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ついに敵さんの登場です
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「ううーーん、狩った狩ったぁ」
正午をとうに過ぎ、太陽が少しだけ傾き始めていた。俺は一度ランドハウンドの谷から引き揚げ(複数匹を振り切るために全力疾走した。これがなかなか忙しい)、大きな火成岩がごろごろ転がる尾根道で休憩を取っていた。モンスターがうろつくのは丘陵地中腹で、フィオスの中でも一際高く山のようになっているここには滅多に現れることは無い。見晴らしもいいので不意打ちの心配も少ない。俺は深く深呼吸をして、体中の関節をゴキュゴキュと鳴らしながら伸びをする。それを追いかけるように腹の底から絞り出すような音が響きわたって、思わず吹き出してしまった。
「そうだな、時間もいい頃だし、メシにするか」
ヴォイスコマンドでメニューを呼び出す。ちなみに、視界の端に浮かぶ自分のプレイヤーネームを指でダブルクリックすることでも可能なのだが、視線を動かすと名前も動いてしまうので意外と慣れるまでが面倒臭い。安易に音を立てられない場面や、状態異常の《沈黙》を食らっているときくらいにしか使われない方法なのだ。
消費アイテムの欄から、保存性の良い携帯食料を取り出す。一般の食品はあっという間に耐久度が減って腐ってしまうので、俺のお弁当は大概これだ。食品を時間制限無しで保たせる弁当箱のようなアイテムはあるものの、ばっちり高いのでまだまだかけだしの俺のサイフでは買えない。慢性的金欠じゃないか、と心の中で笑う。
「いただきまーす」
すでに手に携帯食料を持っているので手を合わせることが出来ないものの《いただきます》だけは一応言って大きく一口かじる。
「…………相変わらずびっくりするほど不味い」
見た目は分かりやすく言えば少し乾いた狐色の粘土だろうか。カロリーメイトくらいの味ならまだしも、味も完全に粘土である。噛んでも噛んでも飲み込めないあたりが、また食す人をげんなりさせる。しかし格安でかつお腹も膨れるのは確かなので、俺のサイフポイントと相談すればこれしかない。いつか、メリダになんとかして保ちの良いお弁当メニューを開発してもらうのが、今密かに企てている計画だ。
「…………しかし、実においしくない!」
この粘土、盛大に喚き散らして気を紛らさないととても食い切れたものではない。
と言って、景観はかなりのものなのだ。午後の鮮やかな日差し。朝に比べれば多少雲が増えたが、それでも文句無い好天であるし、雲も綿飴とマシュマロを同量足して二で割ったような形だ。エヴォルヴァースの一つ一つの地形のスケールのデカさはここでも遺憾無く発揮されていて、尾根から見下ろす一面の砂礫と岩のフィールドは、壮大と言えるほどの迫力を持って俺の視界に展開している。俺は不意に強大な感慨に囚われた。
「こんなの、《あっち》じゃ絶対に出来ないよな……」
たった一人、自分の足だけで遠出。照らす太陽の下、景色をおかずに(旨くないが)昼食。普通の奴にはなんてことないことであろうと、俺がどれだけ望んでも叶わないこと。
そのままだと自分がどんどん悲劇の主人公思想に飲み込まれていきそうだったので、俺は慌てて残りの携帯食という名の粘土を食べ切り、途方もなくリアルな不味さに汚れた口を皮の水筒で洗う。ちなみにこいつは弁当箱に比べ遙かに安い。というのも液体系は全般的に保ちがよく、真水に至ってはそもそも腐ることがないからだ。
俺はお尻の砂埃をはたき落とすと、昼メシを食う前と同じように関節を鳴らして伸びをした。一度軽いストレッチを行い――エヴォルヴァースでは本当にストレッチや準備体操が身体の動きに影響する――俺はスイッチを切り替えた。またランドハウンドが山ほど湧くエリアでレベル上げだ。
