43 阿修羅姫 まかり通る! ②
ここまで読んでくれた人がいたのなら、心を込めてありがとうございます、と伝えたいです。
そして、次回、完結となります。
よろしければ最後まで読んでいただけたら幸せです。
完全に傷の癒えたドゥルジ・ナスが金切り声のような雄たけびを上げながら、MDSを煽り罵り挑発に興じている。
『最後の別れの挨拶は済んだかのう? イーヒャッハッハッハキヒャアアアア! あの阿修羅姫のように黒焼きにしてやるかのっうっごほっ!? んぬぅ!? オゲエエエ!』
突如強気に振舞っていたドゥルジ・ナスが青緑の悪臭を放つ体液を大量に嘔吐したのだ。
『な、き、傷が!? 傷が治らぬ!?』
治ったと思われた傷が再び開き、宗像が打ち込んだブルーライトニングの弾丸が破壊した目が再びぐしゃりと垂れ下がった。腐肉からずれ落ちた退魔刀がカランと埠頭へ転がる。
『うぉのれえええ! な、何をした貴様らああああああ!』
膝を付いて息を荒らげるドゥルジ・ナスに宗像は告げる。
「この世を死体で埋め尽くそうと、ホツレの力を使ったつもりでいたんだろう。だからさ、自分自身を腐らせていたことに、ホツレ歪みを使っていたことに気付いていなかったとはな。腐るとは生きる力が朽ちて大地に帰る過程のことだ。真逆の現象に注力したならば、傷が治らないのも道理!」
『ありえぬ! 腐敗こそ我の象徴、腐ってこその我! 我から不浄と腐敗を取ったら何が残るのじゃ!』
青黒い吐しゃ物を巻き散らしながらドゥルジ・ナスは叫ぶ。
「馬鹿な腐れババアだ。この世を死体で埋め尽くすんだろう? 2,3週間もすれば皆腐り果てて骨になり死体は消えるぞ?」
『な、ば、バカな死体は永遠、腐敗こそ至高! 腐った死体ほど美しいものはないはずだああ ごっぼっげっぇえええ!』
ここで影海の直感がある事象を意識した。
もしかしたら屍鬼死霊が増えたのは、不浄を願うホツレ化の歪みのせいなのではないかと。
◇
炎の中にあって、糺華はかろうじてその身を維持していた。
神気フィールドを貼って炎から耐えていたが、数十トンもの崩れ落ちた船の残骸に阻まれ脱出すらままならなかった。
「こ、このままじゃ! 結びの法をどうにかしないと、くっ!」
炎の熱と負傷による痛みにじわじわと体力と神力を削られる中、焦りが生み出す胸の奥に沸き起こる堪えがたいほどの後悔の念。
自分がこの世界にドゥルジ・ナスを侵入させてしまったことで、大好きなパパの運命を捻じ曲げてしまったという罪悪感。
全てはドゥルジ・ナスが引き起こした邪悪な欲望によるものが原因だったが、雪乃や夏恋に襲い掛かった悲劇も、ホツレが原因であり防げなかった自分が招いてしまったのではないかという慙愧の念。
でも、あの痛みの先にあったのは、大好きなパパとの優しい記憶。雪乃という優しい姉と過ごした楽しく暖かい思い出。
後悔と迷いと嘆き、そして次に来るのは暖かい思いやりや愛情、仲間たちとの絆。
そうか、そうだったんだ。
人はこうやって後悔に後悔を重ねながら、みんな必死に精一杯生きている。
パパが雪乃が、MDSのみんな。
おじいちゃんとおばあちゃん。
優しい人々に助けられてここまで来たんだ。
一人じゃない。
そう、一人じゃないんだ。人は後悔を背負って前に進んで、人に優しくなっていく。
だから、お前みたいな孤独な腐肉の王に負けちゃいけないんだ!
糺華の覚悟と人々を守りたいという願いが純粋な祈りにまで昇華した今、ある奇跡が起ころうとしていた。
――――
糺華よ。
阿修羅の姫君よ。
その戦いが修羅界の如き荒ぶる邪悪な闘争か、もしくはこの世を救う正しき闘争か、胸のうちに聞いてみた答えは出ましたかな?
