第十四話:【第三幕:冒険者の第一課】
「ふざけんな!」
トールの怒声が飛んだ。
脚は震えている。
斧を握る手も、完全には止まっていない。
それでも前へ出た。
「お前は俺を助けた! さっきお前が来なきゃ、俺は死んでた!」
黒曜の横へ並ぼうとする。
「今度は俺が、お前をあいつの前に置いて逃げろってのか? 冗談じゃねえ!」
胸を張る。
「俺はトール・アイアンソーンだ。そんな真似して生き残るくらいなら、ここで死んだ方がましだ!」
「僕も残る」
アーガスも歯を食いしばった。
「曙光がある。他にもモジュールは」
「黙ってください」
黒曜は振り返らなかった。
次の瞬間。
風が爆発した。
「うわっ!」
見えない壁に殴られた。
アーガスとトールの身体がまとめて後ろへ飛ぶ。
泥の上を転がり、数メートル先で止まった。
「愚かです」
黒曜は低く言った。
破れたスカートの内側へ手を入れる。
手に出てきたのは、小さな黒い硝子瓶だった。
中では黒色の液体が粘つくように揺れていた。
「それは……」
アーガスが起き上がる。
黒曜は栓を抜いた。
躊躇なく飲み干す。
ごくり。
喉が動いた。
空になった瓶が泥へ落ちる。
直後。
黒曜の肩が一度、大きく跳ねた。
皮膚が赤く染まる。
首筋の血管が浮く。
目の周囲にも細い青筋が走った。
息が熱い。
魔力の圧も、さらに一段上がる。
薬が何をしているのか、アーガスには分からない。
ただ、身体の中で何かを無理やり加速させている。
安全な使い方には見えなかった。
黒曜は頭へ手を伸ばした。
残っていた黒曜石の髪飾りを一本。
もう一本。
すべて抜く。
束ねられていた黒髪が落ちた。
腰まで届く髪が風に広がる。
きっちり整えられていた女中の姿が、一気に荒々しく変わった。
黒曜はもう一度、トールとアーガスを見た。
二人とも立ち上がろうとしている。
命令を聞く顔ではない。
黒曜の視線が横へ移った。
「ゲイルさん」
声が少し掠れていた。
ゲイルが顔を上げる。
「敵と自分たちの力を見比べ、生き残る道を選ぶ。それが冒険者の第一課でしょう?」
ゲイルの顔が固まった。
母獣を見る。
十二本の金属脚。
巨大な甲殻。
一歩ごとに壊れていく森。
次に、仲間たちを見る。
負傷者。
折れた武器。
残った魔力。
ゲイルは奥歯を噛んだ。
頬が震える。
何十年も森で生きてきた男だからこそ、答えを誤魔化せなかった。
ここへ残れば全滅する。
勝てる材料がない。
目が赤くなる。
それでも、決めた。
「……行くぞ!!」
吠える。
ゲイルはトールへ飛びついた。
太い腕を首へ回し、体重を掛けて後ろへ引く。
「放せ! ゲイル! この腰抜け! 放せ!」
トールが暴れる。
靴が泥を削り、二本の溝を作った。
「黙れ、トール!」
ゲイルも怒鳴った。
声が震えている。
「死なせるな! あいつが残る意味を無駄にするな!」
「ふざけんな!」
「誰かが生きて帰らなきゃならねえ!」
ゲイルは母獣を指した。
「あれの情報を公会へ持ち帰る! 山を下りたら鉄峰山城まで危ねえ! 分かれ!」
他の矮人たちも動いた。
二人がアーガスの左右へ入る。
腕を取る。
「離して!」
アーガスが身を捩る。
「まだ考えられる。何かある。絶対に」
足が地面を擦る。
それでも二人の力には敵わない。
身体が後ろへ運ばれていく。
頭だけは動き続けていた。
使える魔法。
残った道具。
距離。
地形。
火力。
どこを組み直しても、勝てる形にならない。
理屈だけが、残酷な答えを返し続けた。