「おっしゃー、午後も元気に、ヴイっと行きますか!」俺が《あっち》の某栄養ドリンクのCMからアレンジした台詞を発音もハイクォリティーに叫んだときだった。
「残念だけど、あなたにそれは出来ないわ」
背後から俺の鼓膜を震わせた声。その声を、俺はそう遠くない昔に一度だけ聞いたことがあった。そしてそうと意識したときには、俺は激しく身体を硬直させながらも声の主から大きく飛び退っていた。
「お前は……」
俺よりも少し低いくらいの身長。腰まで届くかという、艶やかな茶色のストレート。鋭利で高圧的な印象を与えながらも整った顔立ち。深い矢車菊の金属で強化された上衣と、同系色のスカート。腰に差してある、すらりとした鞘に納められた直剣。肩を覆うプレートには、人間の頭蓋骨をモチーフにした禍々しい月が刻まれている。
「お前、なんで……? 何時の間に!?」
「あなたのレベルなら、そろそろここで狩りをしてるだろうと思ってね。でもまさか、探し始めて数時間もせずに見つけられるとは思わなかったわ」
くすり、とその女は唇をほころばせる。だがその笑顔に人間らしい温度は無い。
「だからって……いつ……?」
「だって、あなたは周りに一切気を配らずに騒ぎ散らしながらお昼してたでしょう? 気付かれずに近付くのが簡単過ぎたくらいよ」
俺は少しだけ恥ずかしさに悶えかけてから、素早く顔を引き締める。なぜなら、この目の前の直剣使いの女は。
「また俺を……殺そうってのか」
そう、こいつこそが、俺がこの世界にきてまだいくらもしないうちに俺をPKしようとし、突如現れたハラルドに撃退された女なのだ。ハラルドの圧倒的過ぎるパワーの前になすすべなくやられはしたものの、それでも装備の輝き、気配を消す技、なにより対峙したときの強烈なプレッシャーなど、強力なプレイヤーであることは間違いない。
「そう。あなたに恨みは無いんだけれどね……この世界から消えてもらうわ」
あいつが一切の淀みを感じさせずに、右手で鞘から剣を抜き放った。赤く透き通る刀身が、陽光を浴びて煌めく。
「お前は一体……誰なんだよ」
恐らく、あいつが直剣を一振りすれば、その瞬間俺の身体は泣き別れになるだろう。俺は少しでも時間を稼ごうと質問する。
「あぁ……最初にあなたをPKしようとしたときは、名乗る前にあの男が現れたんだったわね。私はカノ。《メモリー・ルーター》のカノよ」
「《メモリー・ルーター》のカノ……だと?」
あの日には聞かなかった名詞に俺は推測を巡らせる。メモリ・ルーターとは、奴の所属するギルド名なのだろうか。そうだとして、そのギルドは……PKギルド、なのだろうか?
「そんなギルド……聞いたことがない」
「あら、あの忌々しい男からは、何も聞いてないのね。……でも、これ以上わざわざ説明してあげる理由もメリットも無いわ。だって――」
そこでカノは言葉を切り、ポケットから何かを取り出し、赤い直剣を正中線にぴたりと構えた。
「あなたは、ここで全ての記憶を奪われるから」
直後、奴の左手のアイテムが輝いた。グリーンの光が一直線に俺へと突き刺さり俺を包み込むが、ダメージ感はなく、実際ゲージも現象していない。しかし、視界左上にサッとシステムメッセージが表示される。
【支援効果:《リライブ》】
「リライブだと!?」
リライブとは、プレイヤーが死亡した際に即座に復活させるメリットエフェクトだ。もちろんきっちり死亡をカウントするので、死亡罰則は避けられない。効果は絶大だが、一度のログイン中に三回死亡すればゲームオーバーとなるエヴォルヴァースにおいて、この上無く危険な支援として知られている。使えるのは高位の白魔導士などに限られるはずなのだが、奴はどう見たって剣士だ。あのアイテムのせいなのだろうが、こんな効果を発現するアイテムは聞いたことがない。
「《リライブ・ランプ》……簡単に使っていいものじゃないけれど、誰かを消すにはこの上なく便利」
何気なく放たれた《消す》という言葉に戦慄しながらも、俺は自分なりの推測をぶつける。