優しい声が耳に、胸の奥に、染みわたるように聞こえる。
「分かりません。私はただ、パパやお姉ちゃんやおじいちゃんやおばあちゃん、そしてMDSのみんなや近所の焼き鳥屋のおばちゃんとか、大判焼き屋のおじちゃんとか、たこ焼き屋のお兄ちゃんとか、少しだけどお友達とか、そういうみんなを守りたいだけなの」
ふむふむ、なるほど。
閃光の阿修羅姫は、周りの人々を守りたいと。
「よく分からないけど、みんな精一杯必死に生きていると思う。それぞれの職業に誇りを持って、子供や奥さんを大事に、善良に生きてる人たちを守りたい。それっていけないことなの?」
いいえ、素晴らしい思いです。
闘争は時に大切なこと。
ただ戦うことが目的になってはいけないのです。あなたは、阿修羅姫は、修羅の名を冠しながらも、弱き人々を守ることを己の命よりも大切に思っている……なんと尊きその心根でありましょう。
少々食べ物屋が多いのは愛嬌ですな。
「えへへへ」
その笑顔、多くの人々に幸せと希望を与えてきたのだと確信にいたりました。
さあ、阿修羅姫よ。
かの阿修羅王も同様に、そなたらは荒ぶる闘争の権化としての修羅ではなく、仏法や人々の守護者たる輝ける阿修羅であり、阿修羅姫なのです。
このさい仏法や教えなど細かいことは申しません。
さあ、御覧なさい。
天界では、須弥山では多くの仏や仏神、神々があなたを助けようと……
天界 ~須弥山 天結院~
阿修羅王: 「てめえら気合いれろぼけえええ!」
帝釈天 : 「貴様には負けぬぞ! 阿修羅姫いや、今度は帝釈天姫として我が屋敷で愛でるのじゃああああ我が来孫よおおおおお!」
阿修羅王: 「てめえには渡すもんかああああ! うおおおおおお」
あの天結院に無数の自転車型発電機のような機械が設置されている。
しかも全てに神将や阿修羅王の一族、そうあの爺までもが必死に滝のような汗を流しながらペダルをこぎ続けている
帝釈天とその一族、さらには糺華が逃がし助かった天人やその家族、さらには多くの天女たちもずらりとペダルを漕いでいた。
端のほうでは菩薩たちが優雅にペダルを、小角が前鬼と後鬼を従えながら顔を真っ赤に全力で漕ぎ続けている。
奥の大型自転車発電機? には四天王や毘沙門天、さらに天部の神々までも互いに励まし合いながら必死に発電のような作業に取り組んでいた。
「もう少しじゃ気合だああ! 糺華よおおおおおおお! 我が来孫よおおお! 天もまたお前と共に戦うぞおおおおおお!」
『『『 ぬおおおおおおおおおおおおおお!』』』
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◇
地上界
エジュルイード号であった残骸に天から降り注ぐ光条が突き刺ささり、周囲に満ちていた瘴気を切り裂き、燃え盛る炎を掻き消した。
糺華は諦めていなかった。
炎に包まれながらも、残骸に圧し潰されそうになりながらも。
その光は多くの思いと念と、慈しみの愛を持って糺華に染み込んでいく。
「ありがとうみんな、ありがとうお釈迦様、おじいちゃん、帝釈天のおじさん、須弥山のみんなあああああ!」
膨れ上がる光の条が一点に吸い込まれるように、エジュルイード号が光に包まれた時だった。
猛烈な閃光が周囲一帯を一瞬で昼にするほどの光を放った。
それは爆発であったのか、爆光であったのか。
あの光が放つ波動に恐怖を微塵も感じなかった雪乃は疲労困憊の宗像を支えつつ、あれが何かを本能で悟った。
「遅いわよ 糺華!!」
そこには清浄なる神々しい光に包まれた阿修羅姫 糺華の姿があった。
溢れ出る神気が迸り、放電のように周囲へ満ちている。
「お待たせ、みんな! ドゥルジ・ナスよ、その腐った野望ごとお前を滅してやる!」
