第4話
唐突の乱入者に静馬は思わず目を見開いた。
技の集中で周りに意識を割いておらず、その乱入はまさに不意打ち。このままだと、無関係の人間を斬ってしまう。
だが、放たれた一撃は止まらない。
(く、そ、があああああああッ!)
内心の絶叫と共に、腕の軌道を強引に捻じ曲げる。太刀筋は逸れ、影を避けて地面に突き立った。轟音と共に刃が地面に突き刺さり、地面が大きく割れる。
間一髪、だった。
静馬は荒々しい吐息をこぼしながら顔を上げると、目の前の人影は女騎士を庇うように立っていた。静馬の視線に気づくと、彼は苦笑いをこぼす。
「……いやぁ、静馬くん、なかなかの刃です……さすがに、冷汗をかきました」
「……ヘロス、将軍……」
「ですが、ここで君の刃でこの方を傷つけさせるわけにはいきません」
そう告げたヘロスは呆れた表情で振り返り、体勢を崩して倒れている女騎士を見る。女騎士はばつが悪そうな表情で顔を背けていた。
「……ごめんなさい。お師匠様」
「謝るなら静馬くんに謝りなさい。全くお転婆な弟子ですよ」
ヘロスはそう言いながら女騎士に手を差し伸べる。その手を掴んで立ち上がる彼女を軽く見ながら静馬はヘロスに訊ねる。
「この方はヘロス将軍のお弟子なのですか」
「ええ、ちなみに静馬くん、この子の剣の腕前をどう思いますか?」
「よく鍛えられていると思います、が……」
静馬は言葉尻を濁すと、ヘロスはにこりと微笑んで静馬を振り返って言う。
「容赦なく言ってください。この子のためになりませんから」
「……では、申し上げますが」
視線を女騎士に向ける。静馬の視線が真紅の瞳にぶつかる。吸い込まれそうになるほど、真っ直ぐな目つきを見つめ返し、静馬は言葉を続けた。
「貴女の剣は真っ直ぐで苛烈だが、それ故に先が読みやすい。そして、フェイントにも容易く引っ掛かる。ある程度の実力なら苛烈な攻め手で押し切れるでしょうが、剣を本格的に学んだ人間なら容易く受けられてしまう――詰めが甘い剣でしょう」
「……っ、痛烈な指摘ね……」
女騎士は表情を引きつらせるのを、静馬は軽く肩を竦めて答えた。
「それは申し訳ない。あくまでこれは自分の主観なので、気になさらず」
「……ううん、構わないわ。いい指摘に感謝するわ」
「どういたしまして。それで――この非礼をいつ詫びていただけるのかな?」
静馬はため息をこぼしながら太刀を地面から引き抜き、目に力を込めて女騎士を睨みつけた。不興を隠さず、はっきりと声色に載せて告げる。
「ヘロス将軍の弟子とはいえ、背後からの抜剣、奇襲――斬り捨てられても文句が言えない蛮行だと思うのだが?」
「そうですよ。アウレリアーナ。きちんと名乗り、彼に非礼を詫びなさい」
ヘロスは重ねて告げる。静馬はそれを聞き、はて、と思わず眉を寄せる。
(アウレリアーナ……?)
聞き覚えのある名前だ。三秒考え、すぐに思い出す。
確か、三人いる王女の一人が確かそんな名前だったはずだ。剣術が達者であり、ヘロス将軍を師事しているという――。
(って、まさか――)
思わず目を見開いて目の前の女騎士を見る。彼女は土埃を払って静馬の前に立ち、ほんのわずかに眉を寄せて告げる。
「確かにかなりの非礼を働いたわ。でも言い訳させてもらうと、ヘロス将軍に評価される貴方なら防げると思っていたのよ。では改めて名乗らせていただくわ」
こほん、と咳払いを一つすると、彼女は微笑みを浮かべて告げた。
「私の名前はアウレリアーナ・フォン・モーゼル・ウェルネス――この国の第六王女よ」
その言葉と共に彼女は掌に拳を当てて、騎士式の拝礼をする。
その礼はどの騎士よりも気迫を帯びて立派に見えた。
◇
中庭の立ち合いは、さすがに騎士や女官たちの目についたようだ。
軽い騒ぎになりかけていたので、静馬たちはその場を離れ、アウレリアーナの案内で落ち着いたところに向かいつつその途中で彼女は静馬の事情を話してくれた。
曰く、彼が王都に呼び出されたのは、アウレリアーナの差し金だったという。
ヘロスが雑談で口にした静馬の評判に彼女は興味を持ち、ヘロスと第一軍のアルバレア将軍に協力を要請し、王都に呼び出したのだ。本来ならば中庭で待ち合わせ、ヘロス立ち合いの元、静馬とアウレリアーナはそこで言葉を交わし合う予定だった。
だが、直前になってアウレリアーナの剣士としての心が疼いた。
ヘロスが認める剣士の腕前は、一体どのようなものなのだろうか。
その好奇心が赴くまま、彼女は素直に待たずに、気配を殺して茂みに隠れた。ヘロスが彼女を探しにその場からいなくなるのをじっと待つ。
そして、静馬が背を向けた瞬間に斬りかかったのである。
「重ね重ね申し訳ないわ、シズマ。貴方の実力を見るためとはいえ、非礼だったわ」
説明しながら辿り着いたのは、王城の傍に立つ離宮だった。
そこの庭園を歩きながら、アウレリアーナは振り返って眉を寄せた。一歩退いた位置から彼女に付き従う静馬は首を振って苦笑をこぼした。
「お気になさらず。殿下。それを言えば、知らずとはいえ、自分も殿下に刃を向けてしまいました。それにこうして直答しているのも本来ならば礼を欠いています」
だからこそ先ほど素性を明かされたときは、心臓が止まるかと思った。
王族に刃を向け、不遜な口を利いていたのだ。下手をすれば手討ちものである。だが、アウレリアーナは気にした様子は一切なかった。
今も彼女は楽しそうに笑って告げ、目を細める。
「いいのよ、それは私が許しているのだから」
「ならば、自分も気にしておりませんので」
「ありがとう。シズマ」
彼女は微笑みながら歩みを進める。静馬はその後ろに歩みながら目を細める。
(ここが、離宮――か)
王城の奥に位置している白亜の建物だ。どこか無骨な王城に比べると、比較的新しく瀟洒な雰囲気が漂っている。静馬が歩いていく庭園は広々としており、道沿いに綺麗な花々が植えられている。美しいが、派手過ぎない印象だ。
王族が暮らす場所であるため、近衛騎士の中でも許された騎士しか入ることはできないという。だが彼女は、ゆっくり話したいから、と許可を出して静馬をここに招き入れてくれた。
もちろん供するのは静馬一人だけでなく、ヘロスもいる。彼はティーセットを持って先頭を軽快な足取りで歩いていく。その先にあるのはガゼホ――東屋だ。
「さて、折角だからお茶も一緒にしましょう。いいわよね? シズマ」




