第十二話-【第二幕:鋼鉄の寄生虫】
ゲイルの靴が落ちた。
鈍い音。
鉄線虫の身体が泥の上で潰れる。
さっきまで激しく動いていた灰色の身体が、急速に硬さを増していった。
ゲイルは短剣の背で死骸を叩く。
かん。
乾いた金属音が返った。
「死ぬとこうなる」
アーガスがしゃがむ。
細長い死骸は、もう虫には見えなかった。
節のない鋼線。
色も、硬さも、ほとんど金属だ。
「鉄木を食って育つ虫だ」
ゲイルは死骸を短剣の背でもう一度叩いた。
「生きてる時は煮崩れた麺みてえに柔らかい。鉄木の中へ潜って、芯まで食い荒らす」
かん、と再び音が鳴る。
「だが死ねば、この通りだ。鉄棒みてえに硬くなる。普通の炉じゃまともに融けもしねえ」
トールが嫌そうに顔をしかめた。
「鉄を食って、最後は自分まで鉄になるのかよ」
「ああ。しかも塩気に寄ってくる。汗も好きだ」
ゲイルは一行を見回した。
「だから木にもたれて寝るな。鎧の隙間から入り込まれたら、今度はお前らが餌だ。徹頭徹尾の害虫だよ」
若い矮人が自分の襟元を押さえた。
「先に言えよ、それ」
「今言った」
「森に入る前にだよ!」
小さな笑いが起きた。
だが長くは続かなかった。
ゲイルが前方の灌木を足で払ったからだ。
臭いが先に来た。
酸っぱい。
腐肉。
薬品に似た刺激臭。
半分になった鹿が、泥の中に横たわっていた。
後ろ半身が消えている。
残った胴体も輪郭が崩れ、皮膚と筋肉が半ば溶けていた。
切断面には小さな穴が無数に開いている。
丸い。
同じ太さ。
何十本もの細い管を差し込まれたようだった。
「うっ」
アーガスの胃が縮んだ。
鼻と口を袖で覆う。
それでも臭いは入ってくる。
苦い杏仁を思わせる刺激が、腐臭の奥に混じっていた。
「消化液か」
呼吸を浅くしながら、死骸へ近づく。
肉の崩れ方。
溶けた毛。
穴の周囲へ残った粘液。
目を移す。
隣の鉄木にも穴があった。
こちらは鹿の傷とは違う。
樹皮の奥へ、指ほどの太さの孔道が何本も続いている。
「鉄線虫の食い跡だ」
ゲイルが言った。
「中へ潜りながら、鉄木を食って進む。酷い木は芯まで穴だらけになる」
アーガスは立ち上がり、樹皮へ顔を近づけた。
一本。
二本。
三本。
どの穴も妙に形が揃っている。
指を入れる。
内壁をなぞる。
ざらつきがほとんどない。
木の繊維が細かく削られ、筒の内側のように滑らかだった。
「……きれいだ」
「何がだ?」
トールが横から覗く。
「穴」
アーガスはもう一つ確かめた。
同じ。
次も。
やはり同じ。
「ほとんど真円だ」
指先で縁をなぞる。
「太さも揃ってる。曲がって進んだ所でも、断面があまり潰れてない」
トールは怪訝そうに眉を寄せた。
「虫が開けた穴なんだから、そんなもんじゃねえのか」
「そうかもしれない」
アーガスは短く答えた。
地面に落ちた鉄線虫の死骸を見る。
細長い。
均一な太さ。
死ねば、金属の棒とほとんど変わらない硬さになる。
もう一度、鉄木の穴へ目を戻す。
真円に近い穴。
揃った径。
滑らかな内壁。
何かが頭の奥へ引っ掛かった。
だが今は、森の中だ。
立ち止まって考える時間はない。
アーガスは指についた木屑を払った。
その形だけを、覚えておくことにした。




