第十七話-【第三幕:彼をどう『飼い慣らす』か。多重のシミュレーションと見えない審判】(挿絵あり)
翌日の黄昏時。
リナは一人で窓辺に立っていた。
夕日の名残が部屋を金橙色の暖かい光で染め上げている。
机の上では、ウォーレンが報告した情報が彼女の脳内で激しく翻っている。
そして傍らには写真が静かに横たわり、心臓が粟立つほど美しかった。
彼女は手を伸ばし、指先で写真の上の自分の横顔をそっと撫でた。
まるでその写真を通して、レンズの背後にいる、眼差しが集中し、心に巨大な重量を背負っているあの屈強な姿が見えるかのようだった。
奇跡を創り出せる人間。
姉を救うために、あらゆる代償を甘んじて受け入れる少年。
世界から誤解され嘲笑されながらも、真理を追求し続ける天才。
彼女の眼差しは、最初の面白半分の計算から、完全に変化していた。
哀れみと畏敬、そして彼女自身でさえ気づいていない「心痛」に似た優しさが入り交じっていた。
彼女はアーガスの中に、ある種の狂気を見ていた。
己の才能だけを武器に、世界の絶対的なルールに牙を剥く、孤独な反逆者の姿を。
たとえ彼女が認めたくなくても、彼女には家族の庇護があり、血脈がもたらす見えない盾がある。
しかし、彼はどうだ?
鉄峰山城の小さな鍛冶屋の家族の出身。
荒波の中で揺れ動く孤舟に過ぎず、あの強情な才能以外に、いかなる拠り所も持たないのだ。
この共鳴が、彼女の心に一つの疑問を燃え上がらせた。
もしこの技術が、調査の通りに世界を覆すほどのものであり。
もしアーガスが、本当にこれほど単純で無害であり。
もし彼が、本当にただ姉を救い出したいだけなのだとしたら……。
彼女には、彼が安心して停泊できる港となる能力があるのだろうか?
あるいは、彼女は彼の盾となることを望んでいるのだろうか?
リナは写真をそっと撫で、低い声で空気に、そして自身の内心に向かって、その最終判決を口にした。
「……なるほど。これこそが、本当のあなたなのね……」
彼はただオドオドした新入生でも、からかい甲斐のある変人でもない。
ましてや、意のままに操れるチェスの駒などでは断じてない。
――彼は奇跡の創造者であり、すべてを懸けて守り抜く価値のある、この世の至宝なのだ。
彼女は軽い足取りで机のそばへ行き、精巧な銀の鈴を取り上げて、軽く鳴らした。
澄んだ鈴の音が静寂な部屋の中に響き渡り、波紋のように広がった。
少しして、黒曜石の髪飾りをつけた黒髪のメイドが音もなくドアを開けて入ってきた。
「資料室へ行って、私の本棚の三段目にある、あの契約書の参考資料を持ってきなさい」
リナの声は深い淵のように平穏だった。
「それから、厨房に伝えて。明日のアフタヌーンティーは二人分用意すること。最高級の月光磁器を使ってね」
メイドは恭しく頷き、退室した。
部屋は再び静寂に包まれた。
リナだけが一人、写真の上の非現実的なまでに美しい顔を見つめていた。
夜風が頬を撫でたが、心の中の迷霧を持ち去ることはできなかった。
明日の面会は、一場の審判となるだろう。
アーガスという少年を見極めるだけでなく、彼女自身の覚悟を問う審判に。
リナの脳内は、複雑な対応策を編み上げ始めた。
もし彼が天真爛漫さを見せたら、彼女はどうやって彼を怯えさせずに導けばいいのか?
もし彼が抜け目なさを見せたら、彼女はどれだけの切り札を温存すべきか?
もし彼の技術が調査が示すように革命的なものなら、彼女は吸収(買収)の戦略をとるべきか、それとも提携の戦略をとるべきか?
あらゆる可能性のある回答に対して、それぞれ入念に設計された対応が用意されている。
良い結果、悪い結果、彼女はその両方に備えておく必要があった。
これは単なる商業的な交渉ではない。
未来の動向に関わる、決定的な駆け引きなのだ。
この瞬間から、リナのアーガスに対する価値判断は、「モノ」から「人」への転換を完了した。
しかしそれは確定した答えを意味するのではなく、さらに複雑な問題の始まりを意味していた。
この人物は、彼女がどれだけのものを賭ける価値があるのだろうか?
窓の外で星々が瞬き始め、まるで変数に満ちたこの夜を見届けているかのようだった。
そして遠く離れた学生寮では、アーガスが戦々恐々と二日後の会面を待っていた。
それが、二人の運命を決定づける多重の審判になることなど。
彼は全く、知る由もなかった。
【あとがき】
応援や★★★★★評価、ブックマークが、この物語の火力になります。
次の章も、全力で鍛えます。
--
執筆や読書のお供に、よかったらこちらもぜひ。
私が制作している和風ファンタジーBGMチャンネルです。
幻想音坊|和風ファンタジーBGM
https://www.youtube.com/@EPIC-3.1415




