第13話
ヘロスと飲み明かした次の日の朝――。
「……さすがに飲み過ぎたか……」
静馬は騎士用の宿舎の部屋で頭を抑えていた。身支度は整えたものの、昨日の酒のせいで軽く頭が痛い。結局、昨日は店が閉まる直前までヘロスと飲んでいたのだ。
話は弾み、任務のことから武術談義まで話のタネは尽きることはなく、ツマミが美味であることもあって酒がかなり進んだ。とはいえ、さすがに酒を飲み過ぎたようだ。
小さく吐息をつきながら机に手を伸ばし、水の入ったコップを手に取る。
(今日は王都の見物をしに行こうかと思ったが、程々にするか)
確か宿舎の近くにある通りには市が立っていたはずだ。そこを軽く見物して将軍や部下への土産を見繕っておくのも悪くない。
そんなことを考えながら軽く背伸びをしていると、ふと扉がノックされた。
「シズマ殿、今よろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょうか」
答えながら椅子から立ち上がる。扉に歩み寄って開けると、宿舎を管理している青年が立っていた。
「シズマ殿にお客様が見えています。侍女のユーラと名乗られています」
「ユーラ……ああ」
すぐに誰か思い出す。昨日、アウレリアーナの傍に控えていた侍女だ。存在感が薄く、ギルバルドから現れてからは正直、どこにいたか記憶にない。
(いや、存在感が薄かったというよりもむしろ……)
静馬は思考を巡らせながら、青年に頷いて告げる。
「こちらから参ります。宿舎の待合室ですか?」
「はい、そちらでお待ちです」
「了解しました。支度をしたら行きます」
青年にそう告げてから扉を閉めると、壁にかけてある上着と寝台の枕元に立てかけてある剣を手に取り、身に着ける。姿見で軽く確認してから、静馬は部屋を出た。
宿舎の待合室に向かうと、そこのソファーに小柄な少女がちょこんと腰かけていた。エプロンドレス――いわゆるメイド服に身を包んだ彼女の表情はどこかぼんやりしていて、何を考えているか分からない。そちらに足を向けると、彼女も気づいて立ち上がった。ドレスの裾を掴んで持ち上げ、ぺこりと一礼する。
「こんにちは、シズマ様。お身体の加減はいかがですか?」
「ええ、こんにちは。ユーラ殿。身体は悪くありませんが」
「そう、ですか……それはようございました」
ユーラは小さく吐息をつくと、少しだけ首を傾げて続ける。
「シズマ様はお酒に強いのですね」
「ん、そこまでではありませんが――ヘロス将軍から聞きましたか?」
「ええ。今日の早朝、閣下とご挨拶する機会がありまして。昨日の夜、大分お酒を飲まれたと聞きましたので」
「その通りです。ちなみにヘロス将軍の顔色はいかがでしたか?」
「いつも通り、ぴんぴんされていました。酒にはお強いお方らしいです」
「……なるほど」
酒の強さは昔から変わらないらしい。昔、故郷の道場にヘロスが訪れたときも、楊士英と共に何杯も酒を干していたのだ。
(……次からは自分のペースでのんびり飲もう)
自戒を込めていると、ユーラは机の上にあるカップを手で示す。
「こちらをどうぞ。二日酔いの利く薬草茶を用意しましたので」
「それはわざわざありがとうございます。実は少し頭が痛くて」
「頭痛程度で済んでいるなら、お酒はお強い方だと思いますよ」
彼女はほんの少しだけ口角を吊り上げる。静馬はカップを受け取り、ゆっくりと飲む。渋みのあるお茶だが、後味はかなりすっきりしている。
飲み干すと、じんわりとお腹の奥から温まる感覚があり、思わず吐息がこぼれる。
「お味はいかがですか? シズマ様」
「飲みやすい味ですね。薬草とは思えません」
「良かったです。しばらくすれば頭痛も消えると思います」
「分かりました。重ね重ねありがとうございます」
「礼は不要です。シズマ様。主から訪ね、気遣うように命じられていましたので」
ユーラは無表情で事も無げに首を振るが、いえ、と静馬は笑いかけて言葉を返す。
「いえ、わざわざこうして気配り下さったのはありがたいことです。殿下にはもちろんのこと、ユーラ殿にも感謝申し上げます」
静馬が言葉を返すと、ユーラは少し意外そうに静馬の顔を見つめた。長い前髪の間からくりくりとした瞳が彼を捉える。
「……シズマ様は真面目な方なのですね」
「きちんと筋目を通しているだけですよ。恩義には感謝を返すのは当然でしょう」
「それができる方というのは、意外と少ないものなのですよ」
ユーラはしみじみとした口調で告げ、淡い微笑みを浮かべた。
「では、どういたしまして、と答えさせていただきます――時に、シズマ様、本日のご予定はいかがでしょうか?」
「王都を軽く見回ることを考えていますが」
「なるほど。殿下から何かお手伝いできることがあれば、そうするように、と仰せつかっていますが――何かご案内致しましょうか?」
その申し出に静馬は迷う。不慣れな土地なので案内は欲しいところだが、所詮は私用のため。公務に携わっている人間の手を煩わせたくはない。
その迷いを見て取ったのか、ユーラは目を細めながらエプロンドレスのポケットに再び手を入れ、何かを取り出す。
「迷っているようでしたら、こちらをご覧になってからお決めいただいても」
「……これは手紙、ですか?」
「はい、殿下からお預かりました。私の提案に迷っているようなら、手渡すように、と」
「なるほど」
静馬はそれを受け取って開くと、ふわりと文から香りが漂った。
『親愛なるシズマへ。二日間も時間を取らせた上に、うちの師匠が迷惑をかけたようで申し訳ないわ。そのお詫びというわけではないけど、ユーラを遣わせました。王都の案内でも、お遣いでも好きなことを命じて構わないわ。
もし遠慮しているようなら、それは無用よ。というか、そこのユーラはとても働き者だから、これをきっかけに少し羽を伸ばさせてあげたいの。もしよければ、街を二人でのんびり楽しんでみたらどうかしら。
追伸。もし時間があったら、明日にでもまた遊びに来て。また剣術談義したいわ』
丁寧に書かれたことが分かる綺麗な文字だ。それを折りたたんで視線を上げると、ユーラは無表情で首を傾げていた。
(……アウレリアーナ殿下は、面倒見のいいお方なんだな)
部下想いであることは充分、伝わっていたが。
内心で苦笑しながら、静馬は手紙を懐に収め、ユーラに声をかける。
「ユーラ殿、良ければ王都を案内していただけますか?」
「ええ、喜んで」
ユーラはスカートの裾を掴んで一礼する。短い黒髪がさらりと揺れ、顔を上げた彼女は目をぱちくりさせた。
「では、どこから巡りましょうか?」




