表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
阿修羅姫 まかり通る  作者: 鈴片ひかり
第6章 阿修羅の章
35/45

34 集結! MDS


挿絵(By みてみん)

 猪鹿倉が作戦開始時刻とした2200より前の段階で、既に霊異庁本庁舎正面入り口から一階付近を制圧しようと先行作戦が決行されていた。


 MDSやその他の応援部隊のために橋頭保を確保しようとした作戦である。


 こちらの行動はある程度把握されていると覚悟しての対応であり、現場指揮官としての判断は間違ってはいない。


 だが本庁舎入り口に強力な対人・対半妖結界が構築されており、本庁舎への突入が阻まれていた。むしろこれは黒と自ら宣言しているようなものであった。


 もしかしたら内部職員たちが脱出してくることも想定していた猪鹿倉は、想定よりも深刻な事態だと判断し結界解除を命じていた。


 だが本庁舎周囲に瘴気ガスが散布されたらしく、妖蟲、死霊、魍魎の類が発生してしまっている。


「せめてMDSが間に合っていればな……」


 猪鹿倉がぼやく暇もなく周囲が屍鬼や邪妖共の臭いに包まれていく。


「迎撃しろ、同時に結界破りも忘れるなよ!」


 猪鹿倉のやり方についてきてくれた元部下や、馴染みの民間退魔会社の退魔師たちおよそ50名が、迎撃のためトリガーを引く。



 ◆◆



「行っちゃいましたね、あなた」


「うん、みんな私たちの息子や娘みたいな気分になってきたよ」


「はい、やっぱりでも、糺華と雪乃に会いたかったです。もちろん征ちゃんにも」


「必ずみんなを救ってくれるよ、あの親子は」


「はい、ではお茶にしましょうあなた」


「うん、若者たちを送り出せた。未来を多くの人たちの命を守るために」


 家の周囲には10数名の人影があった。


 宗像が設置した監視防衛装置用のタブレットから映される外の様を見て、静子夫人は隣に座り梛良敬一郎の手を握る。


「後悔してないんですよ。あんなかわいい子供たちと過ごせたんですから」


「うん、この日を迎えるために、何年も見続けてきた未来視だからね。影海くんたちに悟られないようにするのが大変だったよ」


「うふふ、あなたは嘘をつくのが苦手ですからね」


 テーブルの上には人数分のお茶とお菓子が置かれている。


 玄関を蹴破り、庭に面したガラス戸を割って突入してきた特殊部隊員たち。


 臆することなくリビングでお茶を飲む2人の姿を見た隊員たちが、逆に面食らってしまっている。


「梛良敬一郎だな、ここにMDSが潜伏していたことは確認済だ。どこに隠れているか言え!」


「どこにもいませんよ。好きに探しなさい。おっとそこの箪笥の隣にいる君、足元にある掃除機で転ぶから気を付けなさい」


 あっと転びそうになる隊員と、何かに気付いた別隊員。


「た、隊長、あのお茶……我々全員分の数とぴったりあいます」


「貴様! 我々が来ることが分かっていたな!」


「ハッキングか!? 内通者か!? 正直に言わないと だったかな? そして右隣の君はもうこんな任務は嫌だと思っているね」


「な!?」


 人の良さそうな初老の男性が、特殊部隊員10数名を完全に手玉にとっている。


「貴様! 能力者だな、しかも予知だと!? 構わんそのまま射殺しろ」


 隊員たちは渋々 梛良夫妻に銃口を向けた。


「あなたと過ごした日々は宝物でした。ありがとうございます」


「僕の一番の幸せは静子さんと出会えたこと、そして巻き込んでしまってごめん」


「いいえ、最後まであなたといられたのですから、私は本望ですよ」


