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我が騎士道とは、剣に捧ぐことと見つけたり ~剣に恋する王女に口説かれる日々~  作者: アレセイア
第三章

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第16話

「――何も聞かないのですね、シズマ様」


 そう告げられたのは、王都巡りが一段落したところだった。

 静馬はユーラと共に騎士の宿舎まで戻り、応接間で二人はお茶を楽しんでいた。言葉を交わすことなく、無言でゆっくりしていた最中の言葉だった。

 静馬はカップをソーサーに戻し、軽く眉を吊り上げた。


「護身術の件ですか?」

「……はい、気づいていますよね?」


 ユーラの窺うような言葉に静馬は肩を竦めながら答える。


「護身術の割には随分と、荒っぽい技術だな、とは思っております」


 そう言いながらユーラの戦い方を思い出す。彼女が使った首の絞め方や急所の狙い方は、明らかに人を傷つけるための技術だった。

 明らかに侍女には不要な技術。同時に、騎士らしくもない。

 言ってしまえば、密偵や暗殺者――それに類する何かの技術だ。

 だが、静馬はそれに触れずに微笑みながら告げる。


「ただ、それがユーラ殿の護身術、なのでしょう?」


 その言葉に彼女は目をぱちくりさせた。静馬は片目を閉じると、彼女は彼の気配りを理解して小さく唇で弧を描いた。感謝するように頭を垂れる。


「左様にございます。できれば、他言無用にいただけますと」

「分かっています。ユーラ殿はただの侍女ですからね」


 ユーラは一つ頷きつつも、静馬の言葉に付け足すように告げる。


「侍女ですが、殿下の護衛も兼ねています。王城というのは時に戦場よりも血生臭いことがありますから。特に主が王族となれば」


 含みを帯びた言葉に静馬は無言で頷いた。

 王城はつまり、政治の場。権力争いや政争があることは想像に難くない。その渦中にある王族は誰かを狙ったり狙われたり、というのは日常茶飯事だろう。

 ともすれば恐らくユーラは侍女でありながら、アウレリアーナ殿下の陰の護衛を務めているのだろう。騎士たちでは守り切れない、薄暗い悪意の闇から守るべく。


(それを匂わせてくれたのは、彼女なりの謝意なのだろうな)


 だからこそ、静馬もこれ以上は詮索せず、当たり障りのない相槌を打つ。


「お互い、苦労するものですね」

「はい、お互いに」


 視線を交わし合い、自然と笑みをこぼす。どこか共犯めいた雰囲気の中、二人は再び紅茶を口にする。ユーラは一息つくと、ふと思いついたように口を開く。


「本日のお礼代わりといってはなんですが――殿下の好物をお伝えします」

「お礼をされるほどのことではないですが……アウレリアーナ殿下の好物ですか。剣術以外で、ということですね」

「はい、もちろん。剣術が一番好きなのですが。意外に花もお好きなのです」


 ユーラはそう告げると懐かしむように目を細め、優しい口調で続ける。


「幼い頃のアウラ様はお母様と一緒に、庭園で花を育てられていたそうです。私はまだその当時はお仕えしていませんでしたが、離宮の庭師がよく話してくれます。今の殿下はお美しいが、昔のアウラ様は可憐であった、と」

「そうなんですね……もちろん、今も?」

「ええ、その庭師が手入れする庭園をよく散歩されています。手合わせで使う場所以外は、踏み荒らさないように気を使っているんですよ、殿下は」


 確かに思い起こせば、庭園はどこも見事な花が咲き誇っていた。季節柄もあるだろうが、あれはアウレリアーナが花を愛するが故なのだろう。


「しかし、花……ですか」


 花と言われても、種類は千差万別だ。様々な花があり、それについての好みもきっとあるだろう。静馬はユーラの方を見やるが、彼女は人差し指を唇に当てて告げる。


「これ以上は秘密、です。どうぞ殿下から直接お伺いしてください」

「……なるほど、承知しました」

「ちなみに礼は無用、と考えるのでしたら、シズマ様の好物を返礼に教えていただければ幸いです」

「剣術以外で?」

「剣術以外で、です」


 ユーラは少しだけ目尻を緩めながら頷く。静馬は苦笑を返しながら腕を組む。


(さて、好物か……)


