第12話
内心を言い当てられたことに静馬は目を見開いた。
ただ、ヘロスほどの達人であれば心中を察することも難しくない。彼は一つ苦笑をこぼして頷き、麦酒を口に運んでから答えた。
「そう、ですね。もっと言えば、王女殿下が剣の道を志していることも」
「まぁ、確かに珍しいかもしれませんね。あれだけ剣に入れ込んでいる王女様は」
ヘロスも麦酒を口に運んで一息つくと、少しだけ目を細める。
「本人に聞いてもすぐ答えてくれると思いますが、きっかけはありきたりなこと――騎士たちの戦いを見て、その剣技に憧れたこと、だそうです。王族として護身術を学ぶことは珍しくなかったので、私の部下の一人が指南役に指名されたのですが」
そこで一旦言葉を止め、懐かしむように笑みをこぼしてヘロスは言う。
「そこでアウレリアーナは天賦の才を見せたのです」
「……天賦の才、ですか」
「ええ。指南役から剣術の手ほどきを受けるだけでなく、熱心にいろんな騎士たちの剣術を見て学び、瞬く間に吸収する。それに私の部下が音を上げましてね。私が引き受けたときにはすでに、その指南役の騎士と同等の実力を持っていました――確か十年前のことですね」
「もう、その頃から……」
思わず静馬が目を見開くと、ヘロスは肉野菜を摘まみながらしみじみと頷いた。
「彼女の父上である陛下の依頼もあり、私が本格的に指南を引き受けることになりました。その頃、私はまだ近衛に所属しましたから。もう長い間、師弟関係になります。もしかしたら、静馬くんと貴方の師匠との師弟関係と同じくらいかもしれませんね」
「ええ、考えてみれば確かに」
手合わせした感触から何となく感じてはいたが、アウレリアーナは長い年月を剣に費やしてきたようだ。いろいろ王族としての務めがありながら、剣へ邁進してきたのだろう。
「剣が、好きなんですね。彼女は」
「ええ、とても。貴方が剣を想うのと同じくらいに」
ヘロスは目を細めると、真っ直ぐに静馬を見て笑う。
「だから、アウレリアーナに貴方のことを推薦してみたのです。少なくとも良き好敵手として在れるのではと思いまして――ただ、あそこまで気に入られるとは思いませんでしたが」
そこで言葉を切ると、ヘロスは静馬に穏やかな口調で訊ねる。
「静馬くんは、どう思いますか? アウレリアーナのことを」
彼女の姿を思い浮かべると、弾けるような笑顔が頭の中に鮮明に浮かんだ。その瞳に剣術に対する憧れを宿し、親しげに接してくる彼女。
負けず嫌いで大人げないところもあって、同時にどこか深い知性も感じさせる。
まだ数度しか会っていないにも関わらず、静馬の頭の中には彼女の存在がくっきりと刻み込まれている。もはや惹かれているのかもしれない。
彼女との交わした言葉、交えた刃を思い返し、静馬は正直に答える。
「……とても真っ直ぐで、熱い方だと思います。その刃に、言葉に――どうしても応えたくなってしまう。そんな魅力がありますね」
「ふふ、その言葉、分かりますよ。私もついつい甘やかしてしまいますから」
ヘロスは小さく笑いながらうんうんと何度も頷き、柔らかな視線と共に続ける。
「――静馬くんも、気に入ったようですね。アウレリアーナのことが」
その言葉に静馬は少し迷ったが、正直に答える。
「はい……だからこそ、殿下の申し出に、迷っています」
「あの、仕官の誘いですね。迷うことも致し方ないかと」
ヘロスは静馬を微笑ましく見守るように言葉を続ける。
「補足しておきますが、アウレリアーナは酔狂で仰ったわけではありませんよ。実際、彼女の騎士に関しては、彼女と第一軍の将軍の二人が認めれば受諾されます。アルバレア将軍も彼女の意思は尊重するでしょうし、私も口添えする予定です。静馬くんが一つ頷けば、明日にでも異動の手続きが始まるでしょう」
「真剣なのは承知しています。ですが――自分は彼女の騎士に相応しいのでしょうか? あくまで自分は『剣士』です」
職務上、静馬は確かに騎士だ。グノーシス将軍の指揮下で任務を遂行している。だが、国王陛下に対して心から忠誠を誓っているわけではない。
自身はあくまで剣の道を進む戦士――剣士であると自負しているからだ。
だからこそ、もし己の信念と相反することになれば、そのときは迷いなく騎士を辞するつもりだ。言ってしまえば、半端者なのである。
「アウレリアーナ殿下は素晴らしい方です。だからこそ、半端者の自分が仕えることに気後れを感じています」
「はは、なるほど。静馬くんらしいですねぇ」
ヘロスはおかしそうに笑っていたが、仕方なさそうに眉尻を下げて続ける。
「――全く勿体ないですね。静馬くんのように強く、だが己の本分を律している騎士がアウレリアーナの傍にいたら、と思わずにはいられません」
「……過分な評価です」
「私はそうは思いませんがね。ただ、年長者としてアドバイスするならば――」
そこで言葉を切り、ヘロスは少し考え込みながら酒を口に運ぶ。唇を湿らせてから、彼はふっと小さく微笑んで続ける。
「本心でどうしたいか、それに従って決めるのも一興だと思いますよ」
「――本心で、どうしたいか、ですか」
「ええ。相手に相応しいかどうか。そんな些事は気にする必要がありません。静馬くん自身がどのような道を選びたいのか。それに従って選ぶことも一つの選択肢です」
なるほど、と静馬は一つ頷く。考えてみれば、少し難しく考えすぎたのかもしれない。
(仕官に関することだから、しっかり考えるべきなのだろうが――)
今一度、自分のことを顧みることも重要だろう。静馬は吐息をこぼしながら礼を口にする。
「そう、ですね……ご助言痛み入ります」
「いえいえ、差し出がましいことを申し上げました。まぁ、今は細かいことを考えず、酒を楽しみましょう。静馬くん」
ヘロスがそう告げると、ウェイトレスに向かって手を挙げ、指を二本立てた。サラは笑顔で頷くと、木のジョッキを持ってきてくれる。
それを受け取り、ヘロスは笑顔でジョッキを持ち上げる。静馬も応じてジョッキを持ち上げ、ぶつけ合わせた。
「確かに今は飲まないと損ですね。楽しませていただきます」
「ええ、その通り。折角ですので、第三軍での仕事ぶりも聞かせてくださいな」
「言うほど面白い話はありませんがね」
思わず二人で笑い合い、麦酒を口に運ぶ。
酒は尽きることなく、まだ王都の夜は長い。ヘロスと長く話し込めそうだ。




