第18話
「寝坊はダメです。殿下」
「う……そうよね」
しゅん、と凹むアウレリアーナ。それに静馬は慌てて言葉を続ける。
「ただ、それなら次に気をつければ良いだけのことですし、それに――」
勢いで言葉を繋げかけ、思わず口を噤んだ。
(――その方が支え甲斐があります、なんて――)
言えるはずがない。突然、言葉を途切れさせた静馬に、アウレリアーナは再びきょとんとして首を傾げる。
「……それに、何かしら?」
「あ、いえ――その、ユーラ殿が次から気を配ってくれるのでは、と」
咄嗟にごまかしながらユーラを見ると、彼女は少しだけ肩を竦めた。
「できるだけ支えてはいたつもりなのですが。やはり他にもアウレリアーナ殿下を支えてくれる方がいた方が良いかと思います」
「そうね。近衛の女騎士も傍にいるけど。でも、気心が知れた男騎士も欲しいわね――誰か名乗りを上げてくれないかしら」
「とのことですが? シズマ様」
アウレリアーナとユーラが視線を交わし合い、何気ない眼差しを向けてくる。静馬は思わず苦笑しながら、紅茶を一口飲む。
(……同じようなやり取りを一昨日もした気がするが)
そのときと同じようにとぼけてもごまかしてもいいが、そろそろ結論を出す潮時だろう。 静馬は心の中で覚悟を決め、視線をアウレリアーナに向ける。
「自分をそこまで買っていただけるとは、心より嬉しく思います――本当に」
静馬の声はわずかに気迫を帯び始める。アウレリアーナはそれに気づいて表情を引き締め、真っ直ぐに視線を返す。はっきりとした声で彼女は言葉を返した。
「ええ――私は冗談や酔狂ではなく、貴方が欲しいと思うわ。この茶会もある意味、貴方を口説き落とすためのものだわ」
「ありがたい限りです。ですが、自分はそこまでの人物ではありません」
静馬は紅茶を飲み干してから静かに言葉を続ける。
「多少、剣術に秀でていることは事実としても、自分よりの強者はいくらでもいます」
その一人として、ユーシア・ヘロスの名が真っ先に上がる。
アウレリアーナの師匠であり、若い頃は様々な地に赴いて様々な剣術を修めている。彼とは踏んだ場数が明らかに違う。静馬も技を磨いたが、それでも食い下がるのが精一杯だった。
それ以外にも必ずや騎士にはまだ人材がいるはずだ。
自分よりもアウレリアーナに相応しい人材が、きっと。
「お話をお伺いしました。殿下ご自身からも、ヘロス将軍やユーラ殿からも。貴女様のことをわずかではありますが、知りました。まさに王女として気高く、それでいて配下に気を配られ、親しく接される。そんな貴女が、自分に礼を尽くして臣下に迎えようとしていただける――それだけでも身に余る光栄です」
静馬が並べ立てる、アウレリアーナに対する賛辞。
だが、彼女の顔は晴れない。先に続く言葉を予期しているのか、視線を微かに伏せさせている。それに微かに胸が痛みながらも、静馬は言葉を続けた。
「ですが、私は東方の田舎から出でし剣士。剣に生き、剣に道を見出し者――決して何者かにさぶらう者ではありません。仕官のお話は、お断りさせていただこうと思います」
その言葉と共に風が吹き渡る。冷たい風にアウレリアーナの髪が揺れるが、彼女は髪を抑えることなく、真っ直ぐに静馬を見ていた。
静馬とアウレリアーナを見守っていたユーラが、小さく口を開く。
「――シズマ様、一つよろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ。ユーラ殿」
「ありがとうございます。今、シズマ様は一時とはいえ、騎士として第三軍に所属、陛下に忠誠を誓っておられます。それと同様、殿下に一時で良いので仕えることができませんか」
「それにお答えする前に、一つ訂正します。ユーラ殿」
静馬は穏やかに、だが、はっきりとした口調で言葉を続ける。
「自分が今仕えているのは、陛下ではなく、陛下に忠誠を誓うサイラス・グノーシス将軍です。彼の元であれば、一時であれ、仕えるのも悪くないと思っています」
「では――殿下には」
「殿下は、ご立派です――ご立派、過ぎるのです」
静馬はアウレリアーナに視線を戻す。彼女は真っ直ぐに彼を見つめていた。
「短い間なれど、自分の言葉を尽くし、理解を示し、そして我々田舎者に対しての冷遇に怒って下さった。まさに忠誠に値する方だ。心から仕えたいと思ってしまえる」
本音を吐露する。その言葉にユーラは少し不可解そうな表情を見せる。
そう思っているならば、何故仕えないのだろうか。そう思っているのだろう。
アウレリアーナは表情を変えずに真っ直ぐに静馬を見つめていた。
その視線に促されるように、静馬は言葉を続けた。
「だが、それは同時に怖い」
「……怖い?」
アウレリアーナが静かに囁き返す。はい、と静馬は頷いて答える。
「恐らく貴女に仕えてしまえば、きっと自分は剣の道よりも貴女のことを優先してしまう。自分が剣士ではなくなってしまう――それが何よりも怖い」
それだけ、アウレリアーナには人を惹きつける魅力があるのだ。
ユーラを始めとした、有能な人材が傍にいるのがその証左だろう。アウレリアーナは性別や出自に囚われずに人に接し、声を掛けるのだから。
その彼女に仕えれば、もっと彼女に惹かれてしまう。
静馬にはその確信があった。
そうなればいずれ、自身の剣の道を見失ってしまうだろう。
「自分は剣の道に惹かれ続け、この道を歩み続けてきました。それには確固たる信念があると思っています。ですが、その道をかき消してしまうほど、殿下は眩しすぎる」
そこで一息つき、静馬ははっきりと言葉を続けた。
「私は殿下よりも剣の道を優先したい――だからこそ、お断りさせていただきます」




