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EVOLVERSE FANTASY  作者: 交差化 道也
対章1
20/22


 皿一杯に盛られたシチューが完全に俺たちの腹の中へ消えたとき、声を立てる者は誰もいなかった。食えば食うほどにびりびりと効いてくる辛さ、そしてその辛さに消されない旨さが神経を白熱させ、最終的には、俺たちはある種のエクスタシーに達していたのかもしれない。

 そのままだと俺は何時間でもほけっと居酒屋の天井を見上げていただろう。波が引くように正気にかえったハラルドが、酔いざましのキンキンに冷えた林檎水を呷ってため息をつく。両手を上げてメリダに降伏する。

「完敗だよメリダ……こんな料理を作れるなんてね……」

 沈黙を破ったその言葉で、ようやく俺も放心状態から醒めた。慌てて俺もハラルドの真似をして林檎水を一気飲みする。熱感と痛みで過敏になっている舌を怜悧な甘さが一瞬だけ包み、俊敏な動きで氷温まで冷やされた液体のトパーズが喉から食道を通って駆け降りる。電光のような速さで冷気が伝わるその感覚は、身体中の細胞が一つ一つ洗い直されていくかのようだ。喉の奥と頭蓋の内部に響くアイスクリーム頭痛(歴とした正式名称だ)すら今は朦朧とした意識の立て直しに一役買っている。もう一杯今度は冷水を呷る。

「どうだったソーウィル君、《発火のシチュー》の味は?」

「う……うまかったです…………でもあんな辛いシチューは食べたことがないですよ。その、手に入った食材ってのは何だったんです?」

 メリダは形のよい唇に少女のごとき笑みを乗せて答えた。

「《ラヴァ・ペレグリーンの爪》。ずっと北の火山地帯に生息する高レベルモンスターが落とす、滅多に手に入らない激辛食材よ。粉末にするのが一般的だけど、そのままで食べたときの辛さときたら、野外フィールドならHPが減るレベルなんだから! 一応あんたたちの皿にはパウダーのほかに八分の一欠け入れておいたんだけど、気付いた?」

 となりではハラルドがすぐにコクンと頷いた。だが俺は正直なところ、辛過ぎるシチューの辛さと旨さに圧倒されていて、一つ一つの謎食材を気にする余裕など無かったのだ。

「あはは、分かんなかったか。そうそう食べられるシロモノじゃないからね、次出会ったときはしっかり味を覚えておくんだよ」

 ここまで辛いのは次出会ったとしても食うのに勇気がいるな、という思いを抱き、格安の代金を払ってから俺とハラルドは店を出た。早起きしたというのに、思いがけず時間が経ってしまっていた。再びエリアル=ロードに乗り込み、鉄と油臭い、短い空の旅を楽しみながら商業街へと戻る。ハトルグリームス以外の町に移動するための飛行ユニットはあるにはあるが、テレポート的手段も存在するエヴォルヴァースではやや優先度が低い。

 上空からみれば、まさしく足の踏み場もないほどにごちゃごちゃした商業街の中にオアシスのように点在する駅。そのなかでもっとも城門に近い一つに、俺たちの機体は到着した。ハラルドはひとつ大きく伸びをすると、俺に言った。

「うーん、ソーウィルはこれからMob狩りか……遅くならないようにね」

 行きでも日没までに帰ってこいと言われたのを思い出して、俺は思わず問いかける。

「ハラルド。遅くならないようにとか、日が沈む前には帰ってこいとか、今日の夜はなんかあるのか?」

 ハラルドはそこで口ごもった。普段の奴ならまたしょうもない詭弁で俺を封殺するはずなのに、今日はなんだか様子がおかしい。

「なあ、ハラル――」

 だが俺が珍しくも心配して言う台詞がまだ出だしのうちに、ハラルドは元の調子を取り戻していた。

「いや、バレちゃったならしょうがないな。本当は、君にレア装備のプレゼントをしようと思ってたんだ」

 《レア装備》の四文字に、俺の身体がピクリと震えた。

「……なんだと? なんでそんな急に」

「ほら、今日の夜、君を救出してから内部時間で五〇〇時間だろう? 記念としてのサプライズだったんだけどなあ…………バレてしまったからにはサプライズにならないしなあ。また今度良い記念のタイミングを見ることにするよ」

 その言葉に、俺は全力で抗議にかかる。なんだかんだで俺の装備品は同レベル帯の奴らの平均よりやや上程度なのだ。体術と投擲がメインという、もともとの火力に欠ける俺のネタのようなビルドでは、少しでも武器やアクセサリによる底上げを切望しながらのレベル上げになってしまっているというのに。

「ハラルド貴様……………………なぜ今渡さない!? Mob狩りなんだぞ!? 攻撃力が上がれば効率も良くなる!」

 俺の必死の抗弁に、ハラルドはこともなげに言う。

「記念だし、サプライズなんだよ? そんな無機質で無粋な渡し方をしたらプレゼントする意味がないじゃないか」

 無機質・無粋大いに結構、さっさと渡しやがれいや渡してください、と喚く俺を柳に風と受け流し、ハラルドはよく通る歯切れのいい音で手をパンッと鳴らした。あいつ流の「話はこれで終わりだ」の合図。

