第11話
視察から派生した手合わせが終わったのは、夕暮れ時だった。
「すみませんね、静馬くん。こんな時間まで付き合わせて」
王城から宿舎への道。静馬と共に歩くヘロスが少し申し訳なさそうに眉を寄せる。静馬は首を振り、小さく笑みを返した。
「いえ、いい時間を過ごさせていただきました。特にヘロス将軍にご指南いただける貴重な機会になりましたし」
「それはこちらの台詞です。静馬くんとの手合わせは私も得る物が多いので。部下やアウレリアーナにとっても良い刺激になったでしょう」
「そうだと良いのですが」
さすがヘロスというべきか、手合わせはかなり白熱したものになった。
ヘロスの剣術は手堅く隙が圧倒的に少ない。フェイントを織り交ぜ、攻め立てたものの、ヘロスはしっかり見切って防ぎながら、攻めを返してくる。
静馬がわずかでも隙を見せれば、それをしっかり咎めてくるので一瞬たりとも気が抜けず、気迫がせめぎ合う激しい戦いになったのだ。結局、静馬は押し切れず、じりじりと押し込まれるようにしてヘロスに一本取られたのである。
「あれほど高度な手合わせは部下たちともしませんからね、見るだけでも刺激になります。現にアウレリアーナは目を輝かせながら食い入るように見ていましたよ」
「あはは……ありがたい限りです」
その熱っぽい視線は何となく感じていた。面映ゆく思いながら内心でため息をつく。
(……彼女に負けるところは、見せたくなかったが)
未熟さを噛みしめていると、ヘロスは柔らかい眼差しで静馬を見ながら言う。
「静馬くんはもう少し思い切りがあってもいいかもしれませんね」
「思い切り、ですか?」
「ええ。今回の手合わせではかなり惜しいところまで押し込んできて、腕を上げたことがよく分かりましたよ。あまり無理攻めもしなかった――ですが、そこで敢えて踏み込むのも一つの手だとは思います。もしかしたら、私の守りを崩せたかもしれませんよ」
「どうでしょう。逆にその隙を衝かれたかも」
「それもまた否定できないのが、勝負というものですねぇ」
静馬とヘロスで笑い合いながら二人で王都の石畳を歩いていく。街の方に向かうと、往来も多くなり、にぎやかさも増していく。もうすでに日暮れは近いが、街灯が設置されているおかげで明るい。さすが王都だと唸らされる。
その景色を眺めていると、ふとヘロスは思い立ったように視線を横道に向ける。
「そういえば――王都は初めてでしたっけ。静馬くん」
「ええ。正直、目新しいものばかりですね」
「でしたら、折角ですし、王都の店で一緒にごはんでもどうですか?」
「え――よろしいのですか?」
「ええ、もちろんですよ。静馬くん、さ、こっちに」
歩いていた道を右に曲がるヘロスに従い、静馬は歩いていく。狭い路地を抜けて別の通りに入ると、一段と明るい街並みが目に飛び込んできた。
「――歓楽街、ですか」
「ええ、この辺には店が集まっているんですよ。賑やかでしょう?」
ヘロスの言葉に静馬は頷く。確かに至る所から笑い声や話し声が聞こえてくる。見渡せば通りに沿って店が軒を連ねており、呼び込みする姿も見える。
その通りを酔客たちは行き交う。中には騎士の軍服もちらりと見える。
「騎士も立ち寄るんですね」
「ええ、ここは王城からも近いですし。おかげで治安が良いと評判ですよ。静馬くんは何か嫌いなものはありますか?」
「特にございませんが」
「なら、私のお気に入りの店に行きましょう。こっちに」
ヘロスは一軒の店を手で示し、歩み寄る。そこはテラス席もなく、看板が出ているだけの落ち着いた雰囲気の店だ。だが中を覗いてみれば、なかなかに賑わっている。
店内に入ると、客の間を忙しなく歩き回っていたウェイトレスの一人がこちらに気づく。
「いらっしゃいませ! あ、ヘロスさん、こんばんは!」
「ええ、こんばんは。サラさん。今日は部下と食事に来ました。奥の席は空いていますか?」
「もっちろんですよ! どうぞこちらに!」
ヘロスと顔見知りなのだろう、元気のいいウェイトレスに案内されてヘロスと静馬はテーブルと客の合間をすり抜けて店の奥へ。