 特殊部隊隊長の右肩には……足が三本生えた真っ赤な鴉が髑髏を踏みつけているマークが描かれている。


「忌々しい、さっさところ!? ぐわっ!」


 隊長の肩にナイフが刺さっていた。


 さらに黒い鎖のようなものが特殊部隊員全員に絡みつき、一斉に庭へと引き出されてしまう。


 悲鳴と驚きの叫びが梛良宅の庭に響き渡る。


「え? 僕の未来視だとここで殺されるはずだったんだけどなぁ」


「あら、何が起きたんでしょうね」


 その黒い鎖を手繰り寄せ全員を拘束していたのは、黒いコートを着た不思議な男だった。


 さらにはセーラー服姿で不思議な魅力を放つ少女がにこにことしている。


「たまたまなの。たまたま通りがかっただけなんだからね」


「余計な事は言うな、たまたまそこにベクターホツレ感染者集団がいただけの話だ」


 すたすたと梛良夫妻に近づいてきたその少女、瑞萌は笑顔を崩しやや悲しそうな顔で二人の手を取った。


「私たちがここに来た事は内緒にしてくださいね……それと今まで糺華ちゃんを守ってくれてありがとうございました」


 丁寧にお辞儀をすると瑞萌と釼は、悲鳴を上げる隊員たちに呪符を放ち意識を奪う。


 そのまま大型バンに鎖でまとめたまま雑に放り込んでいく。


「安心してね! ここを死で穢すようなことはしませんから!」


 逆に呆然とする立場になった梛良夫妻は顔を見合わせながら、微笑んだ。


「手のかかる息子と娘を持つと……そうだね、よくガラスが割れる家になるみたいだよ」


「うふふふ、また征ちゃんが青い顔して謝りにくるがの目に見えるようですわ」



 ◆◆


 ハサミムシに羽が生えたような奇怪な妖蟲の群れが、霊異庁本庁舎前の退魔師たちに襲い掛かっている。


 負傷する者も多いが、なんとか撃退に成功しているという状態だった。


 神主と巫女が数名、結界破りの呪符と祝詞で一部分だけ結界を破ることに成功はしたのだが、中から現れた存在は猪鹿倉たちの想像を超えるものだった。


 その隙間から巨大な骨手がぬーっと伸びて来ると、結界破りで霊力を消耗していた巫女を鷲掴みにしてしまう。


「きゃああああああ!」


 そのまま奥に引き込まれた巫女の悲鳴が途中で途切れてしまう。


 中では骨が折れ肉が引き裂かれる音が猪鹿倉たちの鼓膜を刺激した。


「全員入り口から離れろ!」


 壊れかけた結界入り口を中からぶち壊し飛び出してきたのは、巨大な骸骨の妖怪 そう ガシャドクロであった。


「なっ! 霊異災害震度6から7クラスの大妖怪じゃないか! 何故霊異庁に!?」


 挑発的に手の中ですり潰していた巫女であったモノを、猪鹿倉たちへ投げつける。


 さすがの退魔師たちも、仲間の無残な姿に悲鳴が沸き起こっていた。


 戦場跡などに現れる巨大な骸骨の妖怪であり、人を叩き潰し、すり潰して殺すという残忍極まる邪妖である。


 眼窩に邪悪な黒紫の光を放ちながら、生者への憎悪を惜しみなく吐き出し襲い掛かってきた。


 腕でバリケードを薙ぎ払い、逃げ遅れた隊員を掴んで床に叩きつけている。


 全身の骨がバラバラに砕け即死したその遺体もまた、さきほどの巫女と同じく生前の面影は微塵もない。


「小野坂! 高橋ぃ! この骸骨野郎がぁ!」


 逃げる仲間の盾になるべく立ち塞がった猪鹿倉は、現役時代を彷彿とさせる機敏な動きで腕を避けつつ印を結ぶ。


「ナウマクサンマンダ ボダナン カン カク ソワカ! 天鼓雷音如来てんくらいおんにょらい 天鼓雷豪撃!」


 稲妻のような轟音と衝撃がガシャドクロに叩きつけられる。右腕が粉々に砕け散るもの、怯む様子は微塵もなく下顎をがたがたと揺らしながら瘴気を吐き出し猪鹿倉たちへ狙いを定めたようだ。