『お、おのれ、阿修羅が、このくたばりぞこないがぁ我の世界を邪魔させぬわあああああ! 歪め因果よ! 生きとし生ける者は全て腐り落ちよ!』
「そんなことはさせない! 阿修羅姫、まかり通る!」
閃光の如き速さでドゥルジ・ナスへ迫った糺華の鉄拳が、防御した奴の腕を吹き飛ばしながら殴りつける。
『ぐぎょへええええ! やらせるかああああ!』
瘴気から身を守るためにすり減った神気の状態であったあの時とは、比較にならない破壊力だ。
ドゥルジ・ナスは臓物を垂らしながら、海から大量の死骸と海妖を引き寄せると阿修羅姫への防波堤にしていく。
「ありったけの火力をぶつけて糺華を援護しろ!!」
宗像の檄にMDSの気合の入った退魔術や支援砲火が押し寄せる海妖へぶつけられる。
ブッシュマスターや夏恋の水天術、雪乃の氷結攻撃、文の梓弓が不浄な死の邪妖共を一気に浄化していた。迫る海妖から皆を守るのは仕込み刀錫杖と鍔鳴りの太刀を振るう影海と亜麻色。
巨大触手のように蠢き襲い掛かる海妖たちの隙間を縫うように、糺華が神々しい光の尾を引いてドゥルジ・ナスへ肉薄する。
『グギャアアアア!』
金切り声を上げながら巨大な骨の剣で斬りかかるドゥルジ・ナスの攻撃を軽々と避けると、かかと落しで埠頭へ叩きつけてしまう。
『ボッホギョヘ!』
埠頭に臓物と血を巻き散らしながら蠢くドゥルジ・ナスに、糺華の手刀が真空波を呼び左手3本を切り飛ばす。
『ぎゃああああああ!』
「来い! 鬼凛丸!」
瓦礫の下に埋もれていた鬼凛丸が光を帯びながら凄まじい速度で糺華の元へ飛来した。
眩い刀身がさらに輝き、日輪の如き神々しさを放っている。
「ドゥルジ・ナス! 精一杯生きる優しい人たちを守るためお前を討つ!」
『させるものかああああ! こうなればホツレの力を腐敗ではなくこやつを滅ぼす力に注がねばぁ!』
ずんっと体が数倍に膨れ上がったドゥルジ・ナスは蟲羽を鳴らして飛翔し、それを追う糺華の羽衣が虹色の軌跡を描き夜空へ飛び上がった。
青黒い瘴気の影と虹色の光が漆黒の空の下で何度もぶつかり合う。
そのたびに青黒い血と赤い血が飛び散り夜空に花を咲かせていく。
ドゥルジ・ナスが邪骨剣で斬りかかり、糺華は鬼凛丸でそれを討ち払う。強大な膂力で振り下ろされる邪骨剣を撃ち返す糺華もまた、須弥山の神仏から譲り受けた神気によって本来の力を取り戻していた。
人智を超えた神魔の戦いにより夜空には修羅色が滲んでいく。瘴気弾を喰らいながらも鬼凛丸の一撃がドゥルジの手足を切り飛ばす。
糺華のツインテールの片方がほどけ黄金の髪が夜空に星々のように煌めいた。
「ナウマクサンマンダ ボダナン ラタンラタト ラタンバン!」
太陽と月を自在に操ったと言われる阿修羅王の力にちなんだ糺華必殺の剣技!
「阿修羅王! 日輪斬!」
日輪の輝きを放つ鬼凛丸の一撃は、ドゥルジ・ナスを光で縛り右袈裟一刀! 左肩から右腰骨までも一刀の元に両断したのであった。
そのまま組み付いて蟲羽を引きちぎると、金切り声を上げながら奴は断たれた下半身と共に埠頭へ落下する。
両断されたドゥルジ・ナスが埠頭に腐った青黒い染みを描き、とどめとばかりに糺華が残った頭部を踏み潰す。
「兄貴! 海妖は俺たちに任せてくれ!」
「影海頼む!」
恥ずかしそうに宗像の前にぴょいっと飛んできた糺華は、パイルを使い切ってしまったことを告げるため空になり破損したパイルバンカーを切り離す。
ツインテールが片方ほどけてしまってはいるが、その表情は父親を信じ切って褒めてもらいたがっている年頃の少女そのものだった。
「糺華良くがんばったな、最後の結びは一緒にやるぞ!」
「はい、パパ!!」
深い縁と絆と愛情によって結びついたこの親子の思いと、失った人たちへの思いと傷ついた過去が今、破邪の楔となってホツレを結ばん!