「ギルメンに……《錬金術師》がいるのか?」
「半分当たり、半分はずれ。でももうお喋りは終わりよ……」
カノの言葉に続いて、俺の耳、いや頭の中に《三人目》の声が聞こえた。
『そのままだと、お前死ぬけど?』
その瞬間、俺の脳裏にある映像がよぎった。真っ赤な閃光が俺の肩から脇腹へと駆け抜け、身体が容易く両断されるイメージ。
カノが直剣を引いたときには、俺はそのイメージに従い斬撃の予定軌道から必死に外れようと身体を動かしていた。
「死んで!」
既に身体は動いていたというのに――何という速さだろうか。
アクションスキルの補正を受けたカノの直剣は意識する暇もなく俺に肉迫し、《ステップ》を発動していた俺の左腕に食い込むと――あっさり切断した。身体の一部が切り離されたことにより、HPゲージが一瞬で7割も削られ、視界には部位欠損を伝えるシステムメッセージが表示される。あのヴィジョンを見てからの行動が数刹那でも遅れれば、俺の身体は泣き別れになっていただろう。この世界では痛覚が軽減されているはずなのに、激しい痺れと出血が止まらないような不快感が俺の脳を刺激する。
カノはそこでいったん動きを止めた。そのまま攻撃を続けていれば簡単に俺を殺せたはずなのに。その顔には、純粋な驚きが浮かんでいた。
「あなたは……今の、どうやって避けたの?」
その言葉を聞いてから、俺もようやくおかしいと感じた。あれは《先読み》なんていうレベルのシロモノじゃない。誰の声だったのか、あの現象はなんだったのかを考えたいが、そんなことにいつまでも気を取られる訳にもいかない。酷い不快感から意識を遠ざけようと必死になりながら、俺は離脱の方法を探る。
「避けられてない、けどな」
「狙ったポイントを外したのよ。避けられたも同然だわ……ありえない」
「日頃の行いが悪いんだろ?」
時間を稼ぎながら、辺りの風景から脱出路を懸命に探す。だだっ広く見通しのよいフィオスは、どこへゆこうと犬が出現する穴以外には隠れ場所もなく、足で逃げきるしかない。だが自分より遙かに格上の剣士相手にどうやって逃げ仰せられるというのか。
少し考えるそぶりを見せていたカノが再び剣を構えた。奴がASのファーストモーションを一瞬タメたとき、またしても俺の内部から鮮やかな映像が湧き上がった。
血赤色のライトエフェクトを纏った、疾風と見まがうばかりの重突進技。俺の皮膚と筋肉をあっさりと切り裂き、俺の心臓を破壊し、背中を突き破る。
「くぉっ…………」
俺はまた先刻と同じように《ステップ》を発動しようとしたのだがーー取り返しのつかない事実を忘れてしまっていた。左腕を欠損していた俺は、普段通りのバランス感覚で動けるはずもなくーーASはファンブルし、思い切り体勢を崩してしまっていた。
「セイッ!」
気合いと共に突き出された神速の刃は防げる筈もなく、俺の身体に深々と刺さり、貫通した。体の芯から止めどなく何かが流れ出ていく感覚。HPゲージが一瞬で真っ白になり、端から一気に削れ、ゼロになる。英字のシステムメッセージ。
【You Are Dead.】
この身体が死んだ、ということ。俺は言いようの無い不安に襲われた。エヴォルヴァースの地を踏んで以来、俺のHPがゼロになったことはなかったからだ。どれだけ運動命令を発しても倒れ伏して動かない身体が、俺を縛る独房のように思える。
だがあっと言う間にその感覚は消え去った。《リライブ》の効果が発動し、視界の支援アイコンがグリーンの光を放って消え、続いて俺の身体が同色の光に包まれる。HPが全回復し、身体感覚が再接続される。斬られた左腕も元通りだ。デスペナルティをきっちり食らって経験値やスキル熟練度が減少しているだろうが、今はそんなことに構っている場合ではない。俺は飛び起きて再び敵と向き合った。
奴の攻撃は一発一発が致死の威力を持っている。かわせなければ俺の負けだが、スピードも奴が遙かに上だ。なんとか足止めか、目眩ましの一撃を当てて逃げる、俺が生き残るにはそれしかない。
