成するので引く隙すら一切無く、僕は食卓の防御力だけに全てを委ねていた。彼女は攻撃を続けながら語り続ける。
「……なのに戦おうとする、前を向いて、進もうとする素振りを見せる。自分がしたいのではなく、他の誰かの為という前提を作って」
氷が砕けて飛び散る程に、僕の周囲の温度は下がっていく。止めきれない礫のような氷塊が、何度も僕の顔まで弾け飛んで来て、皮膚に冷えた痛みが蓄積されていく。
「スゴミ君、君は卑怯です。自分のしたい事を貫かずに、他責する。君は義務と欲望を履き違えている。その先に待つものは破滅です」
「そんな殺そうとしてきながら、なんの説教してるんすかぁー!!」
「防御力には自信があるんでしょ? しっかりと守っててください。私がキッチリ絶望させてあげますので」
言って睨んだ瞬間に、零極さんの体が下へと吸い込まれるように消えた。
僕が目で追った瞬間に、零極さんは僕が踏ん張って耐えるために開いていた股の間を、滑ってすり抜けていた。そのすり抜けざまに、僕の両方のふくらはぎの内側に切り傷をつけられ、足を工場の屋根へと凍結で縛り付けられていた。
「足が……っ! ヒ、ヒーローハート!!」
僕はヒーローハートの熱の力に意識を回し、足の凍結を解除して蹴り上げた。しかしその瞬間、既に零極さんは僕の背後へとピッタリと着いており、僕の両脇に氷の刃を当てて冷やしながら、僕の耳元へと息を吹きかけていた。
「あーあ、ちゃんと守っててって、言ったのに。どうして君がこんなに弱いのか分かりますか? 戦う気が無いからです」
僕は文字通りに背筋が凍るような思いだった。
「君は今、生かされているだけ。私じゃなかったら死んでましたね。コレではこの先誰も守れませんね。私より強いエクリプスなんて、この先いくらでも出て来ますよ?」
僕は正面のちゃぶ台の足を掴み、思い切り叫んだ。
「ファルコンストライク……!! バースト!!」
ちゃぶ台はロケット噴射の勢いで正面へと吹き飛び、僕の体を引っ張って零極さんの密着から抜け出した。腕がちぎれそうなほど痛く、両脇に突き立てられていた刃がこすれて血も滲み、涙が出そうだった。
工場一つ分の距離を一気に開き、零極さんへと振り向く。
零極さんはその場に立ったまま片手を天井へと掲げて、鉄格子の翼を広げていた。
「卑怯ですね、スゴミ君。私が甘くすれば私から逃げ、私が追い込めば私に罪を他責する。君が強ければ良いだけなのに、君は強さを求めない。あなたは卑怯な男、逃げる男、戦えない男……」
僕はそれに対して、怒鳴り返していた。
「どんだけ馬鹿にしたいんすか!! 僕だって、僕だって必死に……っ!!」
「馬鹿にしたいのでは無いですよ。私はスゴミ君を愛しています。ただ現実としてあなたは弱い。だから頑張った所で意味はない。望まないでいて欲しい。絶望して欲しい。そのためならば私は、私の全てを君に捧げたいと思っているんですよ」
それと共に、零極さんは掲げられた片腕を振り下ろした。
天井に逆さに建立された氷の宮殿、その立ち並ぶ尖塔の先端がツララのように落下して、煌めく冷気の風に乗って誘導ミサイルのように一斉に僕へと射出されてきた。
一本ずつが電柱のようなサイズの氷の槍。その攻撃範囲と攻撃時間すら、僕には予測しきれない量だった。
「ドグマ解放───女神の円卓!!」
正面への範囲攻撃防御円『女神の円卓』を展開。
僕の正面を直径四メートルの円盤がガードして、氷の雨に対する傘となる。
対空砲の連射のような、激しい破砕音が僕の周囲を包んでいき、北国の大雪のように積もる砕けた氷塊達、僕が防いでいる場所を除いて、穴ぼこだらけになる工場の屋根。
「無茶苦茶して来るじゃないっすかぁー!!」
戦争の只中にいるような苦境の中で、僕は零極さんが回り込んで襲ってくる事を警戒していた。女神の円卓の弱点は明確、防御範囲は広いがオートガードではないところだ。僕はそれを今までの経験からよく理解していた。
だが氷の連射が止まるまで零極さんの姿は確認できなかった。追撃は無い。不審に思いつつも攻撃が止まった所で円卓をちゃぶ台に縮小し。接近戦に備えて零極さんの姿を探して左右へ首を回していた。
すると屋根の下、工場地帯の中庭から彼女の声が上がってきた。
「スゴミ君、スゴミ君……こっちですよ、こっち」
僕が骨組みだけになった屋根を伝って広場を見下ろすと、そこでは零極さんが二本の氷柱を並べていた。その中には凍りついたストームとデフィーナが入れられており、まるで美術館の展示品のように飾られていたのだ。
「何してんだ、ゼロキョクーッ!!」
僕の目は一瞬にして血走り、喉が裂けそうな程に声を張って怒鳴り散らしていた。




