第十二話【第四幕:双管の咆哮】(挿絵あり)
最初の一体が盾へ飛びついた。
「来い!」
矮人の戦斧が横から入る。
硬い音。
刃が甲殻へ食い込み、緑色の体液が飛んだ。
「硬え!」
別の一体。
斧が背へ落ちる。
白い傷が一本入っただけだった。
反動で矮人の腕が痺れる。
「糸に気をつけろ!」
ゲイルが叫ぶ。
遅かった。
左側の戦士が振り上げた斧へ、灰白色の塊が飛んだ。
べちゃ。
刃と柄が樹の根へ貼りつく。
「くそ!」
引く。
動かない。
さらに引いたところへ、蜘蛛が糸を引いた。
矮人の身体が前へ崩れる。
「下がれ!」
仲間が盾で蜘蛛を殴り飛ばした。
別の若者が飛び込む。
「長脚野郎!」
靴底で口器を蹴り上げ、露出した腹へ斧を叩き込む。
緑の液体が噴いた。
一体倒れる。
その向こうから三体来る。
黒い群れは止まらない。
蜘蛛たちは正面から盾を破ろうとはしない。
糸を吐く。
武器を絡める。
盾の縁へ脚を掛ける。
隙間ができたところへ別の個体が入る。
円陣が少しずつ狭くなった。
「左!」
ゲイルが振り向く。
細身の剣が蜘蛛の頭部を貫く。
同時に、そのさらに外側で大きな影が跳ねた。
他より一回り大きい。
腹も太い。
背中の白い模様は崩れ、仮面のように広がっている。
「母蜘蛛!」
ゲイルの声。
巨体が横から盾列へ突っ込んだ。
一人。
二人。
糸に足を取られていた矮人が弾き飛ばされる。
円陣に穴が開いた。
母蜘蛛は止まらない。
最短距離で中央へ入る。
そこにいるのはアーガスだった。
「アーガスッ!!」
トールの絶叫が森を裂いた。
弟の方へ向き直ろうとする。
だが三体の蜘蛛が腕と斧へ絡みつき、身体を止めた。
「どけ! どけええっ!」
母蜘蛛の口器から毒液が垂れた。
臭いが来る。
生臭い。
酸っぱい。
近い。
アーガスは後ろへ下がらなかった。
一歩。
前へ出た。
「何してる!」
誰かが怒鳴った。
黒曜の右手が上がる。
指先が髪の黒曜石飾りへ触れた。
だが、その手は止まった。
アーガスの左手が、すでに母蜘蛛へ向いていた。
曙光へ魔力が流れ込む。
淡い青白い光が、黒い手甲の表面を走った。
次の瞬間。
無数の光粒がアーガスの腕の上へ噴き上がる。
「擬似魔法。双管滑腔散弾モジュール、起動」
光粒が渦を巻いた。
空中に細い輪郭が生まれる。
輪郭は急速に密度を増し、魔力そのものが硬質な形を与えられていく。
黒鉄色の管が一本。
さらにもう一本。
数呼吸も掛からず、さっきまで存在していなかった双管が、曙光の手甲上に擬似構成されていた。
かちり。
撃発機構が成立する。
二本の管が母蜘蛛の頭部を捉えた。
アーガスは引き金へ指を掛ける。
轟音が森を叩いた。
火魔法が管内で圧縮される。
膨張。
解放。
赤い火花と共に、岩片の散弾が扇状へ噴き出した。
反動が左肩を後ろへ打つ。
靴底が泥へ沈んだ。
母蜘蛛の上半身が止まる。
一瞬だけ。
次に砕けた。
甲殻。
肉。
脚。
緑の体液。
全部が後方へ散った。
頭部のあった場所から上が消えている。
残った身体だけが勢いのままアーガスの前へ滑り、泥へ倒れた。
戦場が一瞬、静まり返った。
矮人たちは斧を構えたまま、半分になった母蜘蛛を見ていた。
次にアーガスを見る。
その左腕。
青白い魔力光の中に浮かぶ、二本の黒い管。
先端から細い煙が上がっている。
硫黄の臭い。
誰一人、それを何と呼べばいいのか知らなかった。
「……おお」
若い矮人が、顔についた緑の液を手の甲で拭った。
母蜘蛛を見る。
二本の黒い棒を見る。
もう一度、母蜘蛛を見る。
「おおっ! こいつぁ、すげえな!」
その声をきっかけに、ゲイルが怒鳴った。
「押し返せ!」
母蜘蛛を失った群れは明らかに乱れていた。
盾が前へ出る。
斧が落ちる。
一体。
二体。
蜘蛛たちが後退する。
最後の数体が樹へ駆け上がり、黒い樹冠の奥へ消えた。
森に、荒い呼吸だけが残った。




