第2話
ウェルネス王国はハーベスト大陸の中心に席巻する王国だ。
北方には魔族領と接する大山脈、南方には大海に接しており、その国土のほとんどは平原。温暖湿潤な気候も幸いし、王国は大いに繁栄しつつあった。王国の祖となったのが遊牧民族ということもあり、王国軍は騎士団を中心に組織されているのも特徴の一つだ。
その王国の中心地――広大な大平原の中心に王都がある。
始祖王が築き、代々の王が盛り立ててきた歴史ある都市であり、立ち並ぶ建物の造りは古代文明を組み入れた石造りの建物が多く、重厚感がある街並みになっている。
また王国の中心にあるため、交易が盛んに行われ、人の出入りが活発だ。
大陸随一の都会である王都――そこに一人の剣士が足を踏み入れていた。
(……本当に大都会だな、ここは)
王都の中心――王城に向け、足を進めていく静馬は少しため息をこぼしていた。その顔には少し疲労を滲ませながら背後を振り返る。
そこから感じられるのは多くの声や物音。さすが都会だけあり、かなりの人が多く行き交っていた。また同じような建物が立ち並び、広々としているため、方向感覚も分からなくなってくる。王城を目指すだけでも、かなりの一苦労だったのだ。
王城に近づけば、さすがに人通りも少ない。ようやく一息をつきながら近づきつつある王城を見上げる。
始祖王が建国時に作り上げたという荘厳な王城だ。石材を建材とした重厚感のある城であり、古代文明の意匠を所々に取り入れているという。あまり美術に造詣がない静馬でも、その迫力を感じることができる面構えだ。
(……あまり、気を抜いてもいられないか)
一旦足を止め、静馬は軍服がきちんと身に纏えているか確かめる。
騎士が身に纏う漆黒の軍服。所属と階級を示す徽章がつけられていることを確認し、最後に腰に佩いた太刀を軽く引き抜き、刃を見る。
王都に出発する前に研いだ太刀は曇り一つない。よし、と頷いて鞘に納めると、澄んだ鍔の音が響き渡る。それで気合を入れると、静馬は王城に再び歩き出した。
城門が見えてきたのは、しばらくしてからだった。
城の外観に負けないほど重厚感のある城門。城の周囲には堀があり、それを渡れるように跳ね橋が下ろされている。その跳ね橋の前には衛兵らしき騎士が立っている。
そして、その傍には一人の男が椅子に腰かけ、ゆったりと待っている。
(……あれ)
見覚えのある姿に思わず静馬は足を速めた。人影もすぐに静馬に気づき、椅子から腰を上げて近づいて微笑んだ。
「やぁ、静馬くん、久しぶりですね」
「ええ、ご無沙汰しております。ヘロス将軍」
静馬が応じると、彼はにこやかに笑いながら手を差し伸べた。
「久しぶりです。今日はプライベートだから肩肘張らなくて結構ですよ。静馬くん」
静馬はその手を取り、しっかりと握手する。その感触は力強くも懐かしい。
(しばらくぶりだな、ヘロス将軍と会うのも)
彼――ユーシア・ヘロスは静馬の恩人ともいえる騎士だ。
師匠とは知り合いである剣の達人であり、歳は師匠と同じくらい。つまり、壮年の男性であるはず――だが、その人懐っこい顔つきはまだ若々しく感じられる。
縁や義理を大事にする人でもあり、武者修行のために極東からこちらに来た静馬の世話をいろいろ見てくれ、仕官先になる騎士団まで紹介してくれたのだ。
『武者修行なら、騎士団にいた方が都合がいいでしょう。職務中にいろんな騎士と手合わせをすることができますからね』
その言葉に頷いて、第三軍に推挙されたのが三年前のこと。その頃と変わらず、愛想のいい笑顔を見せながら軽く肩を叩いてくれる。
「しかし……第五軍のヘロス将軍が何故、王都に?」
「少し用事がありまして。で、王城にいた第一軍のアルバレア将軍に聞いてみれば、今日君が来ると聞きましてね、折角だから案内役を買って出たのです」
ヘロスはそう告げると、こっちに、と手招きしながら王城の中へ足を向ける。門を守る衛兵も敬礼をしてヘロスと静馬を通してくれた。
先導するヘロスに静馬は付き従って歩きながら、その背に声をかける。
「すみません、ヘロス将軍。わざわざプライベートな時間を割いていただいて」
「気にしなくて構いませんよ。久々に静馬くんの顔を見たかったですし。どうでしょう、サイラスくんとは仲良くやれていますか?」
「ええ、とても面倒見がよくて助かっています」
「そうですか。キミをサイラスくんのところに推挙して正解でした。尤も君の剣の腕前ならば、第三軍どころか、第一軍――近衛騎士でも務まりそうですが」
「ご冗談を。自分はまだまだ未熟です」
それに、と静馬は苦笑い交じりに言葉を続ける。
「自分がこの国に来たのは元々、武者修行のため――出世は興味ありませんので」
「やれやれ、勿体ないことです」
言葉を交わし合ううちに廊下を抜け、中庭へと至る。温かな日差しが降り注ぎ、綺麗に刈られた芝が青々としている。そこでヘロスは足を止め、辺りを見渡す。
「……っと、まだ来ていませんか。すみません、ここで待つと言っていたのですが」
「ここで、ですか?」
「ええ、天気が良いから、と言っていたので」
空を見上げると確かに澄んだ青空だ。心地よい日差しに目を細めていると、ヘロスは困ったように眉を寄せて振り返った。
「すみません、静馬くん。少し探してきます。入れ替わりになるといけないので、ここでしばらく待っていてもらえますか?」
「はい、了解しました」
静馬は目を細めて頷くと、ヘロスは片手を拝むようにして足早に廊下の方へ戻っていく。彼の後ろ姿を見届けてから、静馬はぐるりとその中庭を見渡した。
さすが王城の中庭だけあって敷地面積は広い。素人目で分かるほど生垣や芝も綺麗に刈り揃えてあり、植えられた木々の枝ぶりも立派だ。
平穏を体現したかのような美しい光景――。
(……ん……?)
ふと肌に何かが触れた気がした。微かな違和感。
静馬は何気なく足を動かしながらその気配を探る。気のせいかと思ったが、確かな違和感だ。まるでこちらの間合いを測るような視線がこちらを見ている。
この場所には似つかわしくない気配。だが、上手く周囲に紛れ込んでおり、どこから見られているかは分からない。静馬は中庭の真ん中で足を止めると、神経を研ぎ澄ませた。柔らかな風が芝を撫で、葉が擦れる音が耳に響き。
背後から、かさり、と芝を踏む微かな音が響いた。
瞬間、迸る殺気。静馬は腰に帯びた太刀の柄を掴みながら、弾かれたように振り返る。逆手で刃を抜き放つと、手応えと共に中空で澄んだ金属音が響き渡る。
静馬の抜き放った刃は、背後からの斬撃を受け止めていた。




