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我が騎士道とは、剣に捧ぐことと見つけたり ~剣に恋する王女に口説かれる日々~  作者: アレセイア
第四章

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第21話

 アウレリアーナの手綱捌きは見事だった。

 日ごろから馬に乗り慣れているのだろう、馬を巧みに乗りこなしており、並歩や駆歩はもちろんのこと、全速力で走らせる襲歩も見せる。

 彼女は吹き渡る風に金髪を波打たせ、心から楽しそうに笑みをこぼす。

 騎士顔負けの遠乗りの様子に、静馬は遠慮が必要ないと判断し、馬首を並べて共に草原を疾駆し始めていた。


 アウレリアーナが馬の脚を緩めたのは、しばらく経ってから。軽く手を挙げた合図に静馬は手綱を緩め、彼女に合わせて馬の速度を落とす。

 そして、彼女はその場で足を止めると、背後を振り返った。

 少し遅れてユーラが追いついてくる。少し息を乱しているユーラにアウレリアーナは軽く眉尻を下げて告げる。


「ごめんなさい、ユーラ。少し熱中し過ぎたわ」

「いえ……追いつけず、申し訳ありません。アウラ様」

「ううん、騎士ではない貴女にこの走りは酷だったわね……シズマがついてきてくれるから、思わず楽しくなってしまったわ」

「これでも騎士ですので。正直、アウラ様がここまで走られると知って驚いています」

「ヘロスに仕込まれたのよ。馬上剣術を教えてもらうときにね」


 そう言いながらアウレリアーナは馬を歩かせ始める。静馬もそれに続きながら、なるほど、と頷いた。彼女は彼を見て悪戯っぽく笑う。


「馬上で手合わせもしてみる?」

「魅力的ですが、止しておきましょう。馬上では加減がしにくいので」


 今、静馬が持っているのは太刀――訓練用に刃引きしていない。剣に長けた彼とはいえ、馬上という不安定な足場では何が起きてもおかしくはない。


「それは次の機会に取っておきましょう。アウラ様」

「なら、それを楽しみにさせてもらうわ。負けないように鍛練を積むから」

「ならば、自分も負けないように修練します」

「これ以上の剣術を目指すとは――さすが、剣術の求道者ね。いつか剣聖と呼ばれるのかしら」

「剣聖など、恐れ多い。正直、あの方々は異次元ですよ」


 静馬の苦笑交じりの言葉に、アウレリアーナは真紅の瞳を大きく見開いた。


「あら、剣聖に会ったことがあるの?」

「あるも何も、師匠の楊士英が極東の剣聖と呼ばれています」

「……それ、初耳よ?」

「初めて言いましたが……ヘロス将軍からは何も?」

「聞いていないわ。全く」


 雑談を続けながら、静馬とアウレリアーナは馬を進める。彼女が丘の方へ進むので、自然と二人は斜面を登るようになる。腿で馬の腹を締めながら静馬は続ける。


「詳しくは将軍から聞いた方が良いでしょうが正直、剣聖の強さは異次元です。皆伝こそいただきましたが、まだ自分はその足元にも及んでいません」

「シズマを以て、そう言わせる剣聖――会ってみたいわね」

「アウラ様が剣を追い求めるのなら、いずれ巡り合うはずです」

「私と貴方が巡り合ったみたいに?」

「……ええ、そのように」


 少し迷ったが頷く。この出会いは確かに剣術が巡り合わせたものだからだ。

 そして、こうして今も惹かれている。少なくとも静馬はアウレリアーナに。


(本当に……この人は)


 馬上で風に目を細めるアウレリアーナは心地よさそうで。また違う一面を見せられ、静馬は思わず心が揺れてしまう。その横顔を見つめていると、彼女は静馬を見て微笑んだ。


「それならば、嬉しいわ。シズマ――剣を学んでいて良かった」

「自分も心から思います。アウラ様」


 同じくらいに会わなければ良かった、とも思う。

 そうすればこんなにも心がかき乱されることがなかったのに。

 静馬は吐息をこぼしながら力なく笑う。その表情に何か思うところがあったのか、アウレリアーナは表情を引き締めた。彼女は馬を止めてその場から下りる。

 そして後ろに視線を向け、付き従うユーラに声をかけた。


「ごめん――ここで待っていてくれる?」

「構いませんが……」

「少しだけ、シズマと二人きりで話したい」


 彼女はそう言ってから静馬に視線を移す。その視線は思いがけず鋭い視線だった。自然と静馬は頷き、馬を降りた。馬上のユーラに手綱を手渡す。

 アウレリアーナも手綱を預けると、丘の上を目指して歩き始めていた。静馬はそれに続いて無言で歩みを進める。やがて丘の上に辿り着くと、彼女は歩みを止めて振り返った。真紅の瞳が射貫くように静馬を見つめる。


