第5話
ガゼボでは一足先についたヘロスがティーセットを置き、慣れた手つきでお茶の支度を始める。当然のように二人分、用意されているお茶に少し苦笑して静馬は頭を下げた。
「はい、ご相伴に預からせていただきます」
「ん、じゃあ適当にかけて、シズマ」
「いえ、自分は立ったままで――」
「いいから、シズマ。この場に人目はないわ。崩して構わないから」
アウレリアーナは明るく笑って告げる。砕けた遠慮のない笑みに少し迷い、ヘロスの方を見る。彼はカップを用意しながら静馬に視線を返すと、微笑んで小さく頷いた。
それに後押しされ、静馬は椅子に腰を下ろす。彼女も椅子に腰を下ろすと、早速待ちきれないように軽く身を乗り出して静馬に語り掛ける。
「それで――シズマ、貴方の剣は東方由来なのよね?」
「え、ええ……楊心流剣術で皆伝をいただいています」
勢いに押されながら静馬が答えると、アウレリアーナは目を輝かせて頷いた。
「皆伝……! なるほど、手も足も出なかったのも納得ね……」
「いえ、そんな……殿下が弱いわけではございませんよ」
「でも、私の剣は真っ直ぐ過ぎると言ったじゃない」
「……それは事実、ですが……」
思わず口ごもると、ふと目の前にティーカップが置かれた。視線を上げると、ヘロスがにこりと微笑みながら静馬に声をかける。
「正直に話してあげてください。ここで非礼を気にする者は誰一人としていませんから。ですよね? アウレリアーナ」
「ええ、剣士である貴方の忌憚ない意見を聞かせて欲しいわ」
真っ直ぐな視線と共に放たれた『剣士』という言葉。それが静馬の胸の奥に響き、温かく伝わってくる。思わず表情を緩め、静馬は頷いた。
「……分かりました。ただ実際、殿下はお強い一面もお持ちです」
「……そうなの?」
「ええ、あの苛烈な攻め手はかなり厄介です。しかも一撃一撃はかなりの重さがある。自分も最初はかなり押し込まれました。並大抵の剣の腕なら、反撃の隙を見出せないでしょう。それはかなりの長所だと思います」
「でも、貴方は捌き切ったわよね」
「ええ。これは剣術の相性もあると思いますが、一番の要因は殿下の剣筋が読みやすかったことだと思います。だからこそ、対処しやすかった」
「……なるほど」
「それに殿下は後半、かなり剣筋が粗くなっていました。恐らく体力切れだと思いますが」
「そうね……確かに体力を切らして雑な攻めになってしまったわ。あそこまで打ち合う経験はお師匠様との手合わせ以外はなかったし」
少し考え込むアウレリアーナを見つめながら、静馬は紅茶を口に運ぶ。少し渋みが強い茶で唇を湿らせると、考え込んでいた彼女は視線を上げて訊ねる。
「そうなると、もう少し私はフェイントとか覚えた方がいいのかしら」
「それは自分には分かりませんが」
静馬は言葉を切ると、アウレリアーナの目を見る。その真紅の瞳は相変わらず真っ直ぐに静馬の目を見ている。その眼光が揺れることは、一切ない。
自然と言葉が突いて出てきた。
「……フェイントは、殿下らしくない技術かと」
「……私らしくない?」
その言葉にきょとんと聞き返すアウレリアーナ。静馬は思わず口を噤み、苦笑をこぼして首を振った。
「すみません、知ったような口を聞きました。今日、殿下と出会ったばかりだというのに」
「……静馬くん、良ければそう思った理由を話してくれますか?」
そこで口を差し挟んだのはヘロスだった。視線を向ければ、彼は真っ直ぐな視線で静馬を見つめていた。アウレリアーナも頷いて促してくる。
「お願い、シズマ。続けて。不敬などとは絶対に言わないから」
二人からそう言われれば話さざるを得ない。静馬は不承不承口を開く。
「……殿下の剣は、とても真っ直ぐだったからです。どこまでも真正面から相手を討ち倒そうとする純粋な剣で――フェイントのような小手先技は、向いてなさそうに見えたんです」
その言葉にアウレリアーナは息を呑み、ヘロスは柔らかく目を細めた。
「静馬くんの指摘は正鵠を得ていますね。初見でそれを看破するとは。実際、彼女にフェイントを教えましたが、物にできているとは言えません」
「簡単な技術らしいのだけど……正直、しっくりこなくて」
「恐れ多くも申し上げますと、殿下には不向きの技術だと思います」
「そうかしら? あと、恐れ多く感じる必要もないわよ。堅苦しいのは結構だから、貴方の考えをどんどん伝えてくれるかしら」
アウレリアーナは楽しげな口調で言いながら目を細める。気分を害した様子もなく、静馬の言葉を受け止めてくれている。
(……殿上人とは思えない方だな……)
畏まろうとしてもその間合いを容易く詰めてきて、調子が狂いそうになる。
だが、嫌いではない。むしろ、静馬は彼女のそういうところを好ましく思い始めていた。
「――ではお言葉に甘えて、ご指摘させていただきますか」
「ええ、よろしくお願いするわ。シズマ」
アウレリアーナの微笑みに釣られて、静馬はいつの間にか笑顔をこぼしていた。
◇
「――静馬くん、アウレリアーナ、そろそろ良い時間ですよ」
静かに差し挟まれたヘロスの声に我に返る。ヘロスの方を振り返ると、視界に茜色の空が目に入ってきた。
(もう、日暮れか……?)
