第十二話-【第五幕:白百合の弟】
「おい、白百合の弟!」
顔の半分を蜘蛛の体液で緑色に染めた若い矮人が、アーガスへ寄ってきた。
目は、彼の左腕に浮かぶ二本の黒い管へ釘付けになっている。
「その黒いの、ちょっと貸してくれよ」
「触るだけだぞ!」
横から別の男が割り込んでくる。
「お前みたいな馬鹿力に触らせたら壊すだろ。俺が先だ」
「何でだよ!」
「俺は見るだけだからな」
「お前が一番信用できねえよ!」
さっきまで蜘蛛と殺し合っていた男たちが、今度は見たこともない黒い棒を巡って騒ぎ始めた。
別の矮人がトールへ振り向く。
「おい、トール!」
「何だ!」
「これがお前の言ってた、役に立たねえ書生か!?」
「誰が役に立たねえって言った!」
男は母蜘蛛の上半身が消し飛んだ場所を指差した。
「あの黒い火かき棒みてえなの、帰ったら俺にも作ってくれ!」
「俺もだ!」
「俺にも一本!」
期待の視線が一斉にトールへ集まる。
「俺を見るな!」
トールが慌てて両手を上げた。
「知らん! あんなもん、俺は作ってねえ!」
「鍛冶師だろ!」
「だから知らねえっつってんだろ!」
トール自身も、弟の左腕に浮かぶ二本の黒い管を見た。
形だけなら鉄だ。
触れば硬そうにも見える。
だが、あれは炉から出てきた物ではない。
アーガスが光の中から、その場で作り出した。
「そっちはあいつに聞け!」
矮人たちの視線が、またアーガスへ戻る。
アーガスは少し困った顔をした。
そして、曙光へ流していた魔力を止める。
青白い光が、双管の輪郭からほどけ始めた。
黒鉄に見えていた二本の管が、細かな光粒へ崩れる。
撃発部も。
固定部も。
二本の管も。
数秒のうちに淡い魔力光へ変わり、そのまま空気へ溶けていった。
先端に残っていた煙だけが、薄く漂っている。
曙光の上には、何も残らない。
「……消えたぞ」
若い矮人が目を丸くした。
「おい。俺たち、今まで何を見てたんだ?」
「擬似魔法」
アーガスは短く答えた。
「分からん」
「だろうね」
笑いが戻った。
トールは弟を横目で見た。
口元が少しだけ上がっている。
「まったく」
小さく呟く。
誇らしそうだった。
ゲイルは周囲を確認した。
「五分だけだ。怪我見ろ。糸を外せ。すぐ移動する」
緊張が少し緩んだ。
トールも戦斧を背へ戻した。
「お前ら勝手に騒いでろ。俺はちょっと小便してくる」
「今かよ」
「今だからだよ!」
返事を待たず、近くの太い鉄木へ向かう。
「遠くへ行くなよ!」
ゲイルが怒鳴る。
「分かってる!」
トールは木の裏へ回り、腰帯を外した。
「やっと静かになったぜ」
小さく口笛を吹く。
頭上では、濡れた葉から水滴が落ちている。
白い光も戻っていた。
ついさっきまでの戦いが、もう遠く感じられた。
トールは大きく息を吐いた。
その時。
光が消えた。
頭上に、何かがいる。




