表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

69/87

第二十話-【第一幕:妥協の署名(サイン)––醜悪なる「怪物」の製作者として】(挿絵あり)

【第二十話:銀の鈴と共鳴レゾナンス――交差する職人たちの軌跡】

 オフィス内の空気は、交渉後の張り詰めた余熱をまだ帯びていた。


 リナは優雅に椅子の背もたれへ寄りかかり、指先で机の縁に置かれた精巧な銀の鈴をそっと撫でていた。


 机の上には、もう一つの書類が置かれていた。

 それは「暗箱一号」の各種技術仕様が詳細に記載された、機能検査表だった。


 リナはその検査表をアーガスの前へと押しやり、公式で厳粛な口調になった。


「最後にもう一つだけ、顧問先生。発明者として、この機械が確かに期待された機能を実現できることを確認するため、ここに署名をお願いするわ」


 アーガスはその検査表を見つめ、生唾を飲み込んだ。


 彼は、それが何を意味するのか理解していた。

 あの醜悪な怪物が自分の作品であることを、自らの手で認めなければならないのだ。


 一つ一つの粗雑な歯車。

 一本一本の歪んだパイプ。

 そのすべてが、彼の名前への注釈となる。


 だが同時に、彼は理解してもいた。

 これがリナの築いた、彼を守るための第一の防衛線なのだと。

 不格好ではあるが、極めて強固な盾だった。


 アーガスはペンを取り、検査表に自分の名前を署名した。

 ペン先が紙面を引っ掻く、さらさらという音が、静かなオフィスの中でひときわ鮮明に響いた。


「よろしい」


 リナは満足げに書類をしまい、あの銀の鈴を手に取って軽く鳴らした。

 澄んだ鈴の音がオフィスの中に響き渡り、水紋のように幾重にも広がっていった。


「これはあなたの『従業員』への、ちょっとした贈り物よ」


 複雑な表情を浮かべるアーガスへ向けて、彼女は口元に神秘的な弧を描く。


「もう彼らに入ってきてもらって構わないわ」


 銀の鈴の音は空気の中で次第に消えていった。

 だがその清らかな余韻は、まるで命を持っているかのように壁を抜け、階層を越え、時間の重みを帯びて、記憶の扉を次々と押し開けていく……。


 【時間を展覧会の現場へと巻き戻す】


 ミリーの心臓は、先ほど目の当たりにした光景のせいで、いまだ激しく打ち続けていた。


 アーガスが連行されたあの場面が、彼女の脳内で絶えず繰り返されている。

 彼女は巨大な「暗箱一号」の傍らに立っていたが、周囲の喧騒はすべて遠くぼやけたものに感じられた。


 技師たちは依然として忙しく機械の調整を行っていた。

 だが、ミリーの意識はすでに周囲に集まった群衆へと完全に奪われていた。


 華麗な絹をまとった貴族たちが、彼女がこれまで耳にしたこともないような辛辣な口調で、アーガスの発明に容赦ない批判を浴びせていたのだ。


「これが蒸気のゴミだとでも言うのか?」


 紫色のベルベットのコートを着た中年の貴族が鼻で笑った。

 彼はわざと声を大きくし、手にした象牙の杖で地面を叩いた。


「この粗雑な作りを見ろ、この無秩序な設計を! これは我々の知性に対する侮辱だ!」


 彼の傍らに立っていた画家風の男が、すぐさま同調して甲高く耳障りな声を上げた。


「その通りです! ご覧ください、この歯車を。ただデタラメに積み上げられただけで、美しさの欠片もない! そしてこのパイプ、まるで狂人の落書きだ! 少しでも美意識のある者なら、こんな怪物に自分の屋敷を汚させるような真似は決してしませんよ!」


「ただのゴミだ! 徹頭徹尾ゴミだ!」


 紫衣の貴族の声はさらに甲高くなった。


「こんな鉄屑が生み出すゴミに、誰が金を払うというのだ? 頭がおかしくない限りな!」


 ミリーは両手をきつく握りしめ、爪を掌に食い込ませた。

 アーガスを弁護したかった。


 真の美しさは外見の華麗さなどにはない。

 正確な機能と、巧妙な設計にこそ宿るのだと、彼らに叩きつけてやりたかった。


 しかし、彼女の視線が目の前の機械へ向いた瞬間、内なる理性と感性のあいだで激しい戦争が始まった。


 駄目だ。良心を裏切って嘘をつくことはできない……。


 目の前のこの機械の細部のすべてが、一角獣学派の継承者としての彼女の美意識を根底から揺さぶっていた。


 酔っ払いがデタラメに繋ぎ合わせたかのような粗雑な溶接痕。

 いつでも倒れそうな非対称の支柱。

 勝手気ままに絡み合うパイプ。


 それらは、もはや工芸学の災難と言ってよかった。


 でも、アーガスは私の友達なのに……。


 ミリーの内心は天人交戦だった。

 一方は友人への忠誠心。

 もう一方は、美学の原則に対する譲れないこだわり。


 彼女は下唇を強く噛み、良心と友情に引き裂かれるような痛みを感じていた。


 彼が一番支持を必要としている時に、どうして彼を裏切ることができようか。

 しかし、どうして自分自身の専門的な判断に背くことができようか。


 最終的に、ミリーは沈黙を選んだ。


 この醜い機械を弁護することもできない。

 かといって、友人を裏切ることもできない。


 彼女はただそこに立ち、目の前で繰り広げられる衝突を見つめ、無力感に満たされるしかなかった。


挿絵(By みてみん)

【あとがき】


いつも読んでいただきありがとうございます!

ページ下部からの「★評価」が、作者のハンマーを振るう力になります!

次の章も、最高の温度で仕上げます。


--


執筆や読書のお供に、よかったらこちらもぜひ。

私が制作している和風ファンタジーBGMチャンネルです。

幻想音坊|和風ファンタジーBGM

https://www.youtube.com/@EPIC-3.1415



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