にわかに信じられない。だが考えてみると、アウレリアーナと長い時間、話し込んでいた気がする。彼女と繰り広げる剣術談義は留まることを知らず、いつの間にか時間を忘れてしまっていたらしい。
アウレリアーナは空を見て目を細めると、残念そうに吐息をこぼした。
「……楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまうわね」
「すみません、殿下。お時間をいただいてしまって」
「ううん、私が話をお願いしたもの。おかげで有意義な時間だった」
でも、と彼女は名残惜しそうにじっと静馬の目を見つめてくる。その真紅の瞳は微かに揺れていて、熱を帯びているような気がして。
とくん、と微かに静馬の胸の奥が疼き、息が詰まりそうになる。
束の間の見つめ合い。やがて、彼女は唇を開き、小さな声で告げる。
「……惜しいわね。シズマ。それだけの実力である貴方が地方に埋もれているのは」
その言葉と共に庭園に風が吹いた。柔らかい風に彼女は長い髪をなびかせながら、視線を逸らすことなく静馬を見つめて告げた。
「――シズマ、私の騎士にならない?」
一瞬、世界から音が消えた気がした。
静馬は思わず目を見開く。咄嗟に言葉を返そうとしたが、驚きのあまり言葉が生まれなかった。やがて彼は絞り出すような声で訊ねる。
「……冗談、ですよね?」
「まさか。本気も本気よ。貴方の剣の腕前は充分に見せてもらったわ」
アウレリアーナの眼差しは一切揺るがなかった。冗談ではなく本気に言っていることが分かる。微かに目を細めて彼女は言葉を続ける。
「そして、私も貴方の剣を通じて貴方を少し知った。柔軟に変幻するけど、芯があって揺るがない真っ直ぐな刃に感じたわ。そんな貴方を私は好ましく思った。傍に欲しいと思ったの――それが理由では不充分かしら」
はっきりとした言葉に静馬は思わず気圧され、口を噤んでしまう。
思わぬ言葉の連続で心が乱れていた。気持ちの整理がつかず、だけどアウレリアーナの瞳から目を逸らすことができない。どう答えるべきなのだろうか――。
「――アウレリアーナ、ここで答えを出すのは早急でしょう」
その硬直を解いたのは、ヘロスの柔らかい声だった。ぽん、と静馬の肩に手を置いた彼は静馬を見やりながら訊ねる。
「静馬くん、まだこの王都には滞在しますよね?」
「え、ええ……」
「結構。泊まる場所は騎士団で手配しています。そこに案内させましょう。そこでアウレリアーナが口にしたことをじっくり考えてみてください。答えは急かしません――ですよね? アウレリアーナ」
「ええ、そうね……ごめんなさい、急な申し出だったわね」
アウレリアーナはすまなそうに眉を寄せ、椅子から腰を上げる。いえ、と静馬も首を振りながら腰を上げた。
「すみません、すぐに答えを出せずに」
「無理もないわ。気が済むまで考えて頂戴――いつまで王都に滞在するの?」
「今日を入れて五日間です。グノーシス将軍が気を遣って長く期間を設けてくれたので」
「そうなの。なら王都もゆっくり楽しむといいわ」
はい、と静馬は思いながらも少し内心で苦笑を浮かべる。
(だが、のんびり楽しめる余裕はなくなったな……)
彼女の発した言葉はまるで刃のように真っ直ぐ胸の奥に突き刺さり、今もまだ熱を持っている。それにどんな答えを出すか考えなければならない――。
そう思うと、小さくため息がこぼれそうになるのであった。




