第十四話:【第六幕:最後の一線】(挿絵あり)
轟音。
世界が白くなった。
音より先に、圧力が来た。
空気そのものが壁になって押し寄せる。
「ぐっ!」
アーガスの身体が浮いた。
腕を掴んでいた矮人ごと吹き飛ばされる。
足が地面を離れる。
視界が回る。
枝。
土。
空。
火。
何が上で何が下か分からない。
背中から地面へ落ちた。
息が潰れる。
「がっ……」
耳鳴り。
何も聞こえない。
口の中に土の味が広がる。
アーガスは咳き込みながら顔を上げた。
闘技場の中央が煙に包まれている。
何が爆ぜたのか見えない。
炎だけが、煙の内側で赤く揺れていた。
母獣の咆哮が遅れて届く。
低く。
怒りに濁って。
煙が一瞬だけ割れた。
そこから黒白の影が飛び出す。
「黒曜さん……!」
黒曜だった。
着地。
一歩滑る。
すぐ止まる。
位置は、母獣とアーガスたちの間。
逃げる側を背にしている。
黒い長髪が乱れている。
女中服はさらに裂けていた。
それでも立っている。
左手には黒曜石の髪飾りが一本。
細い黒い刃が、激しく震えていた。
ぶうん。
低い振動音。
表面を、異常な密度の魔力が走っている。
さっきまでの髪飾りとは明らかに様子が違う。
爆発の仕組みも、次に何を放つのかも読めない。
母獣も、すぐには前へ出なかった。
煙の向こうで十二本の金属脚が開く。
赤い眼が黒曜を睨む。
黒曜も動かない。
左手だけが震えている。
その震えが髪飾りのせいか、薬の反動か、アーガスには判別できなかった。
それでも、一歩も退かなかった。
両者の間。
焼けた土。
砕けた鉄木。
白い煙。
そこに一本の境界ができていた。
母獣が踏み込めば、黒曜も動く。
黒曜が崩れれば、母獣はアーガスたちへ届く。
次の一歩で、どちらかが壊れる。
距離は、もうそれだけしか残っていない。
黒曜は黒曜石の刃を少し持ち上げた。
赤い眼が細くなる。
森が静まった。
誰も声を出さない。
アーガスは泥の上で、その背中を見つめていた。
まだ終わっていない。
最後の一線だけが、そこに残っていた。




