9.素顔(改稿後)
レイナと出会ってから今まで、彼女はずっと俺に優しかった。
仮面で顔を隠しているから表情は分からない。
それでも、声色や仕草で分かる。
俺のわがままも、くだらないお願いも、全部受け入れてくれていた。
だから俺は、彼女を“そういう人間”だと思っていた。
――優しくて、穏やかな人。
それは間違いじゃない。
ただ今思えば、ひとつだけ気になることがあった。
俺と二人でいる時はあんなに話すのに、
他人が入ると、途端に口数が減る。
会話は全部俺任せ。
彼女は少し距離を取って、周囲を警戒するように立っているだけだった。
俺は――
俺に向けられる優しさしか、知らなかった。
それ以外のレイナを、何一つ知らないまま。
そして今日。
俺は初めて、その“外側”を目にすることになる。
◇
「死ね、下女共が」
低く、冷え切った声。
今まで一度も聞いたことのない声音だった。
「お前ぇ、自分が何をやったのか分かっているのかいぃ?」
「分かっているわ。ただのゴミ掃除よ」
「ゴミぃ?誰がゴミだってぇ?」
「お前に決まってる。これ以上彼に手を出すなら、本気で殺す」
デブーリは怒りに顔を歪めるが、
レイナは一切動じない。
「お、お前達ぃ!あの不細工を殺しなさいぃ!反逆罪よぉ!」
命令と同時に、護衛達が一斉に剣を構える。
「デブーリ様に逆らうなら、ここで叩き斬る!」
「――遅い」
次の瞬間、血が舞った。
何が起きたのか分からない。
ただ気づいた時には、護衛達は全員地面に倒れていた。
「こいつは疾風だ!囲め――」
「無駄よ」
言い終わる前に、その男も崩れ落ちる。
あっという間だった。
立っているのは、レイナとデブーリだけ。
「……あとはお前だけよ」
ゆっくりと歩み寄るレイナに、
デブーリは後ずさる。
「ワ、ワタシに手を出せば死刑よぉ!」
「構わないわ。お前はここで殺す」
「や、やめてぇ!もう手を出さない!約束するぅ!」
「信用出来ない」
そしてレイナは、迷いなく剣を振り上げた。
「死ね」
「レイナ!」
気づけば、俺は体が動いていた。
「っ!?シュナイダー?」
レイナにしがみつくように抱きついて、動きを止める。
「ダメだ、殺すな!」
「離して!殺さないとまた貴方が狙われる!」
「それでもダメだ!」
必死に叫ぶ。
「貴方の為に死ねるなら――」
「俺が嫌なんだ!」
自分でも驚くくらい、強い声が出た。
「……俺はレイナと一緒にいたいんだ」
それだけだった。
理屈じゃない。
損得でもない。
ただ、それだけは譲れなかった。
しばらくの沈黙のあと、
レイナの手から剣が零れ落ちた。
その瞬間――
「死ねぇぇ!!」
デブーリが背後から襲いかかる。
「っ、危ない!」
気づいた時には、
腹に、剣が刺さっていた。
「ご、はっ……」
「シュナイダー!!」
視界が揺れる。
だが、レイナは無事だ。
それだけで十分だった。
「消えろ」
レイナの声に、
デブーリは悲鳴を上げて逃げていく。
俺はそのまま、力が抜けて倒れ込んだ。
「ポーションよ!飲んで!」
無理やり口に流し込まれた液体が、
傷を一瞬で塞いでいく。
すごいな、これ。
「……何で庇ったのよ」
「体が勝手に動いた」
本当にそれだけだ。
考える前に、動いていた。
「レイナ」
視線を合わせる。
「これからも一緒にいてくれるか」
「……ええ。貴方が嫌になるまで、ずっと」
なら、一生だな。
そう思った、その時だった。
パキッ
「あ」
仮面にヒビが入る。
そして――割れた。
落ちた破片の向こうにあったのは、
言葉を失うほどの、美しさだった。
「み、見ないで!」
レイナが叫ぶ。
「お願い、見ないで……!」
さっきまでの姿とは別人のように、
震えていた。
「分かった、分かったから落ち着け!」
上着をかぶせる。
それでも、震えは止まらない。
「嫌われたくない……嫌われたくないの……っ」
繰り返す声は、痛々しいほど弱かった。
俺は何も出来ず、
ただその場に立ち尽くすしかなかった。
◇
家に戻っても、レイナはずっと泣いていた。
何を言っても反応はない。
ただ、時間だけが過ぎていく。
そして――
「……消えて」
「え?」
「私の前から消えてよ!」
張り詰めていたものが、弾けた。
「貴方だけには見られたくなかった!
でも見られた!もう終わりじゃない!」
一気に言葉が溢れる。
「どうせ私を嫌いになるんでしょう!?
醜いって思って、離れていくんでしょう!?」
否定しようとして――止まる。
この恐怖は、軽く否定していいものじゃない。
「お願い……何も言わずに、消えて……」
震える声。
その理由が、分かってしまった。
ずっと怖かったんだ。
いつか拒絶されることが。
それでも俺のそばにいてくれた。
――それだけで、十分すぎるほどだった。
「……俺、この世界の人間じゃないんだ」
「……は?」
静かに話し始める。
「前の世界で、俺は不細工だった」
「何言ってるの……」
「この世界とは、美の基準が逆なんだよ」
信じられない顔をされる。
当然だ。
「レイナは、俺の世界じゃ――とんでもない美人だ」
「……そんなわけない」
「本当だ」
何を言っても、届かない。
なら――
「どうすれば信じる?」
「……抱いて」
「……は?」
「美人だって言うなら、証明してよ」
試すような声だった。
縋るようで、突き放すようで。
逃げ道を塞ぐための言葉。
「……レイナと、こんな形でそういう事するのは嫌なんだけどな」
俺はレイナが好きだ。
顔がどうとかじゃない。
この世界で、ずっと一人で戦ってきた強さも、優しさも全部含めて――好きだ。
だからこそ、こんな風に証明みたいにするのは違うと思った。
けど。
「ほら、出来ないんじゃない」
レイナは俺の言葉を遮る。
「そんな綺麗事並べて、結局は出来ないのよ」
声が震えている。
「こんな形は嫌? 私が大事だから? なら――さっさと抱いてよ」
追い詰めるような言葉。
でもそれは、俺を追い詰めてるんじゃない。
自分自身を、壊してる言い方だった。
「それが一番、信じられるの。出来ないなら……そんな優しい事、言わないで」
――ああ、そうか。
これは試してるんじゃない。
これしか信じられない状態なんだ。
そこまで追い詰められてる。
なら。
「……後悔しないんだな」
「しない」
即答だった。
そこまで言われて、もう迷う理由はなかった。
「分かった」
俺は一歩、距離を詰める。
「え……ちょ、そんな……」
さっきまで強気だったレイナの声が、急に弱くなる。
そのまま、唇を塞いだ。
抵抗は、すぐに溶ける。
熱を帯びた呼吸が重なる。
「……これでも、信じられないか?」
「……まだ」
「なら――最後まで証明する」
その夜。
俺は、レイナを抱いた。
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