第十一話:【第五幕:黒鉄の中の黒薔薇】(挿絵あり)
出発時刻が近づいた。
ゲイルの一隊。
アーガス。
トール。
全員が工房前へ集まり、最後の装備確認を始めている。
その時だった。
「黒曜も同行させるわ」
リナが言った。
視線が一斉に彼女の後ろへ向く。
黒曜が立っていた。
黒い長衣。
まとめられた荷。
いつもの無表情。
背負っている荷は決して軽く見えない。それでも立ち姿は少しも傾いていなかった。
「はあ?」
最初に声を上げたのはトールだった。
「ちょっと待て!」
大股で近づく。
「森へ熊を捕まえに行くんだぞ。昼飯食いに行くんじゃねえ!」
黒曜を見る。
次にアーガスを指差す。
「こいつを連れてくのだって、俺はまだ心配なんだ」
「トール兄」
「お前は黙ってろ」
「ひどい」
「事実だ!」
トールはまた黒曜を見る。
「そこへ女中まで追加? 俺は狩人か子守か、どっちだ!」
ゲイルも笑わなかった。
経験のある者ほど、余分な一人が危険を増やすと知っている。
「リナちゃん」
声は穏やかだが、硬い。
「これは遊びじゃねえ」
「分かってる」
「森の奥で何か起きりゃ、助けるために一人割く。その一人が動けば隊形も崩れる」
ゲイルは黒曜へ目を向ける。
「嬢ちゃんが大事にしてる女中なのは分かる。だからこそ、連れてかねえ方がいい」
黒曜は一言も反論しなかった。
ただリナの後ろに立っている。
リナの顔色も変わらない。
「彼女は足手まといにならない」
「根拠は?」
「野営が得意」
トールの顔が止まる。
「……何?」
「料理もできる。荷の整理も早い。火の管理もできる。簡単な手当ても任せられる」
リナは黒曜の肩へ軽く手を置いた。
「あなたたち、森へ入ったら硬いパンと干し肉だけで済ませるでしょう」
「普通だろ」
「二日目から動きが鈍る」
「そんな柔じゃねえ」
「疲れてから言っても遅いの」
ゲイルは腕を組んだ。
完全には納得していない。
リナはそれを見て、声を少し落とした。
「それに」
一拍。
「私が安心できる」
青い目がゲイルを見上げる。
語尾が少し柔らかくなった。
「お願い」
トールが嫌な顔をした。
「おい、その顔は卑怯だろ」
「何のこと?」
「分かってやってんだろ!」
ゲイルは深く息を吐いた。
自分の鎧を見る。
昨日まで無かった強化ルーン。
腰の薬袋。
新品の防水外套。
それから、黒曜を見る。
「……分かった」
リナの目が僅かに明るくなる。
「ただし条件がある」
「言って」
「戦闘になったら、自分の身は自分で守れ」
ゲイルは黒曜へ直接告げた。
「俺らは熊を見る。嬢ちゃん一人のために隊を割る余裕はねえ」
黒曜が初めて口を開いた。
「承知しました」
声は静かだった。
余計な自信も、怯えもない。
ゲイルは少しだけ眉を寄せたが、それ以上は言わなかった。
「よし」
リナが笑う。
少しだけ勝ち誇った顔だった。
「決まりね」
アーガスは、その横で黒曜を見ていた。
重い荷。
細い身体。
何時間立っていても乱れない姿勢。
議論の最中も、一度も呼吸が乱れていない。
リナが料理のためだけに、ここまで強く同行を押すとは思えなかった。
「黒曜さん」
小さく呼ぶ。
黒曜が顔を向ける。
「何?」
「森、慣れてる?」
一拍だけ間があった。
「野外で過ごすことには慣れています」
「そっか」
答えは短かった。
アーガスは、それ以上聞かなかった。
曙光の留め具を締め直す。
今は、自分の仕事へ集中するしかなかった。




