第26話
アウレリアーナ視点
開催式が終わり、騎士たちが場内から去っていく。
それを見届けながら、アウレリアーナは椅子に腰を下ろして吐息をついた。その彼女の傍に立つ護衛の騎士――ヘロスが視線を和らげ、小声で告げる。
「お見事でございました。殿下」
「ありがと。ヘロス――いつになってもこういう場は慣れないわ」
アウレリアーナは苦笑を返す。今回の式典では、彼女が開会の挨拶をしたのだった。衆人環視の中で挨拶するのはやはりいつになっても緊張する。
「まぁ……今回に限っては、シズマの方が大変でしょうけど」
彼女の呟きに、ヘロスは無言で頷いた。
御前試合の主役は、騎士たちだ。しかも民衆たちの注目は静馬に集中しているらしい。開催式の直前の彼は何となく居心地が悪そうだった。
隣の騎士が何か声を掛けてからは、少しだけ顔色がマシになっていたが。
「これだけの衆人環視での試合は、彼も初めてでしょう。果たしてどうなるか。しかも――」
ヘロスは言葉を続けかけたが、何かに配慮するように口を噤んだ。微かに泳いだ視線から、彼が何を言おうとしているか察する。
(初戦の相手が悪いのよね)
開催式の中で公開された、今回の御前試合のトーナメント表。その第一試合に早速、静馬の名前が刻まれていた。その対戦相手は、ベルンハルト・カルバン。
ギルバルドが推薦して出場する騎士なのだ。
視線を横に向ければ、ギルバルドがすぐに気づいて微笑みを見せる。
「さて初戦から早速、注目の試合のようだね。アウレリアーナ」
「……ええ、そうですね」
にこやかに微笑み返すアウレリアーナ。だが、どちらも目が笑っていない。
(――ユーラから報告を受けていたけど、間違いなさそうね)
トーナメント表は厳粛な抽選で出場する騎士を決定している、ということになっている。だが、開催式で実際に抽選しているわけではなく、事前に運営責任者が決めている。
だからこそ、毎年は通例として王族が推薦した騎士同士はぶつからないように忖度されていた。にも関わらず、今回の御前試合は初戦から推薦騎士たちがぶつかる。
何が何でも、静馬を初戦から敗退させたい、という魂胆が伝わってくる。
「残念だ。ナカトミ騎士の活躍を見たかったのだが、ここで敗退とは」
「あら、まだ試合が始まったわけではないのに、お気が早いのですね。兄上」
「はは、それだけカルバン騎士の腕を信頼しているのだよ。彼の腕は今までも御前試合にて見せてくれてきた。それは知っているのだろう? アウレリアーナ」
「……ええ、そうですね」
ベルンハルト・カルバンは確かにこれまで何度か御前試合に出場歴がある。確か二年前は準決勝まで残っていた実力の持ち主なのだ。優勝候補、と言っても過言ではないだろう。
伝統的なウェルネス宮廷剣術の使い手であり、皆伝を授かっているという。
アウレリアーナから見ても腕が立ち、優秀な騎士なのは事実なのだが――。
(なんというか……宮廷剣術に対するこだわりが強いのよね……)
ウェルネス宮廷剣術こそ至高と考え、他の剣術は邪道だと考えている節があるのだ。ちなみにそれは第二軍全体の風潮らしく、第二軍の騎士のほとんどが宮廷剣術を使っている。
アウレリアーナは視線をヘロスに向け、声を掛ける。
「ヘロス将軍はどう考えるかしら」
「そうですね、カルバン騎士は宮廷剣術の達人だと思います。宮廷剣術ならば、ナカトミ騎士に勝つ余地は全くないでしょうね」
「そうだろう、そうだろう」
ギルバルドは満足げに頷くが、アウレリアーナはヘロスの意味ありげな言葉に気づき、内心で思わず苦笑をこぼした。
(宮廷剣術ならば……ね。確かにそうね)
だが、この御前試合は宮廷剣術だけで戦う場ではない。騎士たちが己の得意とする剣術で戦っているのだ。現に彼が使う剣術は東方由来の楊心流剣術だ。
そして、彼の手札がそれだけではないのはアウレリアーナもよく知っている。
「いずれにせよ、勝負は始まってみないと分かりません――そうではありませんか?」
「ふふ、それもそうだな。じっくり見させてもらおうか」
不敵に笑うギルバルドは余裕に満ちている。その様子に同じく国賓席についている、アウレリアーナの弟たちが目を輝かせていた。
「兄上の騎士は強いのですか……!」
「ああ、そうだとも。男爵家ではあるものの、歴史ある家柄でね――」
ギルバルドは饒舌にカルバンについて武勲や勲章に語り始め、純朴な弟たちは感心の声を上げる。アウレリアーナはそれを聞き流しながら、視線を闘技場に向ける。
そこでは審判の騎士が移動しているところだった。主審と副審が立ち、試合への準備を着々と整える。その様子にアウレリアーナは思考を巡らせる。
(……兄上が妨害を仕掛けてくるのは、もはや確定的ね)
ユーラの報告では、審判の騎士にも声が掛かっているらしい。もしかしたら不利な判定が下される可能性もあり得る。無論、衆人環視の場であるため、あからさまな誤審はないだろう。
ただ、他にも様々な妨害を仕掛けてくる可能性も否めない。
だからこそ、ユーラは今、この場にいない。
アウレリアーナの命を受けて、ギルバルドの妨害を防ぐべく、この会場のどこかで目を光らせているはずだ。柔軟な対応は彼女を信じるしかない。
(不安要素は絶えないわね――胃が痛いわ)
彼女はひっそりとため息をこぼしていると、観客席から弾けるような声が上がる。視線を闘技場に向ければ、場内に騎士が入ってくるところだった。
場内に進んでいく二人の騎士――中臣静馬とベルンハルト・カルバン。
カルバンが手を挙げて観客席に応えると、歓声がさらに大きくなる。彼はそのままギルバルドに向き直り、丁寧に拝礼した。
一方の静馬は視線をアウレリアーナにわずかに向け、会釈した。だが、すぐに正面に向き直り、足早に歩を進めていく。観客席には目もくれていない。
「――愛想がないな、ナカトミ騎士は」
ギルバルドの声を、アウレリアーナは無視する。
(戦場に、愛想は必要ないもの)
それに彼は最低限の礼儀は見せている。それ以上、アウレリアーナも望まない。
あとは結果を出すだけ――静馬もそれを見せようとしているのだろう。その姿は遠目でも分かるほど、気迫に満ちているのだ。肌がひりつくようだ。
カルバンもそれに気づいたのだろう、表情を引き締めて足を進める。
二人が静止すると、自然と観客席も静まり返っていく――全員の注目が集まる中、第一試合が始まろうとしていた。




