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第三幕 第九場

 いまおれはアリスといっしょに、緑山キャンプ場へとやってきた。そして車を停めると、荷物をまとめキャンプ地へと歩き出す。


「あー、めんどくさ」アリスがけだる気な表情で言った。その声はいつもの落ち着いた声音とはほど遠く、高く聞こえる。「ほんとにつらい。どうしてわたしが何時間も、車を運転しないといけないのよ。まったくも、いやになる」


「すいません」おれは申し訳ない気持ちになる。「おれが信号とか識別できないせいで、アリスに負担かけてしまって。その代わりにキャンプ設営は全部おれがやるから」


「あたりまえでしょう」アリスは声を荒らげる。「わたしにはそんなことできないんだから。キャンプ素人なんだからね」


 アリスは不機嫌そうに口を尖らせる。おれは苦笑いしながら、その姿を見つめる。アリスはふだんの夢占い師としての衣装とはちがい、下半身はハーフパンツを穿いてその下にレギンスを着用しており、靴はスニーカーだ。上半身はTシャツ着て、その上からはパーカーを羽織っている。そして長いその髪はポニーテールに結わえられていた。そのためいつもの雰囲気とは大ちがいだ。


「何さっきからじろじろ見てるの」アリスが不機嫌そうに言う。


「いや、いつもとは別人みたいだなって思った」おれは視線を前に向ける。「いつものミステリアスっぽい不思議な印象から、だいぶ雰囲気変わったね」


「それはそうでしょうね。商売だからわざわざあんな格好をして、雰囲気を演出しているからね。そういうのも大事な仕事の一環なのよ。落ち着いた大人を演じるのもひと苦労なのよ」アリスは凝りをほぐすかのように肩をまわす。「四六時中あのままだったら、疲れて倒れるわよ。そのくらいしんどいの」


 そう愚痴をこぼすアリスを見て、おれは思わずくすっと笑ってしまう。いまのアリスは年相応の若い女性にしか見えない。


「何よ、にやにや笑ってさ」アリスが言った。「わたしおかしなことでも言った?」


「いや、言っていないよ。ただその姿が本来のきみだなんて思ったら、そのギャップがおかしくて」


 それを聞いてアリスは舌打ちする。「……しまったな。いいこと黒川さん。わたしのことは最初に言ったとおり、しゃべる機械だとでも思ってちょうだい。約束したはずよ。あまり気にかけないで」


「徹底しているな」


「あたりまえでしょう」アリスはいつもの落ち着いた声音になる。


「だったらひとつ訊きたい」おれは言った。「どうしてそこまでして、おれに協力してくれるの?」


「いまさらの質問ね」アリスはため息まじりにいう。「まさかここへきて、そんなこと訊かれるとは思わなかったわ」


「だって最初はあんなにもいやがってたじゃないか。それがいまでは、いっしょにキャンプにまでつき合ってくれている。それはありがたいことなんだけど、どうしてそこまでしてくれるのかなって、つい疑問に思ってしまって」おれはそこで間を置いた。「やっぱり同情しているから?」


「同情、それもある」アリスは目にかかる、ひと房の髪の毛を払いのける。「けどいちばんの理由はむかついたから」


「むかついた?」おれは眉をひそめる。「おれがしつこく、おねがいしたせいってこと?」


「ちがうわ」アリスは首を横に振る。「あなた自分が世界でいちばん不幸です、みたいな顔していた。だからむかついただけよ」


「それはどういう意味だ?」


「さあね」アリスは肩をすくめた。「教えるつもりはないわ」


 おれは頭の上に疑問符を浮かべる。アリスの発言の真意がいまいちわからないし、本人もそれを明かすつもりはないようだ。


 そんなことを考えながら歩いていると、前方からひとりの男性がこちらに向かって歩いてくる。近づくにつれ、それが大学の先輩である金森ヒデノリだとわかった。相手もこちらに気づいたようで、手を振ってくる。


「よお黒川。奇遇だなおまえもキャンプ——」金森はそこまで言いかけたその瞬間、その顔をこわばらせた。まるで見てはいけないものを見てしまったかのように。「灰田……」


「……ヒデノリさん」アリスがつぶやくようにして言う。


 すると金森とアリスは、まるで硬直したように立ち尽くすと無言になった。そのためおれはふたりを交互に見やる。何がどうなっているのか状況がわからない。


「あのー、もしかしてふたりは知り合いなんですか?」おれはたまらず訊いてみた。「そうです……よね?」


「……まあな」金森がきびしいまなざしをこちらに向ける。「おれはもう帰るから、それじゃあな黒川」


 そう言って、金森はそそくさとその場をあとにする。その姿をアリスはおびえた目で追っていた。


「……何かあったの?」おれは質問する。


「べつに関係ないでしょう、あなたには」そう言ったアリスの声はわずかに震えていた。「それよりも早く行きましょう」


 おれはそれ以上、何も訊かずに歩き出すことにした。

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