 改めて言われると、なかなかぱっと出てこない。少し考えながら視線を落とし、手元の紅茶が目に入る。ふと思いついて口にする。


「茶菓子――甘味は、好きですね」

「甘味?」

「ええ、甘味は酒にも茶にも合いますので。それに非常食にもなります」


 そう言いながら静馬は懐から小さな巾着を取り出した。中を軽く振ってから巾着を開き、中のものを取り出す。いろとりどりの砂糖菓子が転がり出る。


「これは……?」

「金平糖と申します」


 テーブル越しにいくつかユーラに手渡す。彼女はそれを眺めて透かしてから、いただきます、と口に運んだ。途端に目を細める。


「甘い……」

「でしょう? 実は第三軍が駐屯する一つの街で、ある職人が作っていまして。街に立ち寄る度に定期的に買い足しているのです」


 もちろん貴重な砂糖菓子であるため、値段は張るが、持ち運びやすく保存が利き、いざというときの非常食にもなる。静馬はいつもこれを持ち歩いていた。


(実際、これで遭難したときに命を救われたこともあったからな)


「こういった菓子は好物でして」

「ふむ、なるほど。ちなみにお嫌いな料理は?」

「嫌いなもの? そうですね。基本的に何でも――ああ、いや失礼」


 静馬は小さく苦笑し、軽く首を振りながら言う。


「カニやエビといった、ああいった魚介は苦手でして」

「……へぇ、あの高級食材が」

「はい、何というか独特な風味が苦手で。あと食感も」


 このウェルネス王国で宴席があると用意される食材だが、静馬はあまり積極的に口をつけない。それが用意されたときはいつも副官を務める妹弟子が無言で食べてくれるのだ。


「ふふ、そうなのですか。強い剣士殿も、苦手なものがあるのですね」


 ユーラは少しだけ眼差しを和らげると、ぺこりと頭を下げて続ける。


「良きことを聞きました。殿下にお伝えします」

「ならば良かった。今度よろしければ、ユーラ殿お薦めの甘味を教えてください」

「では、今度の王都巡りは、王都の甘味処巡りとしましょう」


 そう告げるユーラは嬉しそうに目尻が緩んでいた。


   ◇


「――そろそろ、お暇します」


 その後、しばらく雑談した後、彼女はカップの紅茶を飲み切ると名残惜しそうに腰を上げた。静馬も席を立ちながら軽く頬を掻く。


「すみません、長くお話ししました。もう大分日が暮れましたが、王城の方までお送りいたしましょうか?」

「無用です――私の護身術は、ご存知でしょう?」


 その返しに静馬は思わず苦笑をこぼした。確かに彼女を襲えば返り討ちになりかねないだろう。ユーラは丁度顔を見せた宿舎の管理人に礼を述べ、応接間から出る。

 静馬はそれに続き、玄関口まで見送ると、彼女は彼を振り返って小さく笑った。


「今日はとても楽しかったです。仕事のつもりですが、存外楽しませていただきました」

「いえ、こちらこそ。途中、妙なことに巻き込まれましたが」

「そうでしたね――すみません、あの騒動も、私が関わったことは殿下に内密にしていただければ。殿下は護身術についてはご存知ですが、無用な心配をかけたくないので」

「承知しました。あれは二人だけの秘密、ということで」


 冗談めかした言葉にユーラはくすりと笑ってくれる。それから目をぱちくりさせると、軽く首を傾げて訊ねる。


「ところで話は変わりますが――明日は、いかがしますか?」

「明日……ああ」


 アウレリアーナ殿下に剣術談義へ誘われていたことを思い出し、静馬は頷いた。


「もしよろしければ、殿下の元にお伺いさせていただければ。剣術談義に参ります」

「かしこまりました。殿下にお伝えします。明日、またお呼びに参りますので」

「ありがとうございます――では、また明日」

「はい、また明日」


 彼女はぺこりとスカートの裾を摘まんで一礼すると、宿舎を後にした。

 出ていった後の静けさを感じながら、静馬は少し思う。


(……少しは打ち解けられたかな)


 最初の方は無表情が目立っていたが、応接間での一時ではいろいろと表情を変えたユーラを見ることができた。まだ謎が多いが、親睦は深められただろう。


(ヘロス将軍もそうだけど、アウレリアーナ殿下の傍にいる人たちは個性的だな)


 だが、同時にアウレリアーナに対する忠誠心をいつも感じさせてくれた。アウレリアーナは彼女たちの心を掴み、離さない魅力があるのだろう。

 そして、静馬もまた――アウレリアーナに惹かれつつある。


(――話して、結論を出さないとな)


 静馬はそう考えながら踵を返し、宛がわれた部屋に向かう。

 寝る前に軽く素振りをして、身体を動かしたい気分だった。

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