第25話
御前試合――それは王国中にある騎士たちが武術を競い合う戦いだ。
騎士であれば誰でも立候補でき、各軍で開催できる予選を勝ち抜いた者たちが、その武芸の腕を見せることができる。慣習的に将軍や軍歴の長い騎士は辞退するが、若き騎士たちは名誉を得るためにこぞって参加している。
予選でもすでに熾烈な争いが繰り広げられ、選ばれた猛者たちが王都に集結。その一角にある闘技場にて武芸の腕を競い合うのだ。
民衆にも広く開かれており、さらには王族の方々もご覧になられる。ここで無様な負け方を晒せば、末代までに笑われ者になるだろう。
御前試合とは自身の名誉を賭けた、一大イベントなのである。
その御前試合が開催されるのは、王都の北西に位置する闘技場だ。
歓楽街の中央に位置し、普段は民間による催し事などに使用されるが、御前試合では騎士団が貸し切り、近衛騎士による厳重な警備の元で開催される。
闘技場の特徴は、重厚感のある石造りの円形の建造物だ。中央に戦う場が設けられ、その周囲を囲うように観客席が存在する。外に向かうほど観客席の位置が高くなり、多くの人が騎士たちの戦う姿を見ることができる。まるで、深皿のような形状だ。
その観客席はすでに多くの人で溢れかえっていた。
何しろ、民衆にとって騎士たちが実際に戦う場面を見る機会はほとんどない。それがわずかな入場料だけで見ることができるのだ。滅多にない機会を楽しむべく、王都内外から人々が集まっている。観客席は立見席に至るまで満席になり、今か今かと開催を待ち望んでいるのだ。
ざわめく彼らが見るのは、闘技場の中央――舞台に揃った十六人の騎士たち。この本選で武を競い合い強者たちを見て、期待と好奇の眼差しを向けている。
その中でも一際、視線と注目を集めているのがその騎士たちの最前列。
王族による推薦を受けて出場する騎士たちだ。
そのうちの一人である静馬は背筋を伸ばしながらも、内心では居心地悪く感じていた。
(――嫌だな、こういう見世物のような扱いをされるのは)
しかし仕方ないとはいえ、特に注目を集めているような――。
「人気だな。シズマ・ナカトミ殿」
ふと隣に立った騎士が口を開いた。視線を向けると、堂々たる偉丈夫と目が合った。近衛騎士の軍服に身を包んでおり、背には大剣を担いでいる。
軍服についた階級章は静馬の上を示す、中隊長格だ。
彼は精悍な顔つきは動かさず、目だけで少し笑い、微かに口元が動かした。
「ショーン・バロンだ。お噂はかねがね。ナカトミ殿」
「……中臣静馬です。噂とは?」
「アルバレア将軍から多少、聞いている。ヘロス将軍と互角に打ち合えると」
「まさか。先日も負けたばかりです」
「はは、謙遜を。とはいえ、腕が立つのは事実のようだな」
「……かく言うバロン殿も」
相対していなくとも分かる。身に宿した気迫は尋常ではなく、立っているだけでも隙がない。仮に奇襲したとしても、完全に対応されるだろう。
バロンはわずかに口角を吊り上げ、視線を観客席へと向ける。
「腕が立つのは互い、王族の推薦を受けた身分――当然であろう。ただ、ナカトミ殿はあのアウレリアーナ殿下の推薦を受けている。注目されないはずがない」
「――そうなのですか?」
「ああ、アウレリアーナ殿下は今まで騎士を推薦したことがなかったからな」
その言葉に少しだけ目を見開き、視線を観客席の最前列――国賓席に向ける。警護を務める近衛騎士たちに囲まれた一角には王族たちの姿がある。もちろん、アウレリアーナ殿下の姿も。
バロンもその視線を追いかけたのか、小声で言葉を続ける。
「ちなみにアウレリアーナ殿下は『自身を負かす騎士でないと推薦しない』と豪語していたらしいのだが――もしや、ナカトミ殿は負かしたということか?」
「……黙秘します」
静馬は明言を避ける。正直、本気の立ち合いでアウレリアーナに勝ったことは一度もない。唯一、手合わせした最初の邂逅では、ヘロスが割って入ったために決着がつかずじまいだ。
(あの絶技が決まれば、勝っていただろうが――)
勝負に絶対はない。静馬は口を噤むと、バロンは目を細めて話題を変える。
「まぁ、いずれにせよ、そういう事情があってナカトミ殿には注目が集まっている」
「……観客たちも知っているのですか?」
「ああ、もちろん。新聞は読んでいないのか?」
「……いえ」
王都の情報媒体である新聞――話に聞いたことはあるが、見たことはない。その静馬に対してバロンは苦笑しながら言葉を続ける。
「ここ十数日はその新聞に逐一、御前試合の情報が掲載されていてな。実は一昨日、ナカトミ殿が推薦されたことで号外が発行されたぐらいだぞ。つまり、一番注目されている」
「ええぇ……」
思わず表情を引きつらせ、視線を観客席に走らせる。見ると確かに何か紙を手にしながらこちらを見ている人が多い。
「ナカトミ殿は東方由来の方故、顔立ちで分かりやすいのも一役買っているのだろう」
「……見世物は好きじゃないのですが」
「同感だ。だが、これも騎士の務めと割り切ろう」
バロンは諦めを滲ませた口調で言うので、静馬も仕方なしに頷いた。
(……しかし、ショーン・バロン殿、か)
隣に立つということはつまり、この男も王族の誰かから推挙されたということだ。一体、誰から推挙されたのか少しだけ気になる。
いずれにせよ、手強い相手なのは間違いなさそうだが――。
「――っと」
バロンが口を噤む。視線を前に向ければ国賓席で陛下が立つところだった。
この国の王たる陛下――老境に差し掛かっているはずだが、その姿は堂々としており、その瞳は深い知性を感じさせる。静馬たち騎士が一斉に跪くと、観客たちが静まり返る。
場の雰囲気が引き締まるのを感じ、静馬は深呼吸しながら気を整える。
いよいよ、御前試合の開催である。