二人の手が青黒い巨大な肉塊となって震えるドゥルジ・ナスに向け突き出された。
宗像は残された気力を振り絞り、魂ごと結ぶ覚悟で結びの法を唱え始めるのだった。
親子の息はぴったりだった、何の合図もなく二人の詠唱が高らかに晴海ふ頭に響く。
「「天網恢恢疎にして漏らさず! 天よ地よ! 三千世界の理よ! 邪悪なる不浄の魔王をこの世の因果に結びたまへ!」
「人は人なり!」
「花は花なり!」
「「結べ、因果応報!」」
糺華から伸びた無数の光の鎖が四方八方、周辺のありとあらゆる空間から現れドゥルジ・ナスを結んでいく。
『いやじゃあああ! なぜじゃああああああ! ただ死体を愛でて死体と共に暮らしたかっただけなのにいい!』
「そんなに死体が好きならな、てめえが死体になりやがれ」
ドゥルジ・ナスが足掻き喚き、這いずり回るのを糺華の鬼凛丸が突き刺し埠頭へ縫い付ける。
「お、終わったの!?」
雪乃が恐る恐る聞いてくるが、影海に支えられた宗像は既に自力で立てぬほどに限界を超えていた。
そんな宗像に仙葉からの通信が入る。
< 皆さんご無事ですか? 恐らく魔王なんたらを処理したのでしょう、それだけで驚きですが、事態は深刻です! >
「仙葉ぁ! 事態が深刻ってどういうことだ!? 兄貴と糺華は見事やりきったんだぞ?」
< いえ、やりきったことで生じた危機です。魔王が勝ったら世界が死体だらけ、しかし敗れた時に起こるのが東京の広域瘴気汚染です >
文がショックで亜麻色にしがみ付き、どういうことだと仙葉の通信に聞き入ろうとしていた時だった。
< 周囲の瘴気モニタリングポストデータが異常数値を弾きだしています、観測上限まで後数分です! >
芋虫のようにもぞもぞとしていたドゥルジ・ナスが抑え込んでいた、いや体内で蓄えていた瘴気が溢れ出していることに気付く。
「くっ、とんでもない瘴気量よ、みんな早く逃げて!」
糺華は鬼凛丸と自身の神気で抑え込んではいるが、その瘴気の総量は桁違いであった。
< ざっくりとした計算ですが、東京23区は全滅、余波で近隣の県にも大きな被害が出ることが予想されます…… >
数秒間の沈黙の後、糺華は迷うことなく神気を放出し始めた。
「れ、糺華、お前、ど、どうするつもりだ」
「こいつの因果と応報は結ばれたけど、そうすることで理を超えて抑えていた瘴気が漏れ出そうとしているの」
「待て、糺華、お父さんが、なんとかするから」
「私ね、パパの娘になれて幸せだった」
「ちょっと糺華何言ってんの!?」
「雪乃がお姉ちゃんになってくれて、うれしかったなぁ」
「糺華、おい、やめてくれ」
宗像と雪乃には糺華が何をしようかが分かっていたのかもしれない。
眩く光り輝く阿修羅姫は、ぶるぶると震えるドゥルジナスであったものに刺さった鬼凛丸に右手をかけ、そして左手を宗像たちへ向けるのだった。
”
ごめんねパパ、みんな。この瘴気をこのままにしていたら、大事な人たちが、パパたちが犠牲になっちゃう!
糺華はみんなを守るために行くの、だから――
”
「今までありがとう、さよなら、ね」
糺華によって放たれた衝撃波によって宗像含めたMDSメンバーが吹き飛ばされるが、着地点で光の玉に包まれゆっくりと着地していく。
そして糺華は。
周辺にこれでもかとバラまかれた瘴気が糺華とドゥルジ・ナスの元へと集まっていく。
渦を巻く黒く溢れ出る瘴気と共に、糺華はゆっくりと地獄へと続く地面に沈み込んでいく。
宗像は走った。既に体の数か所に骨折を負い霊力も尽きかけ意識がいつ飛んでもおかしくない状況で駆けた、ぶざまに転びながらも一人の父親として。
「れいかああああああ! だめだああああああ! いかないでくれ、たのむれいかあああああ!」
子供のように泣きじゃくりながら、走り、転び、そして這いずりながら宗像はあらん限りの声をあげて叫ぶ。
沈みゆく糺華が消える寸前、澄み切った笑顔でバイバイと手を振った。
晴海の海に、宗像の慟哭の叫びが轟き、雪乃たちの嗚咽がいつまでも波間に響く。
東の空が白み始めてきた時、埠頭には糺華がお気に入りのヘアゴムだけが、残されていた。
阿修羅は争いの神として描かれることの多い仏神ですが、私は守護神となった阿修羅を描きたいとずっと思っていました。
その阿修羅姫 糺華と宗像の物語がついに完結を迎えます。