第十一話:【第二幕:鉄骨と残り四十八時間】
鍛造場は、息を吸うだけで喉が焼けそうな熱気に満ちていた。
炭の焦げる臭い。
熱した鉄の生臭さ。
機械油。
ふいごは休みなく唸り、赤い炉の中で炎が暴れている。
巨大な鉄床の前に、トールが立っていた。
上半身は裸。
肩から腕へ油と汗が流れ、筋肉が呼吸のたびに大きく上下する。
目の下には、はっきりした隈。
白目には赤い血管。
昨夜もほとんど寝ていない。
「できたぞ!」
怒鳴ると同時に、トールは鉄鋏で一本の黒い筒を持ち上げた。
どん、と作業台へ置く。
網銃の本体。
トールの言い方なら、鉄骨。
飾りはない。
全体が黒い。
鍛打の跡も、わざと消していなかった。
接合部は厚く、鋲は隙間なく打たれている。
手に取れば、見た目より軽い。
それでも管壁には、指で叩けば鈍い音が返るほどの密度があった。
「どうだ」
トールが胸を張る。
「これなら網を撃つくらいじゃびくともしねえ。竜の息に突っ込んで風呂にしても歪まねえぞ」
昨日までの意地を、そのまま鉄へ叩き込んだ顔だった。
だが、笑みは長く続かなかった。
太い手が管壁を撫でる。
指先が止まる。
「ただし、俺ができるのはここまでだ」
声が落ちる。
「材料はもう絞りきった。黒鉄で出せる強度も、薄さも、俺が保証できるのはここまで」
管を軽く叩く。
「次は中身だ」
視線がアーガスへ向いた。
「術式が入らなきゃ、こいつはただの頑丈な筒だ」
アーガスは黙って受け止める。
トールは机の図面を引き寄せた。
「それに、お前のこれ」
太い指が、内壁へ描かれた複雑な紋様を叩く。
「何だよ、この蚯蚓の群れみてえなの」
「気室圧縮陣列と、逆向き緩衝陣。こっちは展開制御」
「名前は聞いてねえ」
トールが遮った。
「点が何個ある」
「A系統だけで百二十六」
「全部で」
「三百を少し超える」
トールの顔が引きつった。
「ほら見ろ!」
図面を叩く。
「普通の付与術師なら、一個ずつ刻刀で彫る。拡大鏡つけて、魔力を流しながら、点を一つでも潰さねえようにな」
別の二本の発射管を指した。
まだ冷却台の上で薄く湯気を上げている。
「一丁三日でも早い方だ。三丁で九日。その後に組み立て、調整、試射」
トールは指を二本立てた。
「俺たちにあるのは二日だぞ」
工房の奥で炭が弾けた。
ぱち、と小さな音がする。
リナは入口に立っていた。
口を挟まない。
ただ、計算するように三本の管と図面を見ている。
時間だけは、金でも人脈でも増やせない。
トールの言っていることは正しかった。
「アーガス」
兄の声が低くなる。
「お前が三人に増えでもしねえ限り、間に合わねえ」
アーガスは図面を見た。
次に、机の上に並んだ秘銀の刻刀を見る。
法師が使う細い魔力筆。
拡大鏡。
全部、そのまま置いてある。
「誰が刻むって言った?」
「は?」
アーガスの声は静かだった。
左手を上げる。
黒い手袋。
改修を終えたばかりの曙光2.0。
指先から手首へ、淡い青の光が走った。
低い駆動音が鳴る。
アーガスは懐から三枚の薄い金属カードを取り出した。
昨夜、一睡もせずに仕上げたものだった。
一枚目。
表面にはA-1。
それを曙光の手首にあるスロットへ差し込む。
「擬似魔法、起動」
光が一段強くなる。
「ルーン鋼印モジュールA-1『気室爆発陣列』、ロード」
トールが眉を寄せた。
「何をする気だ」
アーガスは兄の鍛造槌を指した。
「トール兄」
「何だ」
「槌、貸して」
今度こそ、トールが完全に止まった。