「じゃあ、僕はもう行くよ。レベル上がるといいね、行ってらっしゃい。気をつけて」

 俺が呼び止める暇も隙も与えずに、颯爽と――憎たらしいほど爽やかにハラルドはその場を去っていった。人混みに紛れたかと思うと、次の一瞬にはもう姿を消している。一人ぽつんと残された俺は、木偶のように立ち止まっているのが何となく恥ずかしく、バカらしく思えて、巨大な《鋼岩ハガネイワの門》目指して歩き出した。フィオスは多少遠い。無駄にした時間を取り戻すべく、俺は次第にその速度を上げ、やがて頬に風が当たるくらいの速さで走っていた。今日の気候設定はありふれた晴れの空だったが、どことなく空気が湿っているような気がした。


 ひたすら南東へと足を進め、フィオス丘陵にたどり着いたのは午前十時。俺は前もって入手していたマップデータで安全地帯と湧きの良いポイントを確認して、軽い山道を登った。傾斜は大したこと無いが、重いローブを着込んだ魔法使いならば辛いかもしれない。山肌は草木に乏しく、地面は赤みがかった砂礫が覆っている。谷の腹には幾つもの小さな穴があって、そこから無数の四足Mobが湧出ポップする。このフィールドはそれなりにレベル上げに適しているために他のプレイヤーもいるのだが、何せエヴォルヴァースの地形は大きい上に湧出ポイントもいくつもあるので、まず他人と狩場の奪い合いは起こらない。俺も無数の浅い谷のうち、誰もいない一つを見つけ出した。

 ヴォイスコマンドでメニューを呼び、武装の再チェック。昨日ハラルドに作ってもらった《オーガフィスト》もしっかり俺の両拳に頼もしい重さを与えている。

「それじゃ、行くとするか」

 ジャリッ!

 鋲が打たれた丈夫な靴で強く足下の小石を蹴り、俺は既に数体のケモノが蠢く浅い谷の底へとまっしぐらに突撃した。頬を強く風が打つ。最初のターゲットまで、あと二〇メートル。俺が|あえて(傍点)立てていた強い足音と振動に、一体の四足獣――ランドハウンドが頭を持ち上げる。他の個体の索敵範囲外ぎりぎりでの行動。事前のデータはしっかり頭に入っている。

「バウッ!」

 鋭く一声吠えた犬が、素晴らしい跳躍力でこちらへ飛びかかってきた。相手はとにかく良く湧く雑魚なので、食らっても大したダメージは無い。だがディレイやダウンを受けてしまっては他の個体からも連続攻撃を貰って手も足も出ないことになる。俺は犬の着地地点を予想し、すぐ後ろを取れる位置へと《ステップ》で回避した。標的を失った犬が着地と同時にブレーキをかけるが、その動きはいかにも悪手だ。

 俺は手加減無しの蹴り上げで犬を浮かせると、四連続技《クアッドスラスター》を発動させた。まずは新武器の攻撃力を試そうと思ったのだが、ハラルドのスキル補正を受けたオーガフィストは意外にも高い攻撃力を持っていて、最初の蹴りと合わせて、フィニッシュのミドルキックを待たずに三発目の拳打でHPをきっかり全て喰らい尽くしてしまう。

「これは…………いける! サンキューハラルド!」

 一体目の断末魔に呼応して、ようやく他のランドハウンドたちが俺を鋭く睨みつける。だが、連続技のワンセットで落とせると分かった以上、油断さえしなければ全く問題ない。

「うぉらぁっ!」

 手近な一体に飛びつき、力任せに薙ぎ倒す。それを狙って跳躍した一体を《クアッドスラスター》で粉砕する。後ろから爪を振り上げる一体を#マトリックス避け#(傍点)。勢いを殺さずに手をつき、威力の低い体術スキルの全方位足払い、《壱式旋風脚イチシキセンプウキャク》を発動して周りを囲んだ数体を吹き飛ばす。この技は吹っ飛ばし効果が高い技ではあるが、こうも見事に決まるのはやはりレベル差と、相手が相当に軽いことが影響している。これが骨鎧で武装した同レベル帯のオーガフォックスだったら、こうは上手くいかないだろう。

 モンスターの爆砕音が着実に一体分ずつ響き、代わりに減った分だけ岩穴から新たな哮り声が上がる。俺のHPは一向に減ること無く、体がただただ拳打と蹴撃を見舞うメカのように動いていく。時折巻き上げられる埃で装備があっという間に汚れていったが、俺はそんなことには全く頓着せず、確かなペースでランドハウンドを戦闘本能のままに倒していった。

はれて受験生となってしまったので、今後もごくゆっくりの更新になってしまいますが、なにとぞ生暖かにお見守りください。

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