 静馬も丘の上に立つと、アウレリアーナと見つめ合う。それは丁度、剣の間合い。彼女の身体から立ち上る気迫に、腰に佩いている太刀に手が伸びそうになる。

 気迫と共に、視線が交錯した。彼女の気迫はいつになく鋭かった。

 一歩も踏み込めず、空気に熱が帯びる。静馬の背に微かに汗が滲んだ。彼女が微かに爪先に力を込めると、腰に手が動きかけた。

 だが、不意にそれが霧散する。アウレリアーナは深く息をついてから微笑む。


「さすがね。シズマ。息が詰まりそうになったわ」

「それはこちらの台詞です。アウラ様。見事な気迫でした」

「貴方の剣を思い浮かべていたのよ。鋭いのに柔らかく優しい、貴方の刃を」


 そう告げたアウレリアーナの瞳は気迫を帯びながらも、優しく思いやるように静馬を見つめている。自然と引き寄せられ、目を離すことができない。


「その貴方の刃に私は惹かれ、焦がれている――それを今、実感したわ」


 だから、と彼女は一つ吐息をつき、静馬と向き合う。風が吹き渡り、彼女の髪が揺れる。その中で静馬は彼女の口から放たれる言葉を予感する。

 それはきっと、彼の心を惑わせる。だけど、聞かない選択肢はあり得ない。

 剣士として真摯に向き合い、彼に語り掛けようとしているのだから。

 静馬は頷いてアウレリアーナを見つめる。彼女は目を細めてはっきりと告げた。


「未練がましいことを言うわ――シズマ、貴方が欲しい」


 切々としながらも、迷いのない言葉には気迫が込められていた。彼女自身の本心を込めるように、彼女は胸に手を当てる。


「だけど、それは配下としてではない。仲間として貴方を求めているの」

「……仲間?」

「ええ、私の傍にいながら共に、切磋琢磨する仲間としてよ」


 そこで言葉を切ると、彼女は少しだけ困ったように微笑んだ。


「私は王女よ。でもね、貴方も知っている通り、剣士でもあるの。未熟だけど――貴方と同じく剣の道を目指している」

「ええ……確かに」


 手を握ったから分かる。彼女の手は剣士のものであることを。

 言葉を交わしたから分かる。どれだけ彼女は剣に恋い焦がれているのか。

 何より刃を交わしたから分かる。彼女の剣への情熱がどれほどかも。

 今の彼女は、剣士としての言葉で心の内を語っているのだ。


「私は貴方に守ってもらおうとは思っていない。私が貴方に願うのはたった一つ。それは、共に在ること」


 その言葉は燃え滾る炎のように熱く、咲き誇る花のように美しく。

 だけど同時に地面を這って育つ名もなき草のように泥臭い。

 まさに剣士の言葉。力強く眩しく――そして何よりも鋭く静馬に訴えかけてくる。


「共に戦い、共に過ごし、共に剣の道を行く――貴方は剣の道を忘れるのを怖がっているけど、そんなことは決してさせはしないわ。だって、貴方は私の唯一の好敵手だから」

「――っ」


 言葉が刃のように突き刺さり、静馬の心を揺り動かした。


(……全く、この人は……)


 本当に真っ直ぐな人だ。その魅力に魅了され、静馬は自身の道を見失うことを恐れていた。だけど、彼女はそれすら許してくれない。

 明るく眩しい言葉と信念で静馬を支え、道を照らし上げてくるのだ。

 彼女は深呼吸を一つすると、胸の前で握った手を差し伸べて告げる。


「私の傍に来てほしい。シズマ――私の騎士として、だけではなく、共に剣の道を歩む仲間として」


 その言葉と共に、静けさが訪れる。風の音も遠くになり、視界の中にはアウレリアーナしか映らない。彼女の燃えるような瞳を見ながら思う。


(……共に、か)


 静馬は仕えることや忠誠を誓うことばかり考えていた。だけど、アウレリアーナはそう思っていなかったようだ。共に歩む仲間として、静馬を求めてくれていた。

 剣の道を否定せず、共に歩もうと手を差し伸べてくれる。

 その言葉の温かさが不思議なほど、胸の中に染み入っていた。

 静馬は目を閉じて胸に手を添える。そこにはいつの間にか、確かな灯火が宿っていた。

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