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我が騎士道とは、剣に捧ぐことと見つけたり ~剣に恋する王女に口説かれる日々~  作者: アレセイア
第五章

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第27話

 闘技場に出ると、外の陽光と共に、観衆の声が降ってきた。


 ぐるりと見渡せば、席を埋め尽くす人、人、人――。

 好奇と興奮の眼差しと共に、声援が場に満ちる。これが、御前試合。

 静馬は一瞬吞まれかけたものの、すぐに深呼吸して気を切り替える。平常心を心掛けながら歩み、視線を国賓席に向ける。


 アウレリアーナはこちらを真っ直ぐ見ていた。それに応えるように軽く会釈すると、彼女の目が微かに細められた気がした。それから正面を向き直る。

 視線の先では、対戦相手が観客席に応えながら歩いてくるところだった。


(――まさか、御前試合に出ることになるとはな)


 歩きながらふと思う。道場の立ち合いは何度もした。格上との戦いは経験しているし、何度も負けを味わっている。だが、衆人環視の元で戦うのは初めてかもしれない。

 心なしか若干、身体が重たい気がする。これがプレッシャーか。

 初めての環境に少し慣れないものの――心構えはすでに決まっている。

 相対すれば戦うのみ。例えそれが王族であっても、神であっても変わりはないのだ。


 気迫を高めていくと、耳から観衆の声が抜け落ちていき、相手しか目に映らなくなってくる。相手もこちらの視線に応えるように真っ直ぐに見てくる。

 腕が立つのだろう。足運びに隙がない。所属は第二軍と聞くからには恐らく、ウェルネス宮廷剣術の使い手だと予想できる。


(――ギルバルド殿下が推薦した騎士、か)


 いずれにせよ気は抜けない。

 ここで負ければアウレリアーナの顔に泥を塗ることにもなるからだ。再び深呼吸――いつもより入念に意識を集中させる。


(――大丈夫だ、問題ない)


 手にした鉄剣は刃引きしてある、模擬戦用の剣だ。普段の武器とは勝手が違うが、入念に素振りをして、その感覚を身体に覚えさせている。

 入場前には座禅で神経を研ぎ澄ませた。身体も心も万全に整っている。


(人事は尽くしている――後は)


 天命を待つのみ。気迫と共に所定の位置に立ち、敵と相対する。正面の騎士も立ち止まり、剣をぶら下げる。その中で審判の声が耳に響き渡る。


「互いに礼」


 騎士の作法に則り、互いに一礼する。そして構えを取る。

 想定通り、第二軍の騎士は顔の右に剣を据える宮廷剣術の構えを取る。切っ先は天を衝くように構えている。正面からの攻め合いに強い構えだ。

 それを見て静馬は一瞬で判断する。


(真っ向から付き合う必要はない)


 その上で敢えて静馬は同じ構え――ウェルネス宮廷剣術の構えを取る。それを見て、ほう、と微かに相手の騎士は小さく口を動かした。その身体が気迫を帯びる。

 隙のない身体。攻め合いに向けて気が放たれる。

 静馬もまた心気を研ぎ澄ませて構えを取り、剣の柄を握りしめ――。


「――始めッ!」


 その声が鋭く届いた瞬間、静馬は構えを崩した。

 そのまま左前方に踏み込みながら、身体を沈み込ませる。変則的な動きに微かに第二軍の騎士の目が見開かれた。攻め合いに向けて踏み込もうとした足がたたらを踏む。

 泳いだ身体。決定的な隙が生まれる。その一瞬を静馬は逃さない。

 鋭く刃を振り上げ、無防備な真下から掬い上げるように剣を振り上げ。


 ぴたり、と相手の首に刃を突きつけた。


 沈黙が迸る。その中で静馬は視線を審判に向けた。副審たちが素早く一本を宣告する中、主審の騎士は視線を彷徨わせた後に、一拍遅れて旗を上げる。

 静馬の勝利。それが宣告された瞬間、歓声が爆発した。

 静馬は短く息を吐き出し、剣を降ろす。第二軍の騎士は信じられないのか、呆然と立ち尽くしている。


(……まぁ、無理もないか)


 何しろ、一瞬で試合が終わったのだ。こんなあっさり勝負を決めに来るとは思っていなかったのだろう。正直、静馬も拍子抜けである。

 だが、静馬の奇襲に対応できなかったのだ、そこまでの騎士だったのだろう。

 静馬は内心でため息をつきながらも、元の位置に戻って一礼した。

 立ち去る間際、視線を国賓席に向ければ、アウレリアーナが微笑みと共に拍手しているのが見えた。足を止め、軽く会釈してから静馬はその場を後にする。


(――アウレリアーナ殿下のお顔に泥を塗らずに済んだか)


