第三幕 第七場
気がつけばおれは、テントの天井をぼんやりとした意識で見つめていた。ランタンの明かりが、テントの中をほのかに照らしている。ときおり、衣擦れらしき音が聞こえてきた。その音で、いま自分がひとりじゃないと悟る。
ここはどこで、自分は何をしていたのだろうか?
そんなことを考えていると、だれからおれの体を揺さぶった。なのでおれはゆっくりと身を起こす。すると横には白石ヒカリがすわっているではないか。
「ここどこ?」おれは訊いた。
「テントの中だよ」白石が答えた。
「そうじゃなくて、ここはどこだよ?」
「もしかして寝ぼけているの?」白石はほがらかに笑う。「キャンプ場だよ。緑山キャンプ場」
「……ああ、そうか」おれは目頭を揉みほぐす。「そうだったな」
「そろそそ時間よ。準備して」
おれは首をかしげる。「いったいなんの?」
「やっぱりまだ寝ぼけている。隠していたお金を回収するんでしょう。忘れたの?」
「……ああ、そうだったね」
「これでようやく、みんなのことを信用できる」白石はほっとした表情を浮かべる。「ほかのみんなが、今回の一件のことをだれかに漏らしていないか心配だったの。けどあれからだいぶ時間が経ったけど、だれも漏らした様子はない」
「だから言ったろ。おれたちの仲間にそんな裏切りみたいなことを、するやつはいないってさ。ほんとうに心配性だなおまえは」
「けど万が一ってこともあるでしょう。だから隠してみんなの様子をうかがっていた。あれからだれも金欲しさに、緑山キャンプ場を訪れた人間はいない。これで安心して回収できる。おかげでレッドローズが完成する。わたしの夢が叶うのよ」
「白石の夢ってなんだよ?」
「前にも話したでしょう。わたしのお父さんは宝石職人で亡くなる前に、その作品を作っていたって。わたしはお父さんが大好きだった。だからわたしの夢はね、お父さんのやり残した作品を完成させることなの」そこで白石は照れくさそうに笑う。「でもこんなことを男の人に言ったら、ファザコンと思われるのかな?」
「そんなふうに思わないよ」おれは微笑んだ。「白石は父親思いのいい娘なんじゃないかな」
「いい娘か……」白石は気まずそうにほほを掻く。「じつはわたし、こう見えても昔はやんちゃな子供で、よくおてんば娘とか言われていたんだ」
「えっ、そうだったの」おれは意外だ、という表情になる。「それは知らなかったよ……?」
奇妙な違和感を覚え、おれは口をつぐんでしまう。何かむずがゆくなるような気分だ。けれどそれがどうしてなのか、その理由がわからない。
「だからよくお父さんに迷惑かけた」白石が言った。「そしてよく怒られた。でもそのあとで、わたしをかならず抱きしめてくれるの。わたしはそんなお父さんが大好きだった。ヒカリって名前もつけてくれたし、いろんなことを教えてくれたんだ」
「すてきな父親だね」
白石はうなずいた。「だからね、ある日突然、事故で亡くなったのが、とてもショックでつらかった」
「その気持ちわかるよ。ある日突然、愛する人を失う経験をおれもしたから……えっ?」おれはそこで思わず眉をひそめる。「そんなことあったけ?」
「どうしたの黒川?」白石は心配そうにこちらの見つめる。「さっきから変だよ。まだ目が覚めていない?」
おれは目をこする。「……いや、だいじょうぶ。気にしないで」
「変な黒川」白石はくすっと笑う。「だからね、わたし決めたの。お父さんの最後の作品を完成させるんだって。そうすればお父さんによろこんでもらえるし、それにそれがあれば、お父さんが生きていた証にもなる。だからあのルビーがぜったいに必要なの」
おれは眉間にしわを寄せる「ルビー?」
「もうとぼけないでよ。あのお金といっしょに見つかった宝石よ。みんなには偽物だと言い張って、お金といっしょにあのときに隠したでしょう」そう言うと、白石は表情を暗くする。「ほんとはね、すぐにでもあのルビーを持ち帰りたかった。けどもしかしたら、わたしの嘘を見抜いて盗みにくるかもしれないと、みんなを疑ってしまったの。だから隠していた、お金とは別の場所に——」
突然、激しい雨がふりはじめ、騒々しい音を響かせる。そのため白石のことばはかき消された。だが白石はしゃべりつづけている。
「白石、聞こえないよ!」おれは叫んだ。
だが雨音はどんどんと激しさを増し、それは耳をつんざく——
目を覚ますと、激しい雨音が聞こえてくる。ベッドから起きあがり窓へと目を向けると、外はどしゃぶりの雨が降っていた。大事な夢を邪魔されたことに、おれは舌打ちする。