第24話
ギルバルド視点
第一王子、ギルバルドは苛立っていた。
執務室で書類をめくりながら、大きなため息をこぼす。その反応を侍女が怯えた様子で遠巻きに見ているが、完全に無視。視線を手元の書類に向ける。
それは第三軍の騎士――中臣静馬についての資料だ。
剣の腕が立つことが特筆されているが、その他は平凡。出身地は極東であり、血筋も平民。各地を流浪する旅人だったが、ヘロスの推挙で騎士となったようだ。
戦果も平々凡々。確かにグノーシス将軍に重用され、第三軍以外にも援軍として派遣されている。だが、華々しい戦果を挙げているとはいえない。
むしろ、彼に随伴している部下たちの方が戦果を挙げている方だと言えた。
ギルバルドは鼻を鳴らすと、書類を机の上に投げ出す。
(ただの平民風情が。己の実力を過信しているのか)
剣が優れているだけで王女に取り入るとは笑止千万。腹立たしいにも程がある。
百歩譲って武勲ある猛者なら認めよう。だが、彼はただの田舎騎士なのだ。
そんな男を近衛騎士に迎え入れるとは、血筋と家柄を重んじるギルバルドとしては到底、看過できない事態だった。
それに、とギルバルドは中臣静馬の顔を思い返し、苛立ちを噛みしめる。
(――あの目つきが、気に食わない)
中臣静馬はギルバルドを臆することなく、堂々と見てきた。
まさに不遜。目を伏せもせず、畏怖や敬意の欠片も見せない。視線から伝わる態度がギルバルドの癇に障るのである。
中臣静馬を徹底的に排除する。ギルバルドはもはやそう心に決めていた。
不意に扉がノックする音が響き渡る。
「バスクです。お呼びに応じ、参上しました」
「うむ、入れ」
ギルバルドが声を掛けると、扉を開いて一人の騎士が入ってくる。ギルバルドが信を置く若き騎士だ。代々、王家に仕えてきた騎士の一族であり、腕も立つ。
それでいて主の意図を察し、後ろ暗いことも黙ってこなしてくれる。
(――今回の仕事には、バスクが適任だな)
目を細めてその騎士を見ていると、彼はきびきびした動きで拝礼して跪く。顔を伏せさせながら淡々とした声で報告を告げる。
「運営責任者のケルバック伯爵には話を通してきました。殿下のお気持ちを伝えたところ、良きように計らう、と頷かれました。その上でトーナメント表について意見を聞かれましたので、あくまで私個人の意見を具申しました」
「そうか、そうか」
忠実な配下の言葉にギルバルドは満足げに頷いた。
(さすが、バスク。上手くトーナメント表を操作したようだな)
本選はトーナメントによる勝ち上がり方式を取っている。そして、それを決めるのは責任者であるケルバック伯爵――ならば、恣意的な操作も可能。
中臣静馬に、初戦から優秀候補をぶつけることも可能なはずだ。
「ちなみにお前はどう具申したのだ?」
念のため、ギルバルドは訊ねながら思考を巡らせる。
(今回の優勝候補は二人。一人は陛下が推薦された近衛騎士――)
その騎士は近衛騎士の中でも精鋭である紅鷹隊に加わっている。彼を中臣静馬にぶつけても良かったが、万が一、中臣静馬が勝ってしまった場合、陛下の顔に泥を塗ることになる。
故にぶつけるべきはもう一方の優勝候補。
そのギルバルドの考えを把握しているだろう、バスクは思った通りの答えを口にする。
「――殿下が推挙された騎士、カルバン卿が初戦の相手に相応しい、と」
その言葉にギルバルドは目を細め、さすがだ、と小さく感想を口に告げる。バスクは顔を伏せさせたまま、遠慮がちに口を開いた。
「よろしかったでしょうか。万が一にも負けられれば――」
「問題ない。そこは気にするな」
ギルバルドが推した騎士、ベルンハルト・カルバンは第二軍に所属する騎士であり、出自は男爵家。だが、実績や武勲は充分だとギルバルドは判断していた。
ユーシア・ヘロスも剣の腕前を評価しており、実際に見た剣術は見事だった。
貴族らしく余裕があり、優雅な剣術が印象的であり、第二軍では無敗だという。御前試合にも出場歴がおり、優勝こそないが、いつも好成績を残している。
「カルバン卿には期待している。だが万が一、敗北したとはいえ、所詮は男爵家だ。そのときは泥を全て被ってもらおう」
「殿下のお考えに恐れ入ります」
バスクの言葉にギルバルドは思わず笑みをこぼし、目を細める。
(そして――この工作が公になっても問題はない)
何しろ、ギルバルドは気持ちを口にしただけであり、何かを指図したわけではないのだ。ギルバルドが責を負う必要は何一つとしてない。
ただ、念には念を入れる必要はある。視線をバスクに向ければ、彼は一つ頷いた。
「明日から、審判を担当する騎士たちに会います」
「――分かっているな?」
「もちろんです。私は殿下のお気持ちを伝えるだけ。何も指示は致しません」
「よい。では、そのようにせよ」
不正の指示をするわけではない。だが、審判たちはほとんどが近衛騎士たち――ギルバルドの気持ちを聞けば、忖度することを意識するだろう。
(圧倒的に不利だな、シズマ・ナカトミ――)
ギルバルドは椅子に背を預け、中臣静馬が敗北する未来を想像してほくそ笑む。
その様子を屋根裏から密かに見ている影があった。
全てのやり取りを見ていた人影は音も出さず、静かに滑るように屋根裏を後にする。そして、少し離れた倉庫にひらりと着地すると、小さくため息をついた。
(王族らしかぬ、卑劣さですね――同じ王族とは思えません)
人影は音も立てず、するすると着替える。漆黒の衣装から、王宮のメイド服へと。
それから何食わぬ顔をして、倉庫から出て侍女たちに紛れ込む。
(アウラ様に、報告せねばなりませんね)
平然な顔つきをした侍女――ユーラは仕える主に伝えるべく、静かに離宮へ足を向けた。




