第三幕 第八場
「なるほど黒川さん」アリスが言った。「それで目が覚めてしまった、というわけね」
「ああ、そうだよ」おれはうなずいた。「せっかく事件当日についての夢だったのに、邪魔された。急いで二度寝してみたけど、夢のつづきを見ることはできなかった」
おれは見た夢について報告するために、夢占い師の館にやってきていた。そしていま、その夢について語り終えたところだ。
「それにしても現実で経験した出来事を、それに近い形で再現されるとはめずらしいわね」アリスはあごに手を添える。「おそらくは、前日に容疑者三人と接触したせいだと思われるわ。その影響が夢に反映されている、と考えた方が自然ね。そのおかげで当日のことは、少しは思い出せたんでしょう」
「夢で見た部分だけだよ」おれは浮かない顔になる。「事件当日、おれと彼女は緑山キャンプ場でキャンプをしていた。そして夜になると、隠した金を回収しようとするんだ。おれが見たかったのは、その先の出来事なんだよ。けど雨のせいで目覚めてしまった」
「実際には事件当日、雨なんか振ってなかったんでしょう?」
「あたりまえだろ。雨の日にキャンプに行く馬鹿はいないよ。事前にちゃんとニュースで天気予報をチェックしたさ」
「だとすると、現実の雨音による錯覚形成とみるべきね」アリスはテーブルに置いてあったティーカップを手にする。「それにしても興味深い話だわ、そのレッドローズとかいう宝石。あなたの彼女は見つけたルビーを、そのレッドローズに利用するつもりだった。しかもお金とは別の場所にそれを隠していた。そうでしょう?」
「夢で見るかぎり、そうだと思う」
「それでそのルビーは本物だったの?」
「おれにはわからないよ。ただ彼女は本物だと考えていた」おれはそこでアリスの首元を指差す。「たぶんだけど、そんな感じの宝石だったような気がする」
指摘され、アリスはチョーカーについた宝石に手を触れる。そしてそれをまじまじと見つめる。
「なるほどね」アリスが言った。「どおりで最初にあったときに、あなたがこれに見覚えがあると言ったわけだわ。このバイオレットサファイアを見てデジャブを感じたのね」
おそらくそうだろう、とおれは思った。でなければ、貴金属にあまり興味がない自分が、あそこまで気を引かれないはずだ。つまりはあれと似たルビーを、あの日、大金とともに発見していたのだ。
「それでそのルビーはいまはどこに?」アリスが訊いた。
「わからない」おれは首を横に振る。「それがどうなったのか思い出そうとしても思い出せない。もしかしたらそのルビーも、お金とともに犯人に盗られたのかも」
「たしかにその可能性はじゅうぶんに……はっ!」アリスは突然、目を見開く。「そうか、そういうことか」
「どうしたのアリス?」
「あなたがいま生きている理由よ。どうして犯人はあなたを生かしたままにしているのか、ずっと疑問だった。おそらく犯人はお金は盗ったが、ルビーは回収できていないはずよ」
「その根拠は?」
「あなたの恋人はとても用心深く、仲間を信用していなかったし、仲間を試すようなこともしていた。おそらくはあなたたちは、お金だけを回収したところを襲われたはず。だからそのありかを知っているであろう、あなたを生かしているのよ。そしてその隠し場所を思い出すのを待っている。そうとしか考えられない。だってもしそのルビーが本物なら、軽く一千万は超えるんでしょう。ならあなたを生かす価値はじゅうぶんにあるわ」
「たしかにそれなら……つじつまがあう」おれはぞっとする思いだった。「ということは、その隠し場所を思い出し、それを手に入れたら用済みで、こんどこそほんとうに殺される危険性があるということじゃないのか?」
「そのとおりよ」アリスは表情をこわばらせた。「このままルビーの隠し場所を探しあてたとする。そのことが万が一、犯人に知られれば、あなたを殺しにくるでしょうね。かといって、このまま忘れたままなら、宝石を手に入れることよりも正体がばれることをおそれ、いずれしびれを切らして殺しにくるとも考えられる」
「どちらにしろ、死ぬ未来しか見えていないな」
「だとしたらどうする?」
「決まっているさ」おれは決然と口にする。「それなら隠し場所を思い出して、ルビーを手に入れる。それでこんどはおれが彼女の夢を叶えるんだ」
「その夢ってレッドローズを完成させることでしょう?」
「ああ、そうだ」おれは力強くうなずいた。
「でもあなたの恋人は浮気をしていたんでしょう。そこまでつくす理由はないんじゃないのかしら?」
「あれからいろいろ考えた」おれは表情を曇らせる。「おれは彼女という人間を理解できてなかった。だからこそ浮気されていたんだと思う。けどそれでも彼女の夢を叶えてあげたいんだ。そうしないと彼女に顔向けできない」
「ずいぶんとおやさしいのね」アリスはあきれたかのような笑みを浮かべる。「これじゃあ、ただのお人好しだわ」
「それでもかまわない。おれは彼女の恋人だったんだ。そのくらいはするさ。いやするべきだ。たとえ裏切られていたとしても」
「だったら訊くけど、ルビーの隠し場所に心あたりは?」
おれはため息をつく。「まったくないし、何も思い出せない。そもそも自分がほんとうに、隠し場所をしっているのかも疑わしい。彼女はこの件について用心深かった。もしかするとおれすら信用していなかったのかもしれない。浮気されるぐらいだし……」
「ならレッドローズと訊いて、何を連想する?」
「やっぱり赤いバラかな?」
「それじゃあ赤いバラと聞いて、何を連想する」
「赤いバラ……」おれはしばし考える。「彼女のお墓?」
「どうしてそう思ったの?」
「ついこのあいだ、彼女の誕生日に赤いバラを買って、そのお墓に手向けたんだ」
「どうして赤いバラを選んだの? その花は彼女の好みだったのかしら?」
「好みとかではなくて、ただなんとなく花屋で選んだだけだよ」
「なんとなくか……」アリスは思案気な表情になる。「おそらくそれは偶然じゃない。彼女のレッドローズのことは思い出せなくても、失われた記憶の影響で、あなたは無意識に赤いバラを選んだと考えられる。だとすれば、レッドローズはあなたの無意識に強く影響を与えている。つまりあなたはレッドローズに強い関心があった証拠。だからそのルビーの隠し場所を知っている可能性は高いわ」
「そうかもしれないけど、どうしても思い出せないんだよ。夢から探るにしても、また都合よくあの夢を見るとはかぎらないし」
「なら明晰夢でその状況を再現しましょう」
それを聞いて、おれはあせりだす。「ちょっと待ってよアリス。おれにはそんなことまだできないぞ」
「それはあたりまえよ」アリスは鼻先で指を振った。「だから夢の検閲を利用して、錯覚形成を引き起こすの。明晰夢の初歩トレーニングのひとつよ。あなたはキャンプ場で同じようにテントを張り、同じような状況を作り出すのよ」
「同じような状況って言われても。テントでひとりで眠って——」
「だれがひとりでって言った。わたしも同行するわよ」
「えっ?」おれは思わず素っ頓狂な声をあげる。「アリスも?」
「あたりまえでしょう。同じような状況を作るなら、彼女役が必要でしょう。だから週末あけとくから、車で迎えに来なさいよ」
こうして週末、アリスとキャンプをすることになった。




