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第十四話-【第一幕:歩く災厄】(挿絵あり)

第十四話:最後の敬語

挿絵(By みてみん) 

赤い光が、二十メートル近い樹冠の高さに浮かんでいた。


 二つ。


 燃える宝石のような巨大な眼が、鉄木の幹越しにこちらを見下ろしている。


 さっきまで上がっていた笑い声は消えた。


 誰も動かない。


 どん。


 地面が揺れた。


 今度は近い。


 森の奥で、鉄木が軋んだ。


 次に、折れる。


 ばきん、と乾いた音が闇を裂いた。


 黒い甲殻と剛毛に覆われた巨大な前肢が、木々の隙間から伸びてくる。


 五人で抱えても回りきらない鉄木へ触れた。


 押す。


 ただ、それだけだった。


 根元が裂けた。


 百年を越えて立っていた鉄木が傾き、そのまま地響きを立てて倒れる。


 開いた空間へ、灰色の光が差し込んだ。


 その光の中に、母獣の全身が現れる。


 大きい。


 さっき捕らえた雄が重い荷馬車なら、目の前の個体は城壁を載せて歩く砦だった。


 体高も、胴の厚みも、雄とは比べものにならない。


 半ば身体を起こした姿勢で進んでいる。


 背には巨大な瘤のような甲殻。


 そこから十二本の金属脚が伸びていた。


 一本一本が、錆びた鉄棒を何十本も捩り合わせたように太い。


 表面には腐った肉片。


 苔。


 折れた枝。


 乾いた血。


 十二本がゆっくり動くたび、ぎり、ぎり、と金属を擦る音が森へ広がる。


 母獣が一歩進んだ。


 岩が砕ける。


 もう一歩。


 低木が潰れる。


 勢いをつける必要すらない。


 流れ込む土砂が地形を押し潰すように、ただ前へ進むだけで周囲が平らになっていく。


 古い鉄木だけが辛うじて残った。


 ごくり。


 誰かが唾を飲んだ。


 あの若い矮人だった。


 さっきまで、黒い火かき棒を自分にも作れと騒いでいた男。


 今は首が痛くなりそうなほど顔を上げ、母獣を見ている。


 手から戦斧が落ちた。


 からん。


 本人はそれにも反応しない。


「大地の髭よ……」


 掠れた声。


「誰か教えてくれ。あれ、何食ったらあんなに育つんだよ……鉄峰山城の壁よりでけえだろ……」


 誰も笑わなかった。


 母獣の前では、勇気も武器も急に小さく見えた。


 アーガスも動けない。


 前世で何度も聞いた、FPSの警告音が脳裏で鳴った。


 脅威レベル:算定不能。


 勝率:0%。


 推奨:即時離脱。


 冗談のような表示だった。


 だが、目の前の光景には妙に合っている。


 アーガスは反射的に腰へ手をやった。


 網銃はない。


 さっき撃ち切った。


 仮に残っていても、あの大きさでは網一枚で肩を覆えるかどうかだ。


 左手を見る。


 曙光V2.0。


 双管滑腔散弾モジュール。


 単発滑腔銃モジュール。


 頭の中で使える手段を並べる。


 すぐ消した。


 火力が違いすぎる。


 あの甲殻の厚みすら読めない。


 岩片を叩き込んだところで、傷になる光景が浮かばなかった。


 母獣が、また一歩進む。


 どん。


 足元が揺れた。


 生き物を見ている感覚が薄れていく。


 歩いてくる災害だった。

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