第三幕 第六場
夜の帳がおりるころ、おれは自分が住んでいるマンションの前にやってきた。するとそこに見慣れた車が一台、道路脇に停まっている。すると、その運転席側の窓ガラスがひらきはじめ、長髪で眼鏡をかけた人物が顔をのぞかせた。
「青木か」おれは足を止めた。「何してるんだこんなところで?」
「見ればわかるだろ」青木ソウスケは言った。「おまえを待っていたんだよ」
「おれを?」
「ああ」青木はうなずいた。「それ以外で、ぼくがここにいる理由がないだろ」助手席をあごで示す。「とりあえず乗ってくれ。話がしたい」
「わかったよ。ちょうどおれもおまえに聞きたいことが、いくつかあったからな」
おれが車の助手席に乗ると、青木は窓ガラスを閉めた。だがしかし、どちらも話を切り出さない。しばし無言の間がつづく。
「話さないなら、おれから話すぞ」おれは沈黙をやぶった。
「ああ、かまわないよ」
「青木は白石とは小学校からの知り合いなんだろ。だったら教えてくれ、あいつはどんな人間だったんだ?」
それを聞いて青木は吹き出した。「まさか白石の恋人だったおまえから、そんなことを質問されるとはな」
「笑わないでくれ青木。まじめに訊いているんだ」おれは声を尖らせる。「頼むから教えてくれ、白石という人間のことをさ」
「そうか……」こちらの真剣さを悟ったのか、青木はまじめな顔つきになる。「白石ヒカリはよくも悪くも、自分の願望に忠実なやつだったよ。そのせいで小学生のころはガキ大将みたいなやつだった。自分のしたいことは、たとえ禁じられててもやるし、自分の意見に従わないやつは、無理矢理ねじ伏せるような女だ。正直に言うと、あのころの白石はきらいだった。男勝りで暴力的だったし、いじめられたとはいわないけど、なんどか本気で殴られもした」
「そうか」おれは相づちを打つ。「それはおれの知らない一面だ」
「だからそのせいで中学になると、女子からきらわれて無視されるようになったな。だからといって、いじめられていたわけじゃない。みんなあいつがこわくて、避けているって感じかな。だから高校になると、あいつは丸くなった。自分を抑えることを学んで、まわりにとけ込むようになった。それを見てぼくは驚いたよ、あいつがあんなにも変わるとは、思っていなかったからな」
「そんなにも変わったのか?」
「そのときはそう思っていた」青木はそこで声をけわしくさせると、眼鏡をくいっと持ちあげる。「けどな、あの日、みんなできもだめしをして、あの大金を見つけたときの白石を見て思ったよ。あいつは何も変わっていなかった。自分の欲望に素直で、そしてぼくたちに自分へ従うよう、まるで脅すかのように説得してきた。金をわけてやるからだまっていろ、とな」
「脅してはいなかっただろ」
「おまえにはそう感じたかもな。だけどぼくには脅しに聞こえたよ。従わないのなら、どんなことをしてでも、わたしの言うことをきいてもらう、とね。あいつは自分の夢のためらな、どんなことでもしただろうさ」
「夢のため?」おれは眉根を寄せる。「なんの話だそれは?」
「おまえは知らないのか?」青木は怪訝な表情になる。「それともそのことも記憶障害で忘れているのか」
「だからなんのことだよ?」
「白石の夢、『レッドローズ』のことに決まっているだろ」
「レッドローズ?」おれは首をかしげる。「……赤いバラがどうかしたのか」
「おい、嘘だろ……」青木はため息をついた。「このことはみんなも知っているのに、おまえだけ知らないはずがないだろ。ということは、どうやら思い出せないようだな」
「どういうことだ青木」おれは表情をきびしくさせる。「説明してくれ頼む」
「わかったよ」青木は深く息をつく。「あいつの亡くなった父親は、宝石関係の仕事に就いていた。よくは知らないが、宝石のデザイン関係の仕事を担当していたらしい。それである宝石を作っていたらしいんだが、急死してしまったため、それは未完成のままなんだ。その作品の名前がレッドローズだ。白石の夢は父親の未完の遺作である、そのレッドローズを完成させることだよ」
「そうだったのか……」おれは自分の記憶を探るも、何も思い浮かばない。「そいつは知らなかったよ」
「たぶん黒川は思い出せないだけだ。あいつはよくその話をしていたからな。わたしの夢は父の夢であるレッドローズを、完成させることだ、とね」
「その話はわかった。だけどそのことと、あの日、大金を発見したことがどう関係しているんだ。どうして金を得ることが、あいつの父親の夢を叶えることにつながるんだよ」
「白石の話によると、レッドローズの土台はすでにできており、あとは宝石をはめ込むだけだが、その宝石が非常に高価らしい」
「つまりは見つけた金は、その宝石を購入するための資金ってことなのか」
「……そうとも考えられる」青木は歯切れ悪くなる。「だけどその宝石を購入するとなると、白石いわく最低でも一千万円以上は必要になるそうだ」
「そんなに高いのか?」
「ああ、そうだ」青木はうなずいた。「そしておぼえているか黒川、ぼくたちが拾ったあの金の総額を?」
「えーと、たしか……」おれはしばし考える。「八百五十万だ」
「だとしたら、おかしいと思わないか?」
「それはどういう意味だ?」おれは青木が言わんとすることがわからず、眉根を寄せる。「わかるように言ってくれ」
「白石は自分の夢を叶えるのに金が必要だった。だが発見した金はそれに満たない。にもかかわらずぼくたちに気前よく分け前を与えた。ひとりに百万円ずつだぞ。そう考えるとおかしいだろ?」
「それまでに貯めていた、貯金があったんじゃないのか?」
「おまえも知っているはずだ。あいつは父親が亡くなったあとは、母子家庭だったんだ。そんな余裕のある家庭じゃない。大学だって奨学金をもらって通ってたんだぞ。卒業後に金を稼いで夢を叶えようとしていたやつが、簡単にその金を手放した。あれはぼくたちの目をそらすための行為だ」
「だから何が言いたいんだよ?」おれは苛立った声をあげる。
「あの日、見つけたのはお金だけじゃないだろ」
「えっ?」
「金といっしょに見つかった、あの宝石はどうした。白石は自分が宝石にくわしいとか言って、あの宝石は偽物だと言い張ったけど、あのばかでかいルビーは本物だったんだろ?」そこでことばを切ると、青木は声を震わせる。「白石は、あのルビーをレッドローズに利用しようとしたにちがいない。だからぼくたちに金を分け与えて、ごまかしたんだ。もしおれの思いちがいじゃなければ、そのルビーは数千万の価値があるはずだ。数百万じゃない、数千万単位の話だぞ。この件はぼくたちの手に余る。いまからでも遅くない。警察に相談するべきだ。ぼくたちはやばいことに巻き込まれている」
青木ががたがたと体を震わせるのを、おれはただじっと見つめる。きょうになって明らかになったことが多すぎて、もはや理解が追いつかない。頭のなかは飽和状態だ。そのため呆然となってしまう。
「なあ黒川。警察にこのことを話そう。そうするべきだよ」
「……悪いな青木。すごく混乱してる。少しひとりにさせてくれ」
おれはそう言って車をおりた。必死に呼び止める青木を無視して、マンションへとはいっていく。




