第10話
「そこまで! シズマ・ナカトミの勝利!」
間髪入れず、ヘロスの声が響き渡る。周囲からわっと歓声が沸き上がるのを聞きながら、静馬は剣をゆっくりと下ろした。目の前の近衛騎士は呆然と立ち尽くしている。
そこに乾いた拍手が響き渡った。視線を向けると、ギルバルドが手を叩きながら二人の元に歩いてくるところだった。近衛騎士は我に返ると、彼の前に跪いて頭を地面に擦り付ける。
「で、殿下、申し訳ございません――」
「いや、気にせずとも良い。両者実に見事だった」
ギルバルドはさらりと告げ、敗北した近衛騎士など目に入らない様子で避けて歩く。近衛騎士を華麗に無視したギルバルドは静馬の前に立つと、うむ、と一つ頷いた。
「剣の腕が立つとは偽りがなかったようだな。よもや近衛騎士と互角に立ち合えるとは。いや、感服した」
「――恐縮です」
少し前までは田舎者扱いをしていたが、その掌を返す扱いぶりだ。もはやここまで来ると感心する。が、仕えたいとは到底思えない相手だ。
尚も言葉を重ねようとするギルバルドの機先を制すように、静馬は頭を垂れた。
「それでは立ち合いも終わりましたので、失礼いたします」
「む、う、うむ……」
虚を衝かれたギルバルドが何か言う前に、静馬は殊更丁寧に拝礼して踵を返す。そして、ヘロスと共に待つアウレリアーナの元へ歩み寄る。
まだ騎士たちは解散しておらず、全員がこちらを見ている。その中で静馬はアウレリアーナの前で跪き、拳と掌を合わせて拝礼。深々と頭を下げる。
「命令を遂行しました。殿下」
「ええ――よくやったわ。シズマ。顔を上げなさい」
視線を上げると、アウレリアーナは心から嬉しそうに表情を綻ばせていた。彼女は手を静馬の手を取り、静馬を立たせる。そして真っ直ぐに彼を見て微笑んだ。
「見事な剣を見せてもらったわ――何かご褒美が必要かしら」
「アウレリアーナ殿下の客人として、当然のことをしたまでです。お気になさらず」
「気にするわよ、シズマ」
アウレリアーナは困ったように眉を寄せ、ヘロスも一つ頷いて小さく告げる。
「正直、貴方の戦いぶりにはすっきりさせられましたよ。近衛騎士の鼻をへし折ってくれて、私の部下も溜飲が下がったようです――私個人も何かお礼をしたいくらいですが」
「ならば、ご飯を奢っていただく程度でいいですよ」
「謙虚ね。でも分かったわ、覚えておくわ」
アウレリアーナは軽く笑って告げてから、それよりも、と目を輝かせて言葉を続ける。
「貴方の剣を見ていたら、私も戦いたくなってきたわ」
うきうきとし始めた彼女に静馬が苦笑していると、ヘロスも苦笑を見せながら彼女に向かって首を振る。
「殿下、本日は視察の予定になっていますよ。今日はお控えください」
「いいじゃない。ヘロス将軍。少しくらい」
「ご勘弁ください。ギルバルド殿下や近衛もおりますので」
ヘロスの言葉にアウレリアーナはつまらなさそうに鼻を鳴らし、拗ねたように顔を背ける。子供のような仕草に少しだけおかしく思いながら、静馬は彼女に声を掛ける。
「残念です。身体が温まってきたので、折角なら殿下と手合わせしたかったのですが」
その言葉にアウレリアーナの表情が嬉しそうに綻び、ありがと、と小さく囁いた。
「……全く、あの兄上さえいなければ、どうにかなったのに」
「仕方がないことですので。その代わりと言っては何ですが、静馬くん」
その声に静馬はヘロスの方を見やる。笑みをこぼしている彼の瞳には微かに戦意が滾っており、いつの間にか模擬戦用の剣を手に取っている。
「このユーシア・ヘロスと手合わせ願えませんか?」
「あ、ずるいわよっ」
アウレリアーナが思わず声を上げるが、その声は騎士たちの歓声にかき消された。
「あのヘロス将軍とタイマンかよっ!」
「さすがに将軍の方が強いと思うが、もしかして――」
「……賭けてみるか。俺はナカトミ殿に賭けるぜ」
「こらこら、キミたち、訓練中に賭け事はいけませんよ」
盛り上がる部下たちをたしなめるヘロス。静馬は思わず笑ってしまいながら、視線をアウレリアーナに向ける。彼女は悔しそうにしていたが、静馬の視線に気づくと多少むくれながらも頷いてくれた。
「私のことは気にしなくていいわ。貴方の剣術、また見せてくれる?」
「かしこまりました。では将軍――久々に胸をお借りしたく」
ヘロスの方に向き直る。彼とは会うたびに手合わせしており、勝てた試しは一度もない。
いつも持ちうる限りの全力で戦いを挑むのだが、さすがに師匠と同じレベルにいる剣士だけあり、いつも押し切られてしまう。
最後に手合わせしたのは三年前のこと。騎士団に仕官する直前のことであり、そこでも敗北している。とはいえ、わずかなりに手ごたえを掴みつつあった。
(今回こそは押し切ってみせる……!」
その静馬の気迫を感じ取ったのか、ヘロスは不敵な笑みを浮かべて頷いてみせた。
「ええ。どれくらい腕を上げたか、直接確かめましょう」
ヘロスは軽く剣を振りながら調練場へ歩いていく。気迫が満ちたその背を見ながら静馬は深呼吸する。
見学だけのつもりだったが、貴重な手合わせの時間になりそうだ。
思いがけない機会に気を引き締めながら、強敵の下へと足を向けた。