 咄嗟に衝撃属性で対応できる機転は、さすが元機動退魔課のエースである。


 気付くとガシャドクロの妖気と瘴気に当てられたのだろうか? 周囲に妖蟲の類と魍魎、餓鬼が蠢くように集まってきている。


 この大都会東京、このような闇のモノ共が潜む環境など山ほどあるということなのか。


「猪鹿倉さん! このままじゃ全滅です!」


「くっだがここで諦めたら東京都民が数百万の命が!「後方から突入してくる車両があります!」


 見慣れた黒のシボレーエクスレスが車体を滑らせながら、妖蟲共と猪鹿倉たちの間に割って入って来た。


 横転しやすいあの車体を見事なハンドルさばきで滑らかに横づけする運転テクニックに舌を巻きつつも、飛び出してきた退魔師たちが包囲しつつある邪妖たちを蹴散らしていく。


「おりゃー新兵器のインパルス霊水銃よ!」


 ぱっと見は消防士が使う高圧消火銃に似ているが、巫女装束の夏恋が放つ霊水を浴びた餓鬼や妖蟲共は濃硫酸を浴びせかけられたようにドロドロに溶けて灰となっていく。


 影海が強化処理された錫杖で猪鹿倉に迫っていたガシャドクロの左腕を討ち払う。


「おせえぞハゲ!」


「うるせえくそじじい!」


「内部に突入するにもガシャドクロが邪魔してどうにもならねえ、手を貸せハゲ!」


「人に物を頼むときはもっと頭下げやがれ! ナウマクサンマンダ バザラダンカン! 不動明王爆炎破!」


 影海の得意とする火炎系退魔術の真骨頂、爆炎破がガシャドクロの頭部に炸裂する。


 しかし頭蓋骨部分が半分吹き飛んで尚、奴は活動を止めようとはしない。


 一方、文を守る亜麻色は大型の餓鬼相手に一歩も引かず、鍔鳴りの太刀で斬りかかっていた。


「だあああ!」


 気合の入った粗削りだが真っすぐで実直な剣撃により、大餓鬼を一刀両断に切り裂いた。


 崩れ落ちる過程で既に灰になるという鍔鳴りの太刀の持つ破邪の力に、亜麻色の全身が震える。


 文の生み出した結界が、追い詰められていた猪鹿倉の部下たちを優しく包む。


 あの産土の梓弓が文の力を底上げしているように見える。


 方々からあまりに強力な結界に歓声が上がった。


 文と亜麻色が見つめ合う。


 迷うことなく斬りかかっていく亜麻色の背中を熱っぽく見つめる文の視線に、当の本人は気づいていない。


 その全貌を現したガシャドクロは残った体で生者を踏みつぶし薙ぎ払おうとしたが、夏恋のインパルス霊水銃の斉射で足を破壊されこれでもかと撃ちこまれた高圧縮霊水によってついにはバラバラに弾け飛んでしまった。


「ふう、こんなのいるって聞いてないよ猪鹿倉さん」


「夏恋よくやった! これで突入路が開け……おい、全員退避!!!」


 突如叫んだ猪鹿倉の指示に驚く隊員たちだったが、霊異庁本庁舎の奥から現れたのは3体のガシャドクロと、50体にも及ぶ人型邪妖……


「赤マントに青マントがおよそ 50体!?」


 奴らは手に鎌を持ちガシャドクロと連携を取るかのように、猪鹿倉とMDSを霊異庁本庁舎前の広場に包囲していく。


 残りの妖蟲や餓鬼もそれに倣って後方を塞いでいった。


「影海さん、まずいですよ! これじゃあ全滅だ」仙葉とパトリックが慣れないFive-seveNを構えながら叫んでいる。


「仙葉たちは黒助の中で待機だ! だがな、みんな腹くくって迎撃準備! 俺たちはMDSだ! なぁ!?」


「当たり前のこと言わないで、亜麻色と文は私の近くへ」


「やばいでーす! どうしましょー!」


「落ち着けって言ってんだよ、MDS魂忘れんな! それによ、結局焼肉食わせてもらってねえぞ兄貴いいいい!」


 影海の叫びに応えたかのごとく、円形状に包囲されたMDSと猪鹿倉隊がサーチライトで照らされる。


 上空から降下してきたオスプレイから複数の人影が現れた。


 まるでショーの演出にも似たスポットライトが当てられたのと同時に轟音が響き、見慣れた黒髪の乙女が両脇に氷の壁を構築してしまう。


 僅かに開けた降下ポイントにギリギリのホバリングをするオスプレイから飛び出してきたのは、米軍軽装甲車ストライカーだった。


 ストライカーの車体上面からダリス伍長がM2重機関銃で後方から迫る妖蟲の群れを薙ぎ払った。


 米軍独自開発の硝酸銀封入型の12、7mmSNF弾 を装填したM2が圧倒的破壊力を持って奴らの甲殻や羽、内臓をぶちまけていく。



 一方正面玄関の方向から集団で殺意を剥きだしに飛び掛かって来た赤マントと青マントの集団、目測50体!


 今、宗像が降り立ち迎え撃とうとするのは、開けた空間と全方位対応可能な安定した足場。


 前方から無数に斬りかかる赤マントと青マントの群れ。


 全ての条件がそろった今、宗像の思いに応えるように抜き放たれた鬼凛丸が吠える!



「オン マリシエイソワカ 摩利支天 幻影斬!」



 陽炎のようにゆらめく宗像の姿に、赤マントと青マントの大鎌が突き刺さり切り裂いていく。


 次々と斬りかかり突き刺し、噛みつき、爪で抉り、これでもかという凶悪な赤マントと青マントたちの攻撃が十数秒も続いた。


 そして揺らめく無数の陽炎が宗像に融合し、チンっと鬼凛丸を鞘に納めたその瞬間である。


 次の攻撃をしかけるため構えようとしていた赤マントたちが輪切りに、一刀両断され、袈裟切りに切断され、体が微塵に切り裂かれた。


 その閃光のような剣閃の軌道がわずかに光った瞬間。奴らの青黒い血が一斉に吹き出しどうっと倒れ、そして灰になっていく。


 うおおおおおおおお! 


 生存者たちの雄たけびと同時にガシャドクロを一瞬で凍り付かせた雪乃は、フォローのため広域氷結防壁を敷いて皆を守った。


「こ、これがMDSトップの実力かよ、す、すごすぎだろ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