第十二話-【第六幕:空からの奇襲】(挿絵あり)
トールが顔を上げるより早かった。
空気が落ちてきた。
腥い臭い。
重い風圧。
枝がまとめて折れる音。
「トール兄! 上!」
アーガスの叫び。
直後。
巨大な黒い塊が、樹冠を突き破って落下した。
轟音。
泥と水が爆ぜる。
地面が揺れた。
「うおっ!」
トールの身体が衝撃で転がる。
腰帯は外れたまま。
ズボンが膝へ落ち、両脚が絡まった。
「何だ!」
起き上がろうとする。
目の前に、巨大な熊がいた。
肩から背へ、異物が突き出している。
八本。
細長い金属の脚。
一本一本が槍ほど太い。
灰色の線材が何十本、何百本と絡まり、一本の節足を形作っていた。
アーガスの脳裏に、さっき踏み潰された鉄線虫の死骸が浮かぶ。
死ねば鋼のように硬くなる。
それが束になっている。
「キメラ熊!」
ゲイルが吠えた。
熊の背中で、八本の金属脚が開く。
関節が鳴る。
ぎち。
ぎちぎち。
蜘蛛の脚そのものだった。
一本が地面へ刺さる。
泥が深く抉れた。
「腐れ虫が! どきやがれっ!」
ゲイルの腕が膨れ上がる。
長槍が放たれた。
真っ直ぐ飛ぶ。
熊の脇腹へ届く寸前。
金属脚が横へ振られた。
がん!
槍が弾かれる。
回転しながら木へ突き刺さった。
「くそ!」
トールは立てない。
ズボンが膝へ絡み、泥の上を這う。
「今それどころじゃねえだろ!」
自分で怒鳴りながら腰を引く。
熊が咆哮した。
背中の金属脚が一斉に縮む。
先端がトールへ向く。
八本の槍。
距離は短い。
アーガスが左手を突き出した。
曙光へ魔力を流し込む。
青白い光が走る。
「擬似魔法。双管滑腔散弾モジュール、起動」
光粒が手甲の上へ集まった。
輪郭。
管。
撃発部。
一息のうちに、さっき母蜘蛛を砕いた双管が再び擬似構成される。
二本の黒い管が、キメラ熊の胸を捉えた。
アーガスの指が引き金へ掛かる。
照準は合っている。
撃てる。
だが、頭の中で散布範囲が開いた。
三メートル。
キメラ熊。
その直下。
トール。
「くそ……」
撃てない。
この距離なら、岩片はトールにも入る。
キメラ熊を止められる保証はない。
兄だけは確実に巻き込む。
撃てば、自分の手で兄を殺す。
撃たなければ、目の前で殺される。
指が止まった。
単発滑腔銃モジュール。
あれなら一点を狙える。
頭部。
脚の付け根。
だが、遅い。
双管散弾モジュールを解除。
単発滑腔銃モジュールをロード。
擬似構成。
再照準。
最低でも数秒。
その数秒が、もうない。
「待て」
喉から声が漏れた。
「待て、待て」
八本の金属脚が前へ傾く。
トールが見上げた。
その顔が、別の顔と重なった。
雨の夜。
工房の入口。
担架。
血に濡れたアイリーン。
力なく垂れた白い手。
息が止まる。
鼻の奥に、あの日の血の臭いが戻った。
今の森に満ちる鉄錆の臭いと混ざる。
また。
また家族が目の前で壊れる。
左手が固まった。
引き金へ掛けた指が動かない。
「嫌だ」
声が震えた。
金属脚の先端が、トールの胸へ向く。
「嫌だ……」
視界が狭くなる。
「トール兄!!」
叫びが森を裂いた。
八本の槍が落ちる。




