第14話
静馬がまず希望したのは、王都の鍛冶屋だった。
その言葉に従い、ユーラは王都に道を迷いなく案内を始める。その隣に並び、静馬は辺りを見渡しながら進む。さすが王都というべきか、人通りが多い。
人を避けながら歩くと、ユーラは少し眉を寄せて小さく嘆息する。
「……さすがに混雑していますね。仕方ありませんか」
「いつもはこんなに混んでいないのですか?」
「ええ。もうすぐ御前試合なので、そのせいで混んでいるだけです」
「ああ、なるほど」
あまり意識していなかったが、出る前にもグノーシス将軍から言われていた。
「何せ、民間でも広く観戦できる騎士たちの試合なのです。賭け事も含め、盛り上がるのは当然でしょう。すでに予選選出の騎士たちは決まっています」
「なるほど、道理で」
思えば昨日、ヘロスと飲んだときも客たちが騎士について語り合っていた気がする。ちら、とユーラは静馬の方を見やり、微かに首を傾げる。
「シズマ殿は興味ないのですか?」
「興味がないといえば、嘘になりますが。ただ、業務に穴を空けてまで見る価値があるとは思えませんから――ただまぁ、後ろ髪はかなり引かれますが」
「出場選手の剣術が見たいから、でしょうか?」
「お察しの通りです」
静馬が素直に頷くと、ユーラは少しだけおかしそうに口角を吊り上げた。
「シズマ様は本当に剣がお好きでいらっしゃいますね」
「ええ、何よりも好きですね」
「何かきっかけが、あったのですか?」
「きっかけはないですね――ただ、幼い頃から剣に触れてきましたから」
静馬の声に頷きながら、ユーラは手と足を同時に出すようにして人の間をすり抜ける。静馬はその動きを参考にしながら雑踏をやり過ごす。
再び静馬はユーラの隣に並ぶと、言葉を続けた。
「自分は東方の剣士の一族の出なのです」
「すると、家の教えで?」
「最初はそうですね、次第にそれにのめり込んでいって」
家族は彼に剣を学ぶことは強要しなかった。だが、いつも楽しそうに剣を振るっていた。戦うだけでなく、教本も多くあり、様々な流派を学べた。
家族とは気づけば、剣術談義をしていることが多かった。
「その中でも楊心流剣術に惹かれ、学んできました。師匠からは寝ても覚めても剣術バカ、と笑われていました」
「――まるで、アウラ様のようですね」
ユーラの一言に軽く眉を寄せる。聞き慣れない名前だったが、すぐに理解する。
(アウレリアーナ殿下の愛称か)
恐らく私的な場ではアウレリアーナのことをそう呼んでいるのだろう。
彼女はふと漏らした自分の言葉に気づいたのか、こほんと咳払いして首を振る。
「失礼しました。シズマ様」
「いいや、お気になさらず。ユーラ殿は殿下に仕えて長いのですか?」
「はい、もう八年になります」
「……八年」
ちら、とユーラの横顔を見る。その顔つきはまだ幼さが抜けていないように見える。ともすれば、かなり若い頃から彼女の傍にいるのだろう。
彼女は静馬の含みと視線に気づいたのか、目を細めて小さく囁く。
「私の歳はいくつだと思いますか?」
「さて、美しく見えるので、何とも申し上げづらいですね」
「社交界では満点の答えです。が、侍女たる私に世辞は無用です」
「お世辞のつもりはありませんよ、ユーラ殿」
静馬はユーラに笑いかけると、彼女の瞳が微かに見開かれる。
前髪が長いせいで見えづらいが、幼げな顔立ちはすっきりと整っており、目はぱっちりとしている。きちんと髪を整え、化粧をすれば、それこそ社交界で通じる美少女になることは間違いない、と静馬は確信している。
(あまり初対面に等しい人に、こういう浮いた台詞は好まないが)
静馬は少し迷ってから言葉をさらに付け足した。
「一言で申し上げるなら――可憐、と思います。ユーラ殿は」
「……っ」
彼女の肩が微かに揺れた。ユーラは顔を背けるとやや早口に言葉を返す。
「シズマ様は、お言葉が上手いのですね。そうやって女性に声をかける機会が?」
「あると思いますか? むさくるしい第三軍の騎士に」
静馬の所属する部隊では女性はごくわずかでしかいない。
そんな彼女たちが望むのは美辞麗句よりも、給料や優れた武器だろう。
彼は肩を竦めながら雑踏をすり抜け、こちらの様子を伏せ目で窺うユーラに言葉を続ける。
「自分は生来、剣士です。着飾った言葉は苦手です――先に申し上げた言葉に一切の世辞はありません。素直な感想ですので、受け取っていただければ幸いです」
その言葉にユーラの表情が揺れた。戸惑いと共に頬に朱が差し、華やいで見える。だが、その間を数人の通行人が通り抜け、その表情は遮られる。
再びユーラの隣に戻ったとき、彼女の表情はぼんやりとした無表情に戻っていた。
だが、わずかにその頬に赤らみは消え切ってはいない。
「――ありがとうございます。シズマ様」
「どういたしまして。ユーラ殿」
微かな礼に答えながら、静馬はユーラと共に道を歩く。やがてどこからか響いてきたのは、鉄を叩く澄んだ音だ。音の方向を見ると、ユーラは顔を上げて告げる。
「間もなく、鍛冶屋街です――シズマ様がご満足いただける品があると良いのですが」
「あれば、儲けもの、程度と思っています。今の太刀で満足していますので」
静馬の言葉に頷きながら、ユーラは一軒の鍛冶屋に目を留めて歩き出す。
ここも混んでいるが、彼女の足取りは淀みない。するりとすり抜けるように歩く様子を見ながら静馬は目を細めると、その後に続いて鍛冶屋を目指した。