カノがまたリライブ・ランプを発動させ、剣を構えた。俺が必死に気配を読むべく奴の目を注視すると、またも俺の目に《未来予測のヴィジョン》が見えた。さっきと全く同じ、烈風のごとき突進。
「今だっ!」
今度はもう、タイミングが完全に分かる。俺は奴の初動と共に左へステップを発動した。そのときにはカノは既に俺の1.5メートル程前まで来ていたが、いかに速い攻撃でもタイミングが分かれば致命傷にはならない。あいつの直剣は俺の右腕をぎりぎりかすめ――これだけでHPが1割弱割減った――何もない空を貫いた。俺もステップの発動でごく短い硬直を課せられているが、カノの攻撃が避けられないわけではないことが分かり、俺はやった! と心の中で快哉を叫んだ。――その直後。
「詰めが甘いわ」
俺の目に浮かんだヴィジョンに反応する余裕もなかった。
首筋になにか冷たいものを感じた次の瞬間、俺の視界がぐるり、と回転し、加速して猛烈な勢いで地面へとダイブした。9割以上あったHPが、ゼロになっているのが見えた。【You Are Dead.】のシステムメッセージが現れてから、リライブの光が俺を復活させる段階でようやく、カノが繰り出したのが連続技であり、俺は自分が首を落とされたことを悟った。回復して起き直る俺にカノが言う。
「あと、一太刀」
あまりに遅まきながら、俺はようやく自分が死の1ミリ手前にいることを理解した。
ASでは、避けられない。
俺はまずそう判断した。硬直を伴う単発の《ステップ》では、連続技に対抗できない。
俺はポーチを探ると、お守り代わりに持っていた一つのボールを掴んだ。投擲アイテムの中で最安クラスのアイテムだが、今俺が使えるものでこの状況を打破して離脱出来るものがあるとすればこれしか無い。
《泥丸》。それが、このボールの名前だ。敵に当たると、真っ黒な泥を派手に撒き散らす。この泥には低レベル低確率ながらも《暗闇》の追加効果が秘められており、相手の目に当たることで短い間何も見えなくすることが出来る。
もっとも、アイテムやマジックスペルによる治療が可能な上、ステータス異常に少しでも耐性があったり、標的のレベルが高すぎれば失敗の可能性が跳ね上がる。現在の状況でカノを足止めして逃げきれる可能性は、本当に誇張的表現抜きで1パーセントもないだろう。それでも俺はこの一弾に賭けるしかない。
カノが朱い直剣を下段に構えた。リライブ・ランプはもう使う必要が無い。ここで俺が死ねば強制的にゲームオーバーとなり、知識や歩き方など意味記憶や手続き記憶を除いた全エピソード記憶、すなわち思い出を失うからだ。
怖い。怖くないはずが無い。自分が誰だったのかを忘れ、何も判らぬままにあのベッドの上で目覚めるのだ。自分の知らない欠損をその身体に抱えて。怖いに決まっている。しかも目覚めた俺はもう俺ではないのだ。今ここで99パーセント以上、俺は死の世界にいる。それがたまらなく恐ろしい。絶望が、闇という名の色彩を持って眼前に広がる。
泥丸を握ったまま、ふっと立ち尽くしそうになった、そのときだった。
俺は強烈に疑問を抱いた。
自身の死を前にした本能が、最後の最後まで考えるということをしなかった脳味噌を、少しは働けとばかりにこんっと殴りつけたようだった。
なんで、あいつは殺さなきゃならないんだ?
なんで、その標的が俺なんだ?
俺が死んで、あいつになんのメリットがある?
恨みも無いのに殺すからには、何かメリットがあるのだ。あいつの口振りでは、プレイヤーをこのエヴォルヴァースから退場させるのは初めてではないようだ。俺のレベルでは、ドロップアイテムも金も大したものじゃない。リライブを発動させるアイテムなどというたいそうな物を二回も使ってまで、俺を、プレイヤーを殺そうとする理由は何だ? このまま訳も判らず、ハイそうですかと殺されていいのか?
