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美醜が逆転した世界で、俺は美女のヒモになる  作者: だれか
2章セレフィーナ・エレミア

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3.嫉妬

 

 わずかな沈黙のあと――


「嫉妬、ですか」


 セレフィーナは一切視線を逸らさず、ゆっくりと頷いた。


「ええ。その通りですわ」


 静かな声音。だが、そこには誤魔化しの色はない。


「私は――貴女に嫉妬しています」


 はっきりと、言い切る。


 王女という立場にある者が口にするには、あまりにも露骨で、あまりにも人間臭い言葉だった。


 そのまま、セレフィーナは一歩前に出る。


「レイナさん」


 呼びかける声は、どこか切実で。


「どうか……仮面を外してはいただけませんか」


 そして――

 深く、頭を下げた。

 場の空気が、僅かに揺れる。


 その姿には、取り繕った気品ではない、剥き出しの感情が滲んでいた。


「嫌よ」


 だが、返ってきたのは即答だった。

 一切の間もなく、冷たく切り捨てる。

 レイナは一歩も動かない。

 仮面越しの視線が、ただ冷ややかにセレフィーナを見下ろしていた。


「……そう、ですか」


 それでもセレフィーナは顔を上げる。

 その表情は崩れていない。

 けれど――ほんの僅かに、縋るような色が混じっていた。


「きっぱりと、諦めをつけたいのです」


「知らないわ」


 あまりにも素っ気ない拒絶。

 取り付く島もない。


「……なあ」


 空気に耐えかねたように、シュナイダーが口を挟む。


「なんで仮面を外すことが、“諦める”ことに繋がるんだ?」


 素朴な疑問だった。

 だが、それはこの場の核心に触れる問いでもある。


「それは……」


 セレフィーナが言葉を詰まらせる。

 唇がわずかに震え、言葉が続かない。


 ――言えない。

 いや、言いたくないのだろう。

 その感情の正体を。


「……はぁ」


 小さく、ため息。

 その沈黙を断ち切ったのはレイナだった。


「この女はね」


 吐き捨てるように言う。


「私の素顔を見て、“安心したい”のよ」


「安心?」


 シュナイダーが眉をひそめる。

 レイナは肩をすくめるようにして続けた。


「自分より“マシな顔”だって確認したいの」


 淡々と。

 だが、その言葉は鋭く、容赦がない。


「それなら仕方ないって、自分に言い訳できるでしょう?」


「……」


 沈黙。


 図星だった。

 セレフィーナは否定しない。できない。

 その代わりに、ゆっくりと息を吐いた。


「……ええ」


 そして、静かに認める。


「その通りですわ」


 もはや取り繕う意味はない。


「私は――安心したいのです」


 声が、わずかに揺れる。


「貴方の素顔を見ることで、私は貴女より醜女。だから仕方ない……そう思いたい」


 それは、王女の言葉ではなかった。

 一人の、傷ついた人間の言葉だった。


「まあ、いいわ」


 そのすべてを受けてもなお、レイナの態度は変わらない。

 むしろ、どこか呆れたように。


「そんなに見たいなら、見せてあげる」


「お、おい」


 思わずシュナイダーが声を上げる。


「いいのか?」


「いいわよ」


 迷いはなかった。

 ゆっくりと、レイナの手が仮面に触れる。


 一瞬の静寂。


 そして――外された。

 露わになる、その素顔。


 整いすぎた輪郭。透き通るような白い肌。均整の取れた造形。

 この世界では“醜い”とされる、完璧な美。


「……嘘……」


 セレフィーナの手が、口元を覆う。


 目が見開かれ、呼吸が浅くなる。

 理解が追いつかない。

 だが、視線は逸らせない。


「……ずるい……」


 ぽつりと、零れた言葉。


 それはあまりにも小さく――

 しかし、確かに感情を孕んでいた。


「ずるい……」


 繰り返される。

 少しずつ、声が強くなる。


 そして――


「ずるいずるいずるいっ!!」


 感情が、弾けた。

 抑えていたものが、一気に溢れ出す。


「セ、セレフィーナ……?」


 シュナイダーが戸惑いを隠せない。


 だが、セレフィーナはもう止まらない。

 その瞳には、怒りとも悲しみともつかない感情が渦巻いていた。


「私と変わらないくらい醜女じゃない!」


 叫ぶ。

 先ほどまでの上品な口調は崩れ、剥き出しの言葉が飛び出す。


「ええ、そうよ」


 対するレイナは、まるで意に介さない。


「それが何?」


 冷静すぎるほどの返答。

 その温度差が、余計にセレフィーナを追い詰める。


「なんでっ……!」


 声が震える。


「なんで貴女は――」


 一歩、踏み出す。


「シュナイダー様の側にいられるのですか!!」


 悲鳴に近い問いだった。


