銀の君[第二章]
いつも感想や評価などありがとうございます。本当にいつも書く元気がでます。続けられているのは読んでくださっている方がいるからだと思います。
――少し久しぶりの日記であるな。理由は明瞭だ。平穏だったというだけである。
だが、エミリオ少年のいない学院での初日である今日、少しばかり苛立つことがあったのだ。
けれど、周囲に心配をかけてもよいという理由にはならぬ。
(私の顔がいつもと違うのか、家族にも執事にもメイドのみなにも心配されてしまった)
故に、ここに吐き出そう。
新学期初日のことである。皇国から留学生が来たのだ。それは別にいい。その銀髪少年が皇の王族、皇族の人間であることも別にそれほど問題ではない。
名はトゥルエ・イース・リエンナスチというそうだが。
(皇の名前は長ったらしい。どうせ皇族だからこれでも略称なんだろうが)
面倒くさい。……銀髪少年、毛皮少年、そうだ! もふもふ少年と名付けてやろう!!
(皇国は伝統的に毛皮を纏う習慣があるし、少年ももれなく白い毛皮を身に着けていた)
酷い渾名と思うかね? それが全く相手に悪いという気持がわかない程には、もふもふ少年はしでかしてくれたのだ。
――時は、今日の午前中にまで遡る。講堂に銀髪の少年が講師に伴われ入ってきたその時に。
私ともふもふ少年は勿論初対面であった。そこで少年は名乗りもせず『なぜ女が斯様な場所にいる?』と言い『お前の様なものを出す気が知れぬ』と言葉を続けたのだ。
皇語で少年は言ったので、同級の生徒でも理解できる少数の人間と講師のみ顔色が一瞬で変わった。(……隣にいたクレア嬢は視界には入らなかったが、隣にいる私が逃げたくなるような雰囲気が漂っていた)
私は少年に怪訝に、可笑しなものを見るかのような目で見られた。そして呆気にとられている内に大きな布――少年の毛皮を頭から被せられ、さらには手をつかまれ、あわや誘拐という大事になってしまったのだ。
(……弁明はしない。油断大敵、私の修行不足である)
「お待ちください!!」
一触即発の緊張状態。それを打ち破ったのは、もふもふ少年の護衛の青年だった。青年は私と少年の間に身体を割り込んだ。そして両膝を床に着け、頭をたれる。――弁明を聞かず断罪することの出来ぬ、皇国の最上級の謝罪の方法だった。
「……話を聞きましょう」
(おかげで、どう反撃してやろうかと動かした手を下げねばならなかった。さすがは皇族につけられた護衛というべきか)
――そもそも何故こんなことになったのか。
「大変失礼なことをし、申し訳ございません。ですがトゥルエ様には、その、悪気があったわけではないのす。皇国であれば、全く不思議なことではないのです」
護衛の青年は戸惑うような、まるで眩しいものでも見るかのような目線をアリアに向けながら話し出した。
「皇国、いえ血盟は王国とまるで違うのです」
――青年の話を要約してここに記そう。
血盟は簡単に言えば略奪の歴史でできている。強いものが生き残り弱者は虐げられる。昔は馬と生き、そしてたくさんの集落があったというが、他者のものを奪い、奪われ血が一つになるまで争いは続いた。いまある皇の血は最も強くあった者の流れを汲む。
そんな国だったからだろう。いつ大事なものが他者に奪われるかわからない国の価値観は王の国とはかなり違うのだ。
美しきものは奥へと隠し、何者にも見せず掌中の珠とする。故に貴人の息女は邸の外へ出ることは嫁ぎ先へと向かうただ一日のみという。
そして奥方は嫁ぎ先の奥の奥に、何人の目にも触れぬようにと仕舞いこまれる。そしてそれが皇の大切にするということなのだという。
「ですから、皇国では貴女の様な方は、決して外に出さず守らなければならない存在なのです。争いの対象となってしまう為に」
――つまりだ、あのもふもふ少年は私を世間知らずの無防備な雛鳥、捕食者に狩られるのみの存在と思われたようでな、なぜこの様な見目の良い少女を外に放置しているのだ!! と保護してくれようとしたらしい。
簡潔にのべよう、私は喧嘩を売られたということである。うむ、はっはっは! 分かった! その喧嘩受けてたつ!!
護衛の青年が言葉を重ねるなか、少年はただ無言で立っていた。王国語が分からず、ただ青年の“謝罪”の為に自分が何かをしてしまったことはわかっているようだった。
心を落ち着かせ静かに話す。皇の言葉で。戸惑う少年の目を見据える。
『皇国は女性は外にでず家にいるもの、なのですよね?』
『……そうだ。貴き身ならば家の最も奥にいるものだ。剣誓は違うのか?』
この様な若輩の少年に喧嘩を売られても苛立つことはない。大人気ないというものだ。だがここまでの非礼、簡単に許すのも相手の為にならない。だから。
『我が国は女性を無力なものと考えておらぬのです』
だから本質を突いてやる。
貴様の国とは違うのだ。
そして貴様は。
『貴殿はその文化の違いを学びに来たのではありませんか?』