その奥まった場所には二人用の席と小さなテーブルがある。周りとは距離が離れているため、喧騒からは少し遠い。その代わり、厨房からの声や音が聞こえてくるようだ。
「とっておきの場所です。密談にももってこいですよ」
ヘロスは悪戯っぽく片目を閉じて席につく。確かに、と静馬は頷きながら腰を下ろすと、ウェイトレスがすぐに麦酒を二つ持ってきて机に置いた。
「はい、ヘロスさんとお兄さん。父からサービスです!」
「毎回悪いですね、サラさん。ブライトくんによろしく伝えて下さい」
「はーい、承りました! 食事はどうします?」
「いつもの肉野菜炒めと、あとお薦めの摘まみをいくつか」
「了解です! 腕によりをかけて作りますね!」
元気よくサラは厨房に戻っていく。ヘロスが差し出したジョッキを受け取りながら、静馬は少し首を傾げた。
「この店の店主とは懇意なのですか?」
「ええ、ここの店主のブライトくんは昔の部下でして。足を怪我してから退役し、ここで店を開いたのです。機会があれば、立ち寄るようにしていましてね」
「へぇ――退役騎士の店、ですか」
「その通り。さ、乾杯しましょう」
ヘロスがジョッキを持ち上げる。静馬もジョッキを持ち上げると、ごつんとぶつけ合わせた。それから口をつけて一気に煽り、ごくりごくりと勢いよく飲む。
「んん……たまりませんねぇ、仕事終わりの一杯は。さ、静馬くんも」
「ええ、いただきます」
促されて静馬は酒に口をつけた。舌に広がるのは苦みと甘味が入り交じった麦酒の味わいだ。北方で飲む麦酒と比べると少し薄く感じるが、おかげで飲みやすい。
疲れた体に染み渡る味わいだ。静馬は深くため息をこぼす。
「……美味いですね」
「でしょう。今日は身体をよく動かしましたからね。よく食べて、よく飲んでください」
ヘロスは笑いながら再びジョッキに口をつけ、麦酒を飲む。頃合いを見計らったように、ウェイトレスのサラがいくつか料理を手に戻ってくる。
「はい、肉野菜炒めと、いくつかお摘みですねっ、お酒のお代わりもすぐお持ちします」
ウェイトレスのサラは快活に言うと、テーブルに大皿を並べる。炒められた肉と野菜にかけられたタレが食欲をそそる香ばしい匂いを漂わせている。
さらに並べられたのはナッツの小皿。気の利いた取り合わせだ。
「よし、食べましょう。酒が進みますよ」
ヘロスは肉野菜を小皿に取り分けると、静馬に差し出してくれる。礼を言って受け取り、静馬は肉野菜を口に運ぶ。タレと肉の旨味が口の中でじゅわりと溢れ出す。
「うまっ」
「でしょう?」
野菜にも肉とタレの旨味が染み込んでおり、食感もいい。たまらず次々に頬張り、麦酒を口に運ぶ。この肉野菜と酒の組み合わせはまさに暴力的だ。
ヘロスもひょいひょいと肉野菜を口に運び、美味そうに表情を緩める。すぐにジョッキを手に取ると、麦酒でごくごくと流し込んでいく。
静馬も食事と酒を交互に飲み、腹を満たしていく。ウェイトレスのサラはテーブルの様子を見るとすぐに来て、新しい酒と食事を置いていった。
それでも二人が食べ進めると、瞬く間に肉野菜がなくなっていく。二人の食事の手が止まってきたのは、目の前の食事があらかたなくなった頃だった。
静馬は麦酒を飲んで口の中の残ったタレをさっぱりさせる。ヘロスは丁寧に口元を拭いてから一息つき、椅子の背もたれに背を預けた。
「満足です。良い手合わせの後は、良い食事に限ります」
「間違いないですね。良い店を教えてもらいました」
「良かったです――ふふ、しかしアウレリアーナには感謝しなければなりませんね。おかげでこうして静馬くんと酒を組み交わす機会ができました」
満足げに告げるヘロスの言葉に苦笑しつつ、ふと静馬は目を細めた。
(そういえば、将軍は殿下のことを名で呼ばれている……)
本来ならば許されない不敬な行為だ。それが許されているのはアウレリアーナ本人が寛容な性格であることと、恐らく彼が彼女の師匠だからだろう。
だが一体、何故、ヘロスは彼女に剣を教えているのだろうか?
そして、何故、アウレリアーナはそこまで剣術を志すのか。
その疑問に感づいたのか、ふとヘロスは穏やかな口調で訊ねた。
「――不思議ですか? 私が王女殿下の剣術指南をしているか」