 理解できない。理解したくない。

 それでも、知りたくて仕方がない。


「シュナイダーは、私のことが好きだからよ」


 あまりにもあっさりと。

 当然のように、レイナは言い切った。


「っ……!」


 息を呑む音。

 その言葉は、何よりも残酷だった。


「そんな……嘘ですわ……!」


 首を振る。否定する。


「私達のような醜女を……好きになる殿方など、いるはずがありません!」


 それは、これまで信じてきた“常識”。

 崩れてはならない、心の支え。


「私にはいるわ」


 だが、それをレイナは簡単に壊す。


 現実として、突きつける。


「どうして……っ」


 声がかすれる。


「どうして貴女には……」


 言葉が続かない。

 代わりに、膝から力が抜けた。

 崩れ落ちるように、その場に座り込む。


「どうして私には……現れないのよ……っ」


 絞り出すような声。

 それはもう、王女のものではなかった。

 ただの、救われなかった少女の声だった。


「……」


 しばらくの沈黙。

 その中で、レイナはただ一言。


「どうでもいいわ」


 冷たく、言い放つ。

 レイナの一言が、静かに落ちた。

 突き放す言葉だった。


 だが――

 セレフィーナは、もう反論しなかった。

 俯いたまま、微動だにしない。

 長い沈黙。


 やがて。


「……っ」


 小さく、喉が震える音が漏れた。

 次の瞬間――


「……あ、ぁ……」


 押し殺していた何かが、決壊した。

 声にならない嗚咽が零れ、肩が震え出す。


 止まらない。止められない。


 今まで積み上げてきた理性も、誇りも、王女としての仮面も――すべてが崩れ落ちていく。


「ぅ……ぁ……っ、ぁあ……」


 崩れるように両手を床につき、そのまま俯く。

 涙がぽたぽたと床に落ちていく。

 美しい顔が歪み、ぐしゃぐしゃに崩れていく。


 それでも、誰も何も言わない。

 レイナはただ黙って見ている。

 シュナイダーも、軽口を叩く余裕を失っていた。


 やがて――

 ひとしきり泣いた後。

 セレフィーナは、震える体をどうにか起こし――


 そのまま、両手を揃えて床に着いた。


 深く、深く。頭を下げる。


 ――土下座だった。


「……どうか、お願い致します」


 かすれた声。

 先ほどまでの気品は、もうどこにもない。


「私にも……御寵愛を、頂けませんか……」


「……は?」


 思わず、間の抜けた声が漏れる。

 あまりにも突拍子もない言葉だった。


 理解が追いつかない。

 だが、セレフィーナは続ける。


「何でも、致します……」


 顔を上げないまま。


「どうか……どうか……」


 その姿は、王女ではなかった。

 ただ必死に縋る、一人の女だった。


「ちょ、ちょっと待てって……」


 シュナイダーが困惑する。

 完全に想定外だ。

 どう返せばいいのか分からない。

 助けを求めるように視線を横に向けると――


「駄目よ」


 即答だった。冷たく、はっきりと。

 レイナは一歩も譲らない。


「……っ」


 その一言で、セレフィーナの肩がびくりと揺れる。

 だが、それでも顔は上げない。


「……レイナさん」


 震える声で、呼ぶ。


「貴女なら……分かるはずです」


 ゆっくりと、言葉を紡ぐ。


「醜女を愛してくれる殿方など、いない」


「それが……常識であり、絶対でした」


 ぽつり、ぽつりと。

 積み重ねるように語る。


「だからこそ……愚かな夢を見ずに済んだのです」


 期待しなければ、傷つかない。

 信じなければ、裏切られない。


 そうやって、生きてきた。


「ですが――」


 わずかに、顔を上げる。

 涙で濡れた瞳が、レイナを捉える。


「現れてしまった」


 震える声。


「私と変わらない“醜女”である貴女が」


「……」


「絶世の美男子と、隣に立っているという現実が」


 その事実が、すべてを壊した。


「なら……思ってしまうではありませんか」


 縋るように。

 壊れた理屈のままに。


「私にも、と」


「……」


「少しでもいいのです」


 必死に言葉を重ねる。


「片手間でも構いません」


「お二人の邪魔をするつもりもありません」


 どこまでも低く、自分を落としながら。


「ですから……」


 再び、深く頭を下げる。


「レイナさん」


 その声は、もはや誇りなど一欠片も残っていなかった。


「どうか……お溢れを、頂けませんか」


 静まり返る室内。

 その言葉だけが、重く、重く響いた。


 ――あまりにも歪で。

 あまりにも、切実な願いだった。


 シュナイダーは、何も言えない。

 軽口も、冗談も出てこない。

 ただ、目の前の光景に――


 どう応えるべきか、分からず立ち尽くしていた。

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