「死ねない……」
そうだ、死ねない。俺や、他のプレイヤーの記憶を全て刈り取るような真似を平気でする奴の餌食になどなれない。なぜならここでの俺、ソーウィルは、現実の宮間夏梓がどれだけ望んでも絶対に出来ないことが出来るから。
氷の彫像ような顔を傾げるカノを全力で睨みつける。
「まだ、この世界に、歩いたことのない場所が山ほどあるからな……」
ソーウィルは、歩ける。走れる。跳べる。両足が《生まれつき動かない》(傍点)宮間夏梓が、どれだけ望んでも出来ないことができる。
自分を気遣う誰にも迷惑をかけず、自分の望みを満たしてくれるこのアバターだけが、俺の救いなのだ。
「お前なんかに、そう易々と行く手を塞がれる訳にはいかねえんだよ!!」
最後の言葉くらいは、というつもりで聞いていたのであろうカノが、面白くなさそうに唇を真一文字に引いた。そして、俺の頭の中には、もう一人。
『しばらく聴いてりゃ……それなりに面白そうな欲望じゃねえか。オレも全力で助太刀してやるぜ』
またしても聞こえた三人目の声ーー俺はそれが誰のものなのか、もう分かっていた。初めてこの世界に迷い込んだときに出会った、俺のパートナーを名乗っていた男。口の中で、そっとその名を呟く。
「出てくるのが遅いんだよ。《ロキ》」
『そう言うなって。ようやく面白くなってきたんじゃねえかよ……ほら、くるぜ。オレの力、存分に使いな』
脳裏に、カノの行動予測が浮かんだ。ASの流れが完全に読める。レーザーのような鋭い五連撃。ステップで避ければたちまち2発目以降に切り刻まれるだろうが、全く問題ない。多分、ロキが目覚めたことで、俺の能力はレベル差を大きく埋めるほどに強化されている。根拠も無いしステータスも開けないが、体を巡り始めた熱い波から、俺はそう確信した。
「いい加減終わりよ!」
カノが走り込みながら蛇のような剣尖を下から突き上げた。うなるライトエフェクトが俺の下腹部ぎりぎりに迫りーー一瞬で左にスライドした俺の横を駆け抜けた。続いての攻撃は左斜め斬り降ろし。さっきまでと比べて格段に遅く見える刃を、俺は余裕を持って飛び退き対処した。同じ軌道をテニスのフォアのように戻る斬り上げを入り身で避ける。次にくる水平斬りは、後ろを取った俺には最早当てようが無い。しかしカノも流石にそこでは終わらない。
「食らえ!」
なんと回転斬りの要領で、身体の向きを180度回して水平斬りの射程に俺を捕らえる。
「うお!」
だがあくまで予測済みの動きだ。一度深く沈んで、全力でバックジャンプ。
最後のミサイルのような中段突きは、紙一重で俺には届かない。
ついに、カノはコンマ数秒の技後硬直に囚われてしまった。
『さあ、今だぜ!』
「らあああああああああああああああああ!!」
俺は、手に持った泥丸を外しようの無い位置から力一杯カノの顔めがけてブン投げた。野球ボールより二周り小さなボールは、カノの額に着弾するとーー
目も眩む閃光と大音響と共に爆発した。
「えっ!?」
「ぐっ……」
ダメージ判定がそもそも無いはずの泥丸だというのに、カノのHPが一割程も減少している。さらには、奴のカーソルに各種ステータス異常を示すサインも。《暗闇》、《麻痺》、《混乱》。とても市販の安物アイテムの性能ではない。ということはつまりーー
『トリックスターロキ様の出血大サービスだ! この状態異常は全部レベル10。最高位の白魔がいなきゃ、制限時間終わるまで解除できねー。こうなりゃ、お前のやるこたあ分かってんだろうなぁ!?』
俺は最大限に唇をにんまり歪めた。
「ああ、サンキューロキ! 俺がやるべきことは……」
「全力で逃げる!」
『全力で逃げろ!』
俺はロキに強化された脚力で、文字通り脱兎、逃げるウサギの如く全力でフィオスの尾根を下り始めた。
《次回対一章完結》