 それに安堵する一方、少し苦笑をこぼす。

 その代わり、ギルバルド殿下の顔に泥を塗ったかもしれない――そう思って。


   ◆


 静馬の劇的な勝利は、貴賓席すら静まり返らせた。

 アウレリアーナは目を見開き、ギルバルドは顔を青ざめさせる。ほほう、と陛下は目を丸くし、ヘロスはにやりを口元に笑みをこぼしていた。


「やりましたねぇ、静馬くん――大胆ですが、良い手でした」

「……ええ、本当に見事」


 正直、試合が始まる直前、静馬が宮廷剣術の構えを取ったときは心臓が止まるかと思ったのだ。宮廷剣術皆伝の騎士に、宮廷剣術で挑もうとしたからである。

 それに対し、ベルンハルト・カルバンも真っ向から受け止めようと構えていた。

 だが、試合を開始してみれば、電光石火で滑るように静馬は踏み込み、首筋に刃を突きつけていたのである。その動きにカルバンはついていけず、立ち尽くすのみだった。


「……ばかな……」


 ギルバルドは受け入れられないかのように呻き声を上げる。弟たちも信じられないのか、ギルバルドの方を見ている。

 アウレリアーナがヘロスを見ると、彼は頷いて咳払いをした。


「僭越ながら、このヘロスが申し上げます――今の立ち合いが一瞬でケリをついたのは、ナカトミ騎士が心理戦を制した結果です。最初に彼は宮廷剣術の構えを敢えて取りました。それによって、カルバン騎士は彼が宮廷剣術で立ち向かうのだと勘違いしました」


 ヘロスは視線を闘技場に向ける。静馬はゆっくりと剣を降ろし、所定の位置に戻るところだった。彼が礼をするのを見届けながら言葉を続ける。


「ですが、ナカトミ騎士は試合の開始と共に一瞬で構えを解き、斜めに身体を沈みこませました。この動きで相手の死角を突きながら距離を詰めます。その一方で、宮廷剣術で攻めて来ると考えていたカルバン騎士は予期せぬ動きに戸惑います。その隙を一瞬でナカトミ騎士はこじ開けたのです。並々ならぬ胆力と計算高さがなければできない高度な戦術でしょう」


(……なるほどね)


 説明されて納得する。ウェルネス宮廷剣術は正面の攻め合いに強い剣術だ。裏を返せば、視界外からの奇襲には弱い剣術である。彼はそれを読み切り、その弱点を的確についたのだ。


 もし仮に静馬が最初から別の構えを取っていたら、勝負は分からなかっただろう。

 奇襲染みた攻撃が来ることもカルバンは予想したはずである。

 だが、静馬は敢えて宮廷剣術の構えを取った。正面から勝負を挑むことを示唆したのである。それにカルバンは気を取られてしまい、奇襲を許してしまったのだ。


(まさに虚実を使いこなす、静馬らしい剣術ね……)


 アウレリアーナは視線を闘技場に戻す。そこではまだ呆然とガルパンが立ち尽くしていた。審判に促されて慌ててその場を後にしようとし、その結果つまずいて転びそうになっている。ギルバルドは微かな音を立てて舌打ちした。


(……恥さらしが、とでも思っているのでしょうね)


 アウレリアーナが少し痛快に思っていると、前から低い声が響き渡る。


「そう苛立つな。ギルバルドよ」


 その声にギルバルドもアウレリアーナも同時に頭を垂れる。微かに視線を上げれば、陛下が穏やかな顔つきで振り返るところだった。


「アウレリアーナが選んだ騎士は、なかなかの腕前のようだ。構えも然ることながら、好機を逃さぬ嗅覚と勝負勘も備えている。初戦でそのような騎士に当たるとは不運であったな、ギルバルドよ」

「……ええ、想定外でした」

「アウレリアーナ、よくぞその騎士を見逃さずに推挙した。無名とはいえ、確かに光るものがある――彼の次の試合も楽しみだ」

「お楽しみいただけると思います。陛下」


 そう答えるアウレリアーナに、陛下は嬉しそうに微笑んで頷き、正面に視線を戻す。

 一方でギルバルドは顔を上げると、苦々しい表情を浮かべていた。その瞳は冷たい怒りを纏っており、どこか危うい雰囲気を漂わせている。

 どうやら、本格的に苛立っているらしい。


(――多分、妨害は止まらないわね……)


 恐らく仕掛けてくるのは、場外における妨害――彼の手下が何か仕掛けてくることは容易に検討がつく。それに対してアウレリアーナは何もできない。

 それに対応するのは彼女が信頼する腹心の少女だ。


(――頼んだわよ、ユーラ……)


 心の中で語り掛けながら、視線を正面に戻す。

 そこでは、すでに第二回戦の試合が行われようとしていた